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ルーファン公爵家での懲罰




 私の髪飾りを燃やしたのも、他の嫌がらせも全て、ミリアさんが行なっていた。

 ミリアさん一人で──ということはないだろう。

 私がミリアさんに嫌がらせをしているという生徒たちは、全員ミリアさんに従っているのかもしれない。


 私はきっと怒らなくてはいけなかったのだろう。毅然と立ち向かわなくてはいけなかったのだろう。

 けれどあの日を境に私への学園の生徒たちの憎悪は膨れ上がり、恐らくだけれど──ミリアさんが扇動しなくても、嫌がらせを受けるようになっていた。


 本来ならルーファン公爵家の私を悪様に罵ることや、足を引っ掛けて転ばせること、悪口を書いた紙をカバンに押しこんだり──食事に、塵をかけたり。

 許されることではないけれど、あの出来事が広まってから、何かの箍が外れてしまったみたいだった。


 こうなってしまった以上、アル様に迷惑はかけられない。

 私は図書室に行くのをやめた。この学園には私の味方はいない。


 そんな中で、アル様が私と一緒にいるところを見られてしまったら、何か恐ろしいことがアル様の身に降りかかってしまうような気がして怖かった。


 そしてそれから数日後のある日。公爵家の馬車が、私を連れ戻しにやってきた。

 夏季休暇の少し前である。

 使用人から私に渡された手紙には、すぐに帰ってくるようにという簡素な言葉が書かれていた。


 ルーファン公爵家は、王領の南。海と、肥沃な大地を有している、農業も漁業も盛んな地域である。

 代々の公爵家の者たちは、貴族というのは大抵の場合そうだけれど、商売などは品がないと考えていた。

 お父様はそれをもったいないと言い、特産物であるチェリーを使用したチェリー酒や、すぐに腐る魚を加工するための工場など、さまざまな商売を始めて、ルーファン公爵家は先代の時代よりもさらに裕福になっている。


 頭がよく、仕事ができる方なのだろう。

 ただ、私には──怖いだけの父でしかなかった。


「呼び戻された理由はわかっているな、リリステラ」


 公爵家に辿り着くと、私はすぐに父の執務室へと呼び出された。

 お母様が亡くなってしまってから、この家は私の家ではなくなってしまったかのようだった。

 新しいお義母様の趣味で整えられた調度品も、新しい使用人たちも、見知らぬ誰かの家に迷い込んでしまったかのように錯覚をしそうになる。


 立派な口髭のはえたお父様は、馬用の鞭を手にしている。

 私がもっと幼かった時は、それは仕置き棒と言われている木の棒だった。

 成長するにつれて木の棒は馬用の鞭に変わった。


「ラウル様の、ことでしょうか」


「お前の役目は、王太子と結婚をすることだ。それ以外にはない。そのためにお前を育て上げたというのに、そんな簡単なことがお前にはできないのか、役立たずめ!」


 お父様はそう言って、私の体を苛立たしげに服の上から打った。

 仕置き棒も、鞭も、両方とも痛みは与えられるけれど体に傷の残らないつくりになっているのだと、以前お父様は言っていた。

 商品に傷をつけるわけにはいかないから、特別に作ったと。

 傷は残らないけれど、痛みはある。

 鋭い痛みが体にはしり、私は奥歯を噛んだ。


「どこの馬の骨とも知れない子爵家の令嬢にラウルを取られ、嫉妬で愚かな嫌がらせをしただと? これほどの愚策などはない。愚か者め!」


「っ、申し訳ありません……っ」


「真偽がどうであれ、噂が立った時点でお前に隙があったのだ。お前の力でどうにかしてみせろ。いいか、リリステラ。婚約が破談になれば、お前は我が家の娘ではなくなる」


「……はい」


 私はじんじん痛む体のことを考えないようにしながら、頷いた。

 泣いたり騒いだりしたら、お父様からの懲罰は、さらに苛烈さを増すことを、私は知っている。


「家から捨てられたお前が生きる道など、体を売るぐらいしかない。所詮はラウルなど若い男だ。使える武器はなんでも使え。頭も要領も悪いお前の武器は、その見た目だけだ。商品としての見栄えだけは悪くないのだからな」


「はい……お父様」


「脱げ、リリステラ」


「……それは」


「父の言うことが聞けないのか?」


 恐怖で、指先や足がガタガタと震えた。

 ブラウスを脱ぐと、執務机へと這いつくばるように言われる。

 鞭が、空気を切り裂く鋭い音が聞こえる。

 何度も私の背に鞭が打ち付けられる焼け付くような痛みを感じながら、私は奥歯を食いしばった。


「お前に仕置きをするのは、もう仕舞いだと思っていた。だが、お前はまだ何もわかっていない! お前は私の道具だ。醜態を晒すな、リリステラ! 私を王妃の父とするのがお前の役割だ!」


「……あ、ぐ……っ」


「この国は血筋などという金にならんものにいまだ固執している。お前でないといけないのだ。お前だけが、公爵家の血を継いでいる。忌々しいことにな!」


「っ、……ぅ、う……」


「いいか、リリステラ。お前を捨てると私は言ったが、もしも婚約が破棄された場合は、お前に金になってもらう。公爵家の若い娘を欲しがる男など、この国にはたくさんいるのだからな」


「……はぃ……」


「変態どもの慰み者になりたくなければ、己の力でラウルを籠絡してみせろ」


「……はい、お父様」


 喉の奥で悲鳴を噛み殺しながら、私は小さな声で返事をした。

 叩かれるたびに、私の中にある大切な何かが、ズタズタに切り裂かれていっている気がした。

 身支度を整えて、私はふらつきながら自室へ戻る。

 お屋敷の北の外れにある、狭くて暗く、寂しい部屋だ。

 それでも、自室にいる時だけは安心することができる。


「……あら。リリステラさん。帰っていたのね」


「お姉様!」


 義理のお母様が、私とすれ違いざまに冷たい声で言った。

 妹は私を見て嬉しそうに笑った。

 私に挨拶をしようとする妹の手を強引に引っ張って、義理のお母様は私から逃げるようにして廊下の先へと消えていった。



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