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晩餐会の終わり



 引き寄せられた腰にあたる大きな手が、情熱的に重なる体が、自然と頬を上気させた。

 ゆったりとした荘厳な音楽が奏でられる。

 私たちを見守ってくださる貴族の方々がいる。

 ルディやフレアが、手を取り合って嬉しそうににこにこしている。

 

 キルシュがアンジェラと手を繋いで、優しく微笑んでいる。

 アルベール様と二曲を踊り、大広間の方々に会釈をする。


 ベルクンドお父様とソフィアお母様が拍手をしてくれて、「新皇帝と皇帝妃に祝福を!」と、大きな声で言ってくださる。


 アルベール様は私の手の甲に口をつけて「可憐だった、俺の女神」と言って微笑んでくれる。

 それから私を抱き上げると、くるりと回った。

 スカートが花のようにふわりと広がる。アルベール様の黒い髪や、白い衣装の金の装飾が揺れる。


 アルベール様に抱き上げられたまま、玉座まで戻る。

 私を椅子に座らせて、ご自分も隣に座って私と指を絡め合わせた。


「楽しかったな、リィテ。また踊ろう?」

「はい、是非に」

「リィテは踊りも上手い。皆、リィテの美しさに魅了されていた」

「そんなことはないですよ」

「そんなことはある。俺も魅了されたうちの一人だ」


 アルベール様が褒めてくださるので、私は軽く首を振った。

 真っ直ぐな賛辞は、嬉しいけれど恥ずかしい。

 若い男女がホールにやってきて手を取り合って踊り出すのを、私は微笑ましく思いながら見つめた。


 少し落ち着いたところで、次々と同年代程度の貴族の方々が挨拶に来てくれる。

 私は会釈をしたり、言葉を交わしたりした。

 一度ご挨拶をしてもらった方々のことは覚えている。


 同年代の沢山の方々に囲まれると――胸の奥に寒々しいものが過る。

 それは、私の過去。胸の奥に巣食っている、苦しい記憶。

 

 それは不意に私の心臓から手を伸ばしてきて、黒い手で首を絞めようとする。

 フェデルタの方々は優しいと分かっているのに、すべて捨てたと、消したと思った過去がなかなか離れてくれない。


「リリステラ様、大丈夫ですか? 少しお疲れになったのではないでしょうか」

「ありがとうございます、シフォニア様」


 心配そうに私に聞いてくれたのは、ご挨拶にきてくれたシフォニア・グリーフシード様。

 グリーフシード公爵の奥方様で、私と同年代だからか、以前から何かと気にかけてくれる方だ。


「慣れない国で、とてもご不安でしょう。あまり無理はなさいませんよう。でも、先程のダンスは本当に素敵でした! まるで春を告げる妖精のようでした。優雅で情熱的で、美しくて……」

「いえ……褒めて頂いて、嬉しいです」

「アルベール様が女性と踊っているお姿を見たのははじめてで、私たちは大変嬉しく思っておりますのよ」

「アル様から聞いています、今まではずっとルディとフレアと踊っていたのだと」

「はい、その通りです。私たち年頃の女は、アルベール様の心を射止めなくてはいけないという、無言の重圧がありました。今は、リリステラ様のおかげでずいぶん楽になりました」

「アル様に、恋をしていた女性もいたのではないでしょうか」


 アルベール様はシフォニア様の旦那様、ガウェイン様と話をしている。

 小さな声で私が尋ねると、シフォニア様は私の耳に唇を寄せて、大きな羽の扇で私たちの顔を隠した。


「いたとは思いますけれど、アルベール様は氷の花のような方ですから」

「氷の花?」

「ええ。花のように美しく穏やかで優しく――けれど触れられない。触れると冷たい。……その心には手が届かない。泣く泣くあきらめた乙女たちは、それぞれ優しい旦那様をみつけるのです」

「シフォニア様も?」

「いいえ、私はガウェイン様一筋です。ご安心を」


 密やかな声でシフォニア様は言うと、くすくす笑った。


「そんな方はいらっしゃらないことを願いますけれど、もし恋が破れた嫉妬から、女性から何かされるようなことがあれば、私に言ってください。女の園は恐いものですが、私はリリステラ様の味方です」

「シフォニア様……」

「アルベール様の母、亡きベルーナ様は私の叔母なのです。ですので、私とアルベール様は従兄妹。といっても、あまり会うこともなかったのですけれど……リリステラ様も私の親戚。フェデルタは血の繋がりを大切にします。だから、私はリリステラ様の味方です」

「はい、シフォニア様。シフォニア様も……」

「もちろん、何かあったら頼らせてください」


 私たちは顔を見合わせると、頷き合った。

 ――同世代の女性が、優しい。それがどんなに心強いことか。

 魅力的に微笑む口元が、優し気な空色の瞳が、勇気づけるようにそっと手のひらに添えられた手が。

 本当に、ありがたかった。

 

「何を話していたのかな、奥方様。リリステラ様に悪いことを教えてはいけないよ」

「あら、悪いことなんて教えませんよ。悪いことってなんでしょう、ガウェイン様」

「水タバコの吸い方とか?」

「そんなこと、教えません」


 アルベール様との会話を終えたガウェイン様が、シフォニア様の腰に手を添えて言った。

 困ったように頬を染めるシフォニア様の様子が可愛らしく、本当にガウェイン様のことが好きなのだと分かる。


「リィテ、少し疲れたか。そろそろ、退席しようか。俺たちが退席しないと、子供たちも帰ることができないからな」

「はい」

「シフォニア、たまにはガウェインと共に城に遊びに来るといい」

「まぁ……アルベール様からそのようなお誘いを受けるのははじめてです。もちろん、リリステラ様に会いに来させていただきますね」


 シフォニア様と別れの挨拶を交わして、アルベール様と私は晩餐会の場から退席した。

 賑やかな談笑と音楽と、お酒と食べ物。

 様々な匂いと熱気に包まれた会場から一歩外に出ると、楽隊の音は別世界から響く音楽のように、遠くに響いた。



お読みくださりありがとうございました!

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