はじめてのダンス披露
ひとしきり挨拶が終わると、舞踏会が始まる。
デビュタントを迎えた可愛らしい少年や少女たちが、それぞれの家族やもしくは婚約者と手を取り合い城の大広間でのはじめてのダンスを披露する。
楽隊が明るい音楽を奏でる中で、小さな子供たちが踊る様はとても可愛らしくて、思わず口元が綻んでしまう。
今日のために、皆懸命に練習してきたのだろう。
国は違うけれど、ダンスのステップには大きな違いがないようだ。
私が習ってきたものと、よく似ている。
ただ、音楽は旧エルデハイム王国よりも楽器の種類が多い。
荘厳な音楽から華やかで明るいものへと変わっていく。いつの間にかアンジェラとキルシュが手を取り合って踊っている。
きらきら輝くようなアンジェラの笑顔と、少し大人びた風のキルシュがとても可愛らしい。
「とても、仲良しですね。幸せそうです」
「そうだな。可愛いものだな」
「はい」
「リィテ。子供たちのダンスが終わると、俺たちの番だ。心の準備は?」
「できています」
アルベール様に囁かれて、私は頷いた。
──思えば、こういった場で私は踊ったことが一度もなかった。
教育の一環としてダンスも完璧にできるようにと教え込まれていたけれど、お城の大広間で披露する機会はなかった。
ラウル様は学園に入学するまでは私を嫌っているそぶりはみせなかったけれど、踊ろうと誘われたことはなかった。
ダンスがお嫌いなのかと考えていた。
でも、そうではなく私のことなど婚約者に選ばれた時から嫌いだったのだと今にして思う。
私はいつも、大広間の端に所在なく立っていた。
ラウル様がご友人や貴族のご令嬢たちと談笑するのを、離れたところで見ていた。
あの時は──。
「リィテ」
過去の記憶がまるで、今の景色と重なったようだった。
それに気付いたように、アルベール様が私の手を取り名前を呼ぶ。
「アル様」
「リィテ。……君の隣にいるのは、俺だ。忘れないでくれ」
「はい……」
握られた手に、わずかに力を込める。
しっかり繋ぐと、私は記憶の中ではなくて、今ここに居るのだと実感することができる。
いつの間にか音楽が止んで、キルシュとアンジェラが私たちに礼をした。
あたたかい拍手につつまれる大広間は、子供たちへのあたたかい愛に満ちている。
自然と口元をほころばせながら、私も拍手をした。
少年少女や、その兄や姉たちが大広間の中央からテーブルの並ぶ大広間の外側へと移動していくと、入れ替わるようにルディとフレアがやってくる。
再び音楽が始まり、手拍子の音と共にルディとフレアが花の妖精のように舞いはじめる。
きっと、沢山練習をしたのだろう。
ルディは堂々と、フレアは少し照れながら踊っている。
なんて、可愛いのだろう。
まるで本当に、妖精か天使が舞い降りたみたいだ。
私は大広間の方々と一緒に手拍子をする。
その光景に、おぼつかないステップで踊りの練習をする幼かった頃の妹、フィーナを思いだした。
先の戦争でお父様やラウル様、義理のお母様――私の知る多くの人たちが命を落とした。
私は実際その光景を見たわけではないけれど、アルベール様から聞いた。
けれどその中にはフィーナはいなかったのだという。
城にも、公爵家にもその姿はなかったのだと。
あの子は――どこにいっていしまったのだろうか。
戦禍から一人、どこかに逃げたのだろうか。
フィーナは、公爵家で大切に育てられていた。
だから、一人で逃げられるとは思わないけれど――。
あの子のことを、私は嫌っていたわけじゃない。ただ無邪気で、幼かった。
私はアルベール様に救って頂いたけれど、あの子は――。
罪悪感が、胸に湧き上がってくる。私は今、幸せだ。
その幸せは、多くの人々の犠牲の上にあるのだと、私はフィーナの穏やかな生活を奪ったのだと、どうしても思ってしまう。
「リィテ」
アルベール様に手を引かれた。
大広間の中央では、ルディとフレアが私たちに向かって手を差し伸べている。
「おいで、リィテ。きっと、楽しい」
「はい!」
ルディとフレアが可愛い礼をして下がり、私たちが中央に辿り着くと更に大きな拍手が湧き上がった。
祝福してくださっている。
フェデルタの方々が、アルベール様の隣に立つ私を受け入れてくださっている。
私ができることは、罪悪感に浸ることではなくて、顔をあげて堂々と、微笑むことだ。
アルベール様が私の手を握り、腰に手を回して引き寄せる。
ゆったりとした音楽に合わせてステップを踏み、アルベール様の動きに合わせて体を動かす。
アルベール様のリードはとても上手で、私への優しさに満ちている。
強引さはなく、まるで流れるみたいに体がすんなりと動く。
「君は、なんでもできるんだな、リィテ。ダンスも上手い」
「ありがとうございます。授業は、受けていました。でも、披露するのは、これがはじめてです」
「では、それは俺のためだな。俺のために、君は幼い頃から練習をしていてくれた」
「はい、アル様。アル様のためです」
体を寄せ合いながら、ゆっくりとした音楽にあわせて体を動かす。
耳元で囁かれて、私は小さく頷いた。
「リィテ、浮かない顔をしていた。大丈夫か?」
「アル様……大丈夫です。抱きしめて、離さないでください」
「もちろんだ」
私も甘えたように、アルベール様の耳元で囁くと、更に強く腰がひかれた。
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