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皇妃としての晩餐会



 首にはアルベール様から贈っていただいた黒い蝶の首飾り。

 頭には繊細な金の鎖にいくつもの雫のような宝石のついた美しい髪飾り。

 

 今日のために作っていただいたドレスは、首飾りが目立つように首から胸元までが大きく開いていている、腰からふわりとスカートが広がる形のものだ。

 幾重にも重ねられたレースと、散りばめられた宝石がとても華やかで、そして豪華で、こんなに美しいドレスを着ていいのかと戸惑った。

 私のためにたくさんの国費を使うのはと思い悩んでいると、私の心中を察してくれたように、アルベール様は笑いながら「君のドレスで国が傾くほどに、皇国は貧乏ではないよ」と言っていた。


 むしろ、はじめて皇妃が公式の場に顔を出すのに、安価なドレスを着せたとあってはアルベール様が侮られるのだと。


 それでもやはり心配なので「あまりお金をかけないでくださいね」と伝えると、アルベール様に頭がぐしゃぐしゃになるぐらいに撫でられた。

 旧エルデハイムでの私の暮らしは全て忘れるといいと言われた。

 けれど、奥ゆかしいところも私の美徳だと褒めてもくれた。


 アルベール様は私を否定しない。いつも優しく、私の言葉を受け止めてくださる。

 だからアルベール様がいてくだされば、私はもう、皆に否定され続けたリリステラではないと、思うことができる。


 アルベール様が妻にするのは、私でいいのか、とか。

 本当に、私が皇妃でいいのか、とか。


 この国で生まれたわけではないのに。知らないことだらけなのに。

 申し訳ないという気持ちばかりが先に立ってしまいそうになるけれど──アルベール様の隣に立っていられるように、頑張ろうと思うことができる。


 そうは思えど、貴族の方々が集まる煌びやかな晩餐会の場で、皇妃のための椅子に座って皆に挨拶をするというのは、緊張をするものだ。


 こういうときの礼儀作法や言葉遣いなどは、かつての王妃教育で学んでいた。

 かつて私は、エルデハイムの王太子殿下ラウル様の婚約者だった。

 それだけが私の価値で、だからお父様は家庭教師を雇い、私を厳しく躾けた。


 あの時は苦しいばかりだったけれど、今それが役に立っていると思うと、あの苦しい日々も無駄ではなかったと思うことができる。


 フェデルタの貴族の方々が、デビュタントを迎える子供たちを連れてご挨拶に来てくれる。

 アルベール様と並んで座っている私は、軽く会釈をして、微笑んだ。


 つい、頭をさげそうになるのだけれど、皇妃は頭をさげてはいけない。

 身分の高いものが公式の場で頭をさげては、相手を困らせてしまうことになるからだ。


 アルベール様もにこやかに笑って、それぞれ声をかけている。

 私はご挨拶に来てくださる貴族の方々の顔や、名前や爵位を、できる限り頭に入れるように努めた。


 ご挨拶の時は名前を名乗ってもらえるので、ありがたい。

 すでに頭の中に入れてある貴族名簿の名前と照らし合わせて、おおよその年齢や顔立ちや髪の色や目の色、体つきなどを観察して誰がどの方なのかを、何度も頭の中で反芻する。


 一度だけではすぐに忘れてしまうから、名前と共に特徴を心の中で呟くと覚えやすい。

 特にご夫婦と一緒に子供も来てくれているから、一人ずつよりは家族として覚えるほうが、覚えやすくてありがたい。


 十歳の子供たちは、どの子もそうだけれど、とても可愛らしく着飾っている。

 皆、瞳をキラキラさせていて、中には緊張している子や、こういった場が苦手なのだろう、やや不機嫌そうな子もいたけれど──明らかに、怯えた様子の子がいなくて、安心した。


 かつての私みたいに。

 できれば──私が受けたような苦しみを、これから明るい未来が広がっている子供たちには、味わってもらいたくはない。


「あぁ、こんにちはアンジェラ。もう十歳になったんだね」

「はい! 皇帝陛下におかれましては、本日もご機嫌麗しく、大変嬉しく思います。そして、皇妃様も、はじめてお目にかかります。アンジェラともうします」


 愛らしい赤毛の少女が、ドレスのスカートを摘んで挨拶をしてくれる。

 アルベール様は私に「アンジェラはキルシュの婚約者なんだ」と教えてくれた。

 アンジェラ・グリンゲル。

 グリンゲル公爵家の長女で、アルベール様がいうには、キルシュの婚約者候補だった。


「俺とリィテが結婚をしたから、キルシュも心置きなくアンジェラと婚約を結ぶことができたんだ。あれは、妙に生真面目なところがあるからな。俺が結婚をするまで、婚約はしないと言い張って」

「リリステラ様が陛下と結婚をしてくださったので、キルシュ様と婚約することができました」

「こら、アンジェラ。余計なことを言うものではない」

「申し訳ありません、陛下。リリステラ様」


 アンジェラのご両親が謝るのを、アルベール様は「謝る必要はない。アンジェラの言うとおりだからな」と言った。


「キルシュが君に会いたがっているだろう。アンジェラ、キルシュを頼む。もし何かあれば、俺に言え」

「はい、陛下。もしキルシュ様が私以外の女性を好きになるようでしたら、すぐに言いつけます」

「それは一大事だからな。そういうときは、俺に任せておけ」


 再びアンジェラはご両親に軽く嗜められて、下がっていった。


「リィテ。今のはただの、冗談だ」

「わかっていますよ、大丈夫です」


 アルベール様が私に耳を寄せて、小さな声で言う。

 私はくすぐったさに身をすくめながら、頷いた。



お読みくださりありがとうございました!

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