記憶の意味
男性――初代フェデルタ王に力を渡しルーゼが消えたところで、私たちの見ていた景色は再び元の、柱が倒れ、誰もいない美しいけれど朽ちたような神殿の姿へと戻った。
台座の上にちょこんと座っている小さなルーゼは、私の肩に飛び乗ると、額を私の頬へと擦り付けて、それから消えていった。
「……ルーゼが、記憶を見せてくれたのははじめてだな」
アルベール様は私を抱き上げると、先程までルーゼが座っていた台座へと私を座らせる。
台座に座ると、アルベール様と視線が近くなる。
アルベール様は背が高く、私はいつも見上げている。
だから、こうして視線が近づくと、いつもよりも少し恥ずかしい。
輝く太陽のような瞳に、私の姿が映っている。真っ直ぐ見つめられて、私も視線を逸らさずにアルベール様を見返した。
――悲しい記憶だった。
ルーゼの悲しみが伝わってくるようで――けれど少し、戸惑ってもいた。
あの少女は、私に似ていた。
「ルーゼについての言い伝えは、フェデルタ王家に残っている。だが、ここまで詳しい記録はない。ルーゼは人を哀れみ、人を愛し、愛を乞う。初代フェデルタ王に力を与えた。俺たちが知っているのは、それぐらいのことだ」
「とても、悲しいことがあったのですね」
「あぁ。幻獣がああして、人のように言葉を交わすことさえ知らなかった。……俺の命令には従うが、言葉を交わしたことはない。あんなことがあったのだな。もし俺がルーゼだったら、とても耐えられない」
アルベール様は私の背中に手を回して、きつく抱きしめた。
ルーゼの記憶が心を軋ませて、無性にぬくもりが欲しかった。
抱きしめてもらうと、安心する。
低く掠れた声が鼓膜を震わせて、私は眉を寄せた。潤んだ瞳から、涙がこぼれる。
どれほど悲しかっただろうと思う。
――大切だった人を失うのは。
大切だった人を、大切だった存在が手にかけるというのは。
ルーゼにとってネクロムは友人のような存在だった。
どれほど意見が合わなくても、産まれたときからずっと一緒にいたのに。
「リィテは、あの少女に似ていた。だからルーゼは俺を、リィテの元へと導いたのかもしれない」
「ルーゼが、アル様を……?」
「俺がエルデハイムに向かったのは、そうしなくてはいけないという予感や、衝動のようなものを感じたからだ。それは恐らくルーゼの導きだったのだろう。君に会えと、君を救えと」
「……私は、ただ、少し似ているだけです。似ているというだけで、あの少女では……」
「俺にとっては、リィテがリィテであればそれでいい。俺は、アルベールとして、リィテに恋をした」
アルベール様は私がここにいることを、確認するように髪を撫でて、背中を撫でる。
大きくて無骨な手の感触が、気持ちいい。
アルベール様の声を聞くだけで、触れて頂くだけで、安心できる。
過去の幻影の世界から、ここに戻ってきたのだと。
私にはアルベール様がいて、不安なんて何もないのだと、思うことができる。
「ルーゼはもしかしたら君を、あの少女の生まれ変わりだと思っているのかもしれないが、俺の気持ちは俺のものだ」
「アル様……アル様がいて、よかったです。私を、みつけてくださって」
「……リィテがいてくれて、よかった。俺も同じだ」
あぁ――でも。
どれほど無念だっただろう。
死んでしまった少女も、ルーゼも。
それから、ネクロムも。
ネクロムはルーゼのことを憎んでいたわけではなかったのに。
ただ、人間を愛するルーゼが理解できずに、怒っていた。
わかり合うことは、できなかったのかしら。
もう、終わってしまったことだから、考えてもしかたないのかもしれないけれど。
「君を失うことなど、考えたくもないが……あの少女が君と似ていたせいで、震えがとまらない」
「アル様……」
確かに、アルベール様の手のひらは微かに震えているようだった。
私が死んでしまったように、感じたのかもしれない。
「アル様、私はここにいます。アル様のそばに」
「リィテ。……ルーゼが記憶を見せたことに、意味があるのかは、わからない。リィテを離すなということなのか、それともリィテと俺が結ばれて嬉しいと言っているのか。わからないが――俺は君を離さない」
「はい、アル様。嬉しいです……」
「帰ろう。ここでは、これ以上のことはできない。近くの街の宿に泊まろうか。君を抱きたい。君がここにいることを、感じたい」
私はこくんと頷いた。
悲しいけれど愛しくて、アルベール様に強く激しく求められることは、嬉しかった。
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