ルーゼの神域
山の頂上から洞窟の中に入ると、洞窟の壁は光り輝く青い水晶で覆われていた。
炎もないのに明るいのは、青い水晶の中に炎があって揺らめいているからだ。
美しく神秘的で、不思議な光景だった。
私は思わず、水晶の壁に触れる。
ひやりとしていて冷たく、炎の熱さは感じられなかった。
「すごい、綺麗です」
「そうだろう。この岩山の中の洞窟は、この青い水晶で覆われているんだ。水晶の中の炎が、内部を照らしてくれている。俺たちは、蒼炎水晶と呼んでいる」
「そうえん、すいしょう」
「あぁ。俺が火分けをするときに、現れる水晶と同じ形をしている。だがこの水晶は、どんな道具であっても採掘することは不可能だ。恐らくはこの水晶にはルーゼの魔力が満ちているのだろう」
内部に続く道をアルベール様に手を引かれながら降りていく。
降りた先は広い空間になっている。
蒼炎水晶に囲まれた朽ちた神殿のような場所で、水晶の太い柱がいくつも連なり、そのうちの何本かは折れたり倒れたりしている。
中央には台座のようなものがある。
「試練の時は、ここにある石を持ち帰るんだ。ルーゼの神域に辿り着いたという証明だな」
台座の上に、アルベール様が手を置いて言った。
「今はなにもないが、試練のために歴代の皇帝がここに石を置く。俺の場合は、父が置いて、それを俺が取りに行った。試練を終えると石は加工されて、王冠にはめ込まれる」
「王冠、アル様はしていらっしゃいませんね」
「邪魔だからな。それに、重い。民の前に姿を見せるときはつけることもあるが、あまりつけたくないな」
「装飾品は、お嫌いですか?」
「そんなこともないよ。だが、つけるとしたら君の瞳の色がいいな。アメジストの耳飾りを、今度作ろう」
「きっと、お似合いです」
アルベール様は私の耳に、そっと触れる。
「リィテの耳にも、俺の色の耳飾りをつけよう。金とオニキスにしようか」
「ありがとうございます。嬉しいです」
「あぁ。城に戻ったら、さっそく作らせよう」
耳に触れる指先がくすぐったくて、私は目を細める。
それから、広い空間や高い天井を見渡した。
「ここに、一人で来たのですね」
「あぁ」
「美しいですけれど、少し怖い場所です。誰もいなくて、一人きりでは……アル様、よく頑張りましたね」
「褒めてくれるか?」
「はい。……アル様は立派です。尊敬します」
「リィテ。では、抱きしめて、撫でてくれるか?」
「ここで?」
「あぁ」
甘えるように言われて、私は少しためらう。
こんな神聖な場所で、いいのかしら。
でも、アルベール様の中のルーゼももしかしたらそれを求めているのかもしれない。
ここにかつて住んでいたルーゼは、今はアルベール様の中にいるのだから。
「アル様、いい子」
「……ふふ。いい子と言われるのは好きではないが、君にそう言われるのは気分がいいな」
「好きではなかった、ですか?」
「俺はいい子ではないだろう。口が悪いし、態度も悪いときもある。いい子の俺は、取り繕っているものだな。まるで、騙しているような気がする」
「そんなことはないですよ。それはアル様の優しさだと、思います。アル様は優しいから……自分を隠して、いい子だと思われるぐらいに、皆に心配をかけないようにしているんだと、思います」
「リィテ。……キスしたい」
「あ、あの、ここでは……」
アルベール様は台座に手をついた。
台座とアルベール様に挟まれる形になった私は、目を伏せる。
ふわりと、唇が触れあう。
腰をひかれて、抱きしめられる。手を重ねるようにして握られて――心が、あたたかいもので満たされる。
「……っ」
「これは……」
ゆっくりと唇が離れると、いつの間にか小さなルーゼが台座の上にちょこんと座っていた。
ルーゼの体が光り輝き、景色が――変わっていく。
アルベール様は私を庇うように抱きしめた。
驚いたようにアルベール様は変わっていく景色を見ている。
アルベール様の腕の中で守られている私は、恐ろしさはあまり感じなかった。
青炎水晶の炎が、更に輝いて――そこは大きなルーゼを守るようにして、幻獣たちがいる美しい神殿へと変わっていた。
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