神域への旅路
アルベール様はルーゼの神域への出立を、側近のジオニスさんと宰相のシュラウムさんに伝えた
それからベルクントお父様やキルシュたちにも。
「お兄様、お姉様、気をつけていってくださいね」
「兄上、姉上、お気をつけて」
「はやく帰ってきてね」
私はてっきり、数週間の旅路になるのかと思っていたけれど、ルーゼの背に乗り神域まで飛ぶので、さほど時間はかからないのだという。
「幻獣の森付近には魔獣が多いとは思いますが、陛下がいれば問題はないでしょう。同行は――」
「不要だ。ジオニス、シュラウム、俺の不在の間、城を任せた」
「分かりました」
「陛下、リリステラ様、お気をつけて」
キルシュやルディやフレアが見送ってくれる。
ジオニスさんやシュラウムさんが深々と礼をしてくれる。
私も礼をして、お城の広い中庭で、大きなルーゼの背に乗った。
アルベール様が私を抱き上げて、その背に乗せてくださる。
背中はふかふかしている。毛足が長く、綿が敷き詰められた草原の中にいるみたいだ。
音もなくルーゼは浮き上がる。お城も、見送ってくれている皆の姿も、あっという間に小さくなった。
青空の中をルーゼは泳ぐように飛んでいく。髪が、服が、風に揺れる。
ルーゼは早いのに、吹き飛ばされるような感覚はない。アルベール様が私の体をしっかり抱いてくれている。
「幻獣の聖域は、フェデルタの北にある。広大な森の中央の山が、ルーゼの神域。人の足で昇りきるには、数日かかるぐらいに高いが、ルーゼで飛べば数時間もかからない」
「……一人きりで、山で、数日過ごしたということですよね。十歳の時に。恐ろしくはなかったですか?」
「そうだな。怖さはあったかな。でも、絶対に登り切るまで帰らないと、決めていた気がする」
「アル様は、いさましいですね」
「負けず嫌いなんだ」
「ふふ……」
幼いアルベール様の姿を想像して、私はくすくす笑った。
空から見るフェデルタの大地は美しく、魔獣の姿は見えない。
先の戦の時には、エルデハイムの地には魔獣が溢れたのだと聞いたけれど――私は、魔獣というものを見たことがない。
「不思議ですね。フェデルタはこんなに美しいのに――魔獣がいるというのは」
「そうだな。といっても、大量に溢れているというわけでもないんだ。外を歩いていて魔獣と出会う頻度は、森の中で狼に襲われるものと同じぐらいかな」
「森に入れば、かなり頻繁に狼に襲われます」
エルデハイムの森には狼がいる。
だから森の中を通り過ぎることはしない。危険だからだ。
「まぁ、それもそうか。魔獣は多いが、フェデルタの者たちは慣れている。兵士たちは魔獣討伐を行うことができるし、どうしてもの危険があるときは、幻獣に向かわせたり、俺が討伐に行くこともある」
「気をつけてくださいね、アル様」
「怪我をしたことはないよ。ルーゼの力を使うことも、滅多にない。幻獣を向かわせれば事足りることがほとんどだから」
「はい。……アル様が怪我をするのは、嫌です。危険なことも……」
「大丈夫だ、リィテ。君を残していなくなるわけがないだろう。こんなに幸せなのに――それを自ら捨てるような、愚かなことはしない」
アルベール様は私に覆い被さるようにして口づける。
私はアルベール様に身を任せながら、目を閉じた。
「魔獣がいなくとも、狼などの獣もいるし、盗賊だっている。毒虫もいるし、海には巨大なイカやサメも。危険なものは魔獣だけではないから、そんなに心配することはない」
「そういうものなのでしょうか……」
「あぁ。だから、リィテも気をつけて。蜂に刺されたりしないように」
「蜂は、苦手です。怖いので。気をつけます」
私は神妙な面持ちで頷いた。
庭園を散歩するのは好きだけれど、蜂が怖いのだと言って泣いていたフレアのことを思いだした。
「フレアも蜂が怖いのだそうですよ。キルシュが、蜂など僕が退治してやると。私や、ルディのことも蜂から守ってくださるそうです」
「そんな話しをしているのか?」
「キルシュは小さいですが、ちゃんと男の子ですね。アル様みたいに、勇ましいです」
「俺の家族と仲良くするのは嬉しいが、妬けるな」
「アル様……」
「リィテ、君の白い肌はすぐに赤くなる。可愛いな」
キルシュはまだ十歳。アルベール様が皇帝の試練を行ったのと同じ年だ。
けれどキルシュは皇帝にはならないから、試練は受けないのだという。
次に試練を受けるのは、私が産んだ男の子だ。
アルベール様との子供は、アルベール様に似て欲しい。きっと、聡明で強く真っ直ぐな子が産まれると思うから。
眼下に深く広い森が広がり、その中央にはまるで空を貫く塔のような山がそびえている。
その山の頂上に、ルーゼは降り立った。
そこは、山というよりは神殿のような場所だった。
私たちを降ろすと、ルーゼは役目を終えたと言わんばかりに小さくなって、キラキラと粒子を残して消えていく。
アルベール様の体の中に戻ったのだろう。
山の頂は平らになっていて、その先には山の内部へと続くような洞窟がある。
「リィテ、こちらだ」
アルベール様は私の手を握ると、下に続いている洞窟の中へと誘った。
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