幻獣の聖域への誘い
体を清めて貰い、優しい肌触りの薄手の寝衣をきせてもらう。
寝室に戻ると、アルベール様がすぐに私の元まで駆け寄ってきて、私を抱き上げた。
「リィテ、綺麗にして貰った? スペシャルクレイマッサージというのは、気持ちよかっただろうか」
「はい。とってもいい気持ちでした」
「そうか。俺もヒーラーの資格をとりたくなってしまうな。リィテを気持ちよくしたい」
「ふふ……私もアル様を癒してさしあげることができればと思います。資格をとるのなら、私の方です」
「リィテが俺を? それはいけない。照れてしまうし……たぶん、俺は大人しくしていられない」
アルベール様は私をドサリとベッドに降ろした。
湯浴みをすませたのだろう、アルベール様の黒い髪から水滴が滴り落ちて、私の頬をぽつりと濡らした。
「アル様、もう少し髪を拭かないと」
「どうせ乾く」
「先日……ソフィア様が、アル様のことを……いい子だって、言っていました」
「母上が?」
「はい。物わかりがよくて、優秀で、いい子だって……幼い頃の話しです」
「リィテも、そう思うか?」
アルベール様は邪魔くさそうに、ご自分の寝衣を脱いでベッドの上に適当に放り投げた。
「……私は」
アルベール様の胸には、黒い羽のような紋様が浮かんでいる。
手を伸ばすと、指先でそれに触れる。
アルベール様の中にいるルーゼと、アルベール様と。
二つの鼓動が、指先を通して伝わってくるようだった。
「アル様は、感情が豊かな方だと、思います。嫉妬をしてくださったり、怒ってくださったり、甘えてくださったり。もちろん、優秀で正しくて、真っ直ぐな方だとも思います」
アルベール様はソフィア様たちの前では、ずっと気丈に振る舞ってきたのだろう。
心配をかけないように。
ベルクント様やソフィア様が、幸せになるように。
アルベール様はどこまでも優しいから。自分の感情を、気持ちを、押さえ込んでいたのだろう。
でも――私の知っているアルベール様は、ソフィア様たちの感じている印象とは少し違う。
「俺は、君に甘えているからな、リィテ。リィテも、俺はいい子だと思うか?」
「アル様は優しいですけれど……いい子ではない、気がします」
「では、悪い男だろうか」
「たまに、少し」
「嫌いか?」
「……すき、……っ」
噛みつくように深く唇が合わさり、寝る衣の下に手のひらが入り込む。
肌を撫でる手の感触や、湿った音触れあう粘膜の感触に、私は眉を寄せた。
口づけの狭間に、手を絡ませて、名前を呼び合って、笑い合う。
アルベール様のことを信頼しているから、愛しているから、どんな姿も見せられる。
怖いことはないのだと、分かっているから。
「リィテ、好きだ。リィテ、俺だけのリィテ」
熱を分け合い、体を重ねると、それだけが私の全てになってしまったみたいに満たされる。
朝まで激しく睦み合うこともあれば、優しい交わりのあとに、手を絡めて話しをすることもある。
その全てが幸せで――もちろん、恥ずかしいけれど。
求めてくださるのは、嬉しい。
アルベール様の中のルーゼが、愛が欲しいと飢えているから――アルベール様は私と触れあうと、餓えが満たされるのだという。
それは私も同じ。
一緒にいるだけでも、傍にいるだけでも十分だけれど。
こうして肌を重ねることで、心も体も全てつながっているように、安心できる。
「アル様……」
「リィテ。子供が欲しいな。きっと、可愛い」
「はい」
「でも、できなくてもいい。どちらでも。……リィテさえいてくれたら、俺はそれでいい」
「でも、私……頑張ります、ね。だから、たくさん、愛してください」
「あぁ、もちろんだ」
私の背中や髪を撫でながら、アルベール様は優しく笑う。
慈しむように目尻や頬に、髪に唇が落ちて、私はやわらかい眠気を感じて目を細める。
「無理をさせたか。リィテ、眠い?」
「もう少し、話しをしたいです」
「何を話そうか」
「私……アル様の小さいときのこと、知りません。十歳で、皇帝の試練を終えたって……すごいことだって、キルシュたちが、言っていました」
「あぁ、そんなことを言っているのか。すごくもなんともないんだがな」
「それは、危険な試練では、ないのですか?」
「危険ではないよ。ルーゼの神域は、美しい場所だ」
ルーゼの神域は、幻獣の聖域の中央にある山の峰にあるのだという。
危険な獣が多くいる場所なのかと思っていた。
そんな危険な場所に、十歳の子供が行くのかと。
「あの場所にいる幻獣たちは、ルーゼに忠誠を誓っている。ルーゼは、幻獣の王だからな。だから、皇帝を継ぐ俺に攻撃をしようとはしない。対話をし、挨拶を交わすのが、試練と呼ばれるものだ」
「試練というから、危ないのかと思っていました」
「危なくはないが、孤独だな。それに、恐怖も感じる。恐怖に打ち勝ち、逃げずに神域まで辿り着くのが試練なのだろうな」
「アル様は立派ですね」
「立派かな」
「はい」
「誰に褒められても、嬉しいということはあまりなかったが、リィテに立派と言われるのは嬉しいな」
アルベール様は私の耳をくすぐるように撫でて、首筋に口づけて、赤い跡を残した。
「リィテも行ってみるか、神域に。とても美しい場所だ。それにリィテはルーゼに気に入られているから、きっとルーゼも喜ぶだろう」
「いいのですか?」
「あぁ。誰も近寄らない場所だが、立ち入り禁止というわけではない」
「いってみたいです」
「そうか。じゃあ、一緒に行こう」
アルベール様は嬉しそうに、声を弾ませた。
私は頷いて、目を伏せる。ルーゼの神域とはどんな場所だろう。
幼いアルベール様が見た景色を、一緒に見ることができるのが嬉しかった。
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