スペシャルクレイマッサージ
昼過ぎに政務が終わると、アルベール様は謁見の間や会議室へと向かう。
新しく皇帝になられたアルベール様と話をしたい人たちはたくさんいて、午後は基本的には人と会う時間を作っているのだという。
会議、報告、会議、相談。
人が多くなればなるほどに、話し合いは重要で――それから長くなるのだと、アルベール様は溜息交じりに言っていた。
フェデルタでは、豪華な昼食を時間をかけてゆっくりとって、夜はお酒と軽食程度。
アルベール様は夕方には後宮に戻ってきて、一緒に夕食をとってくださる。
今日の話をアルベール様がしてくださるのを、私は頷きながら聞いている。
「幼い頃、父上は戦もないのに何故そんなに忙しいのかと考えていた。だが、今やっとわかったよ。一を話せば十を理解してくれる者もいるが、十の話しを百話さないと気が済まないものもいる」
「十が百になりますか?」
「あぁ。百になる者もいれば、二百になるものもいる。十の話を百話す者の話の中にも重要な報告があったりするから、聞かないというわけにもいかないしな」
冗談めかしてアルベール様が言うので、私はくすくす笑った。
食事を終えると、アルベール様は私を抱き上げて部屋へと連れて行ってくださる。
私はアルベール様のよった眉間の皺や、強ばった口角に手を伸ばして、撫でたりさすったりした。
「リィテ、また怖い顔になっていたか?」
「怖い顔ではないです。アル様はいつでも、素敵ですよ」
「リィテ、好きだと言って欲しい」
「好きです」
「君にそう言われるだけで、全ての疲れが吹き飛ぶようだな。今日も俺を、癒してくれるか?」
「アル様……ここでは、まだ駄目です」
「誰もいない」
アルベール様は足を止めると、私を降ろして壁に押しつけるようにする。
壁に縫い止めるようにしてドレスの間に足が入り、片手を重ねて拘束される。
私よりもずっと大きくて逞しい体が、綺麗な顔が驚くほどにそばにあって、私は恥ずかしくなって俯いた。
数え切れないぐらいの夜を過ごしたけれど、いつでも照れてしまう。
私のものではない体温が、こんなに近い。
太陽みたいな金の瞳に見つめられると、体が燃えて溶けてしまいそうだ。
「アル様……っ」
唇が戯れるように触れあい、離れていく。
唇の間に舌がぬるりと入り込んで、すぐに深く唇があわさった。
少し、お酒の味がする。果実酒の甘い味が口に広がる。
うなじを撫でられ、逃げないように髪を、後頭部を掴むようにさせると、背中からうなじまでぞくぞくしたものが走り抜けた。
「ある、さ……ん……」
腕に抱いていたルーゼが消えて、アルベール様の体の中へと戻っていく。
歯列をなぞられ、舌をすりあわせて、アルベール様は片手を私の手から離すと、ドレスをたくし上げて大腿に触れた。
「どこを触っても、柔らかいな、リィテ」
「ん……ぅ……ぁる、さま……」
「早く部屋に戻ろう。愛しているよ、リィテ」
「私、も……」
唇が離れて、アルベール様の指先が私の濡れた唇を撫でた。
もっとして欲しい。
もっと、いっぱいキス、したい。
ぼんやりした頭ではそんなことしか考えられなくて、アルベール様を見つめると、アルベール様の瞳がすっと細められた。
「リィテ、そんな顔をされると……我慢ができない。もっと、したい」
「アル様……」
「だが、ここではな。悪戯では、終わらなくなってしまう」
アルベール様はそう言って、私を抱き上げた。
すぐに部屋に――と言っていたけれど、寝室の前ではレベッカさんたち侍女の方々が待ち構えていた。
「陛下、リリステラ様、お待ちしておりました。今日はリリステラ様の為に、スペシャルクレイマッサージを用意しておりますので、お戯れはそのあとにしていただきたいのです。リリステラ様の身支度を調えて参りますので」
「嫌だが」
「我が儘を言わないでください。リリステラ様の体を艶々すべすべにするのは私たちの仕事です」
「あ……そうでした。レベッカさんと、朝、約束をしていて……アル様、待っていてくださいね。綺麗にしてもらってきますので。スペシャル、くれ、い、まっさぁーじ、です。何のことかわかりませんけれど、楽しみにしていました」
「……リィテが言うなら仕方ないな」
フェデルタ語でも耳慣れないものはまだ発音が難しい。
アルベール様は本当に仕方なさそうに、私をレベッカさんたちに引き渡した。
浴槽に連れて行ってもらった私は、レベッカさんや侍女の方々によって服を脱がせてもらい、布のしいてあるあたたかい台の上へと寝かせて貰う。
レベッカさんがにこにこしながら、白い泥状のものをボウルの中で泡立てている。
「リリステラ様、これは最近貴族女性に流行っている、グリンゲル塩湖のソルトクレイです。このソルトクレイに蜂蜜とハルトムーンの果実のオイルを混ぜたものを体に塗ります」
「はい。塩の湖の、塩分の入った泥、ということですね。ずいぶん白いのですね」
「グリンゲル塩湖のソルトクレイは真っ白なんです。塩に加工すると、雪塩と呼ばれる真っ白サラサラな塩ができます。ミネラルも豊富なのですよ」
体中にソルトクレイを塗られると、ぽかぽかした。
大切に扱って頂くのは慣れなくて、戸惑うこともあるけれど――アルベール様には綺麗な私を見ていただきたいと思う。
私の為にレベッカさんたちが色々と用意をしたり、こうして体を磨いてくれるのはありがたいことだ。
「リリステラ様は元々お綺麗でいらっしゃいますけれど、最近ますます輝いておられますね。肌も髪も、艶やかですべすべです。私も、ヒーラーとして、力が入ってしまうというものです」
「ありがとうございます。とても、気持ちいいです」
「よかった!」
ソルトクレイを全身に塗られると、気持ちがよくて私は少しうとうとした。
その間に、レベッカさんが髪にもソルトクレイをつけて、洗い流してくれる。
浅い眠りの中に落ちても、もう悪夢を見ることもない。
フェデルタで過ごしているうちに、エルデハイムでの生活を思い出すことは、あまりなくなっていた。
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