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フェデルタでの日々



 アルベール様の元に来てから、日中は時折政務の手伝いをするようになった。

 これは皇帝妃の役割ではないのだけれど、アルベール様は政務室に私を連れて行きたがる。


 ただ座っているのも落ち着かないので、報告書の中に書いてある資金の推移が正しいかの見直しや計算の確認、貴族の方々からの季節のご挨拶への返事、確認済みの書類を取りまとめて紐で綴じて──など。


 大したことはできないけれど、手伝いをするとアルベール様がほめてくださる。

 読み書きも計算も、得意な方だった。

 王妃教育として習った勉強が、フェデルタ語の読み書きができることが役に立つのが嬉しい。


「少し休憩にしようか、リィテ」

「はい」

「リィテがいると、仕事が早く終わるな。ありがたい」

「いえ……」

「本当にそう思っている」

「ええ。私たちも助かっています。リリステラ様は仕事が早くて的確でいっらしゃいます」

「ありがとうございます、ジオニスさん」

「ジオニス、リィテに話しかけるな」

「悋気が強すぎるというのも問題ですよ、陛下」


 書類の束を棚にしまってくれているジオニスさんが、ため息混じりに言った。

 ジオニスさんは、アルベール様の側近であり幼い頃からの教育係でもあった方だ。

 とても若々しいけれど、年齢はもう三十はとっくに過ぎているとアルベール様がおっしゃっていた。


「嫌か、リィテ」

「嫌ではありません。でも、私のせいでジオニスさんを困らせるのはよくありません」


 製本針で書類の束を製本しながら、私は言った。

 針が紙をぷつりと貫く感触が、楽しい。何かを淡々と行うことは嫌いではない。

 紙が重なり本になり、少し厚手の紙の表紙に日付と、中身についての内容を書きつける。


 紙は貴重品なので、本当に重要なもの以外の書類の保管期限は三年間。

 三年経ったら製紙場に戻して、ふたたび溶かして新しい紙に変えるのだという。

 この辺りは、エルデハイムとあまり変わらない。


「ジオニスは独身だから嫌なんだ。女好きだしな」

「私のことを女好きだと思っていたのですか? 心外です」

「実際そうだろう。恋人は作るが、結婚はしない」

「私は陛下の従者という立場と、結婚をしているのですよ。必要があれば、女性とそういった関係になって、情報を聞き出すこともありますから。結婚をしてしまえばそのような行動はとてもできません」


 ジオニスさんは私から製本の終わった書類を受け取ると、それも棚に戻してくれる。


「陛下の大切な奥方様に、妙な気持ちを抱いたりはしません。そんな恐ろしいことは、この国では誰もしませんよ。ルーゼの飢えを、城のものたちは皆知っています。ルーゼは愛に飢えた獣。その力を継ぐ陛下の大切な人を奪おうなどとするのは、よほどの愚か者です」

「だがな」

「アル様以外の男性のことを、好きになったりしません。私は、アル様に妻にしていただいたのですから」

「リィテ……そうだな。あぁ、それはそうだ。分かってはいるのだが、感情はどうにも、な」


 アルベール様の元から、ちょこんと小さなルーゼが顔を出して、私の膝の上に乗った。


「できる限り、嫉妬はしないように気をつける」

「いえ、気をつけないで、いいです。アル様が感情を口に出すのは、……ジオニスさんを信頼しているからだと、思っています。アル様は、他の方の前ではそんなことは言いませんし」

「おや……そうなんですか、陛下」

「それを指摘されると、恥ずかしいものがある。ジオニスとは付き合いが長いからな、つい気が抜けてしまうのだろう」

「気を、抜いてください。私の前では、そうしてくださると嬉しいです」

「あぁ、リィテ」


 アルベール様は立ち上がると、私の元まで来て、髪を撫でてくださる。

 それから私の手を取った。


「製本は針を使うだろう。怪我はしていないか?」

「大丈夫です。紙を綴じるのは、楽しいです。こうして、表紙に文字を書くのも」

「君が仕分けをはじめてくれて、本当に助かっている。今までは、雑に積んであったからな。過去の記録を漁るのにも、時間がかかっていた」

「喜んでいただけて嬉しいです。」

「リィテの文字は綺麗だな」

「つづりが、間違っていたら言ってください。もしかしたら、違って覚えているかもしれませんし」

「分かった。リィテも、もしわからない言葉や、読めない単語があれば言ってほしい。俺を頼ってくれ。君が、あいた時間でフェデルタ語を学んでいるのを知っている。努力は嬉しいが、無理はしないでほしい」

「ありがとうございます、アル様」


 アルベール様は私の肩に手を置いて、私のこめかみに軽く唇を落とした。

 ジオニスさんの前でそんなことをされるとは思わなくて、私は思わず膝の上のルーゼの体をギュッと掴んでしまった。

 ルーゼは嫌がることもなく、ふるりと体を震わせた。




お読みくださりありがとうございました!

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