ソフィアお母様とのお茶会
◆
庭園のテーブルには、三段重ねのケーキスタンドにブルーベリーのタルトや、一口サイズのオープンサンド、クリームがたっぷりのったスコーンなどが並んでいる。
ソフィアお母様にお茶会にお呼ばれした私は、ルディとフレアと共にテーブルを囲んでいる。
いつも可愛らしく着飾っているルディとフレアは、まるで花の妖精のようで愛らしい姿だ。
二人とも、ソフィアお母様に面影がどことなく似ている。
「私がベルクント様と結婚したのは、十八歳の時。ちょうど、リリステラと同じ年だったわね」
「十年前だと、アル様にお聞きしました」
「ええ。もう十年経つのね。早いものだわ。私は元々、伯爵家の娘で――城の文官として働いていたの。そこでベルクント様と出会ってね」
「そうなのですね」
「知らなかったわ」
「お母様、あまり昔のことは話さないから」
私が頷くと、ルディとフレアも口をそろえてそう言った。
フレアはスコーンを口にして、口の周りにクリームをつけている。
ルディが仕方なさそうに、口の周りをナプキンでふいてあげている。
「そうだったかしら。なんだか十年はあっという間で……まさか自分がベルクント様と結婚するなんて思ってもいなかったから。結婚を申し込まれたときは、驚いたわ。私の片思いだとばかり思っていたから」
「ベルクントお父様も、ソフィアお母様を想っていらしたのですね」
「ええ、ありがたいことに。でも、ベルクント様の心にはいつでも、亡くなったベルーナ様がいたの。名前が少し似ていると言って笑い合ったりしたそうよ。よく話してくださるわ。それから、ベルーナ様の好きだった花を庭園で育てたり……」
「それは、お辛くはないですか?」
「そんなことはないわ。ベルーナ様は素敵な方だった。ベルーナ様とベルクント様は遠縁の親戚で、幼馴染みだったの。そこに入り込める人など、いなかった。私はまだその時は幼かったけれど、皇帝夫婦の仲睦まじい姿をよく覚えている」
ソフィアお母様はそう言うと、紅茶のカップに口をつけた。
私もそれにならい、紅茶をひとくち飲んだ。
芳醇な香りが鼻に抜ける。紅茶には砂糖もミルクも入っていない。
お菓子と一緒にいただく紅茶はすっきりとした味わいで、お菓子の甘みを口の中で和らげてくれる。
「ベルクント様は私のことも大切にしてくださっている。それが、ずっと申し訳なくて」
「申し訳ない……亡くなられた、ベルーナ様に、ということでしょうか」
「それもあるわね。けれど……私がここにきたことで、アルベールは一人になってしまったから」
「……一人に」
「お兄様は、一緒にいようといっても、お城には来てくれませんでした」
「お兄様は優しいです。でも、一緒にお食事をすることも、滅多になかったのです」
フレアが不満そうに言って、ルディが心配そうに言う。
ソフィアお母様は二人の頭を撫でた。
「アルベールは、私がベルクント様と結婚をした十歳の頃から、ずっと物わかりがよすぎるぐらいに、いい子だったの。賢くて、優秀で。私たちのことは祝福してくれて、邪魔をしたくないと一人で離宮に住むようになった。もちろん、従者や使用人はいたけれど」
「それは、アル様からもお聞きしました」
「あの子は、あなたにはなんでも話しているのね。よかった」
アルベール様は、ソフィアお母様やベルクントお父様と共にいるのは、少し居心地が悪かったとおっしゃっていた。
それは伝えられないので、私は「そうだと嬉しいです」と、頷くだけにとどめた。
「……ベルクント様は、アルベールはたった一人で大人になったと言っていたわ。本来なら、家族から愛情をそそがれて、ゆっくり大人になっていくところを、無理矢理に大人にさせてしまったのだと。私も、そう思う」
「無理矢理、大人に……」
「ええ。誰の手も借りずに、一人で、自分の力で、大人になった。頭がよくて、自分の立場をよく理解していたこともあるのでしょうね。それはとても素晴らしいことだけれど……寂しいことだわ」
「お兄様は笑ってばかりいるのですよ」
「優しくて、笑ってばかりいるのです、私たちの前では」
「私は……あの子の母親にはなれなかった。たった八歳上の私が突然、あなたの母といっても受け入れられるものではないもの。若すぎたのね、きっと」
確かにアルベール様はとても、優秀な方なのだろう。
正しく、優しく、真っ直ぐな人。
――それだけ、かしら。
少し違うような気もする。うまく言うことはできないけれど。
「だからね、あなたがアルベールと結婚してくれて、私もベルクント様もとても安心しているの。あの子にも、心を預けられる人ができたのだと思って」
「ありがとうございます。他国から来た私を、歓迎してくださったお母様やお父様に、ルディやフレア、キルシュに感謝しています。そして、フェデルタに。アル様を支えられるよう、頑張ります」
「ええ。リリステラも、アルベールと同じね。とても真面目なのね、きっと。もう少し肩の力を抜いて、話をしてくれると嬉しいわ」
「はい。……ありがとうございます」
「ええ」
ソフィアお母様や、ベルクントお父様、そしてルディたちもアルベール様のことをずっと心配していたのだろう。
心配するというのは、愛されている証だ。
アルベール様にもきっとその気持ちは伝わっているはず。
でも――アルベール様は、ずっと寂しかったのかもしれない。
強い方だから、それを口にしたりはしないけれど。
お読みくださりありがとうございました!
評価、ブクマ、などしていただけると、とても励みになります、よろしくお願いします。




