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【コミカライズ配信中】傷だらけの公爵令嬢は、隣国の皇太子に溺愛される  作者: 束原ミヤコ
二章

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父の再婚



 ルーゼとは、愛に飢えた獣である。

 その意味を、皇帝の峰に登り終えた俺は深く考えるようになった。


 父は一人で寂しいだろう。

 母のことをきっと父はとても愛していたのだろうが──もう失ってしまった。


 母の絵姿に全ての愛を注ぐのは、まるで殉死に似ている。

 それは不適切な表現かもしれないが、父はまだ若い。

 ルーゼの飢えを癒してくれる誰かが必要だ。


 皇帝の峰から帰還した俺は、父の元へと向かった。

 以前から父が、側近たちから後妻を娶れと言われていることを知っている。


 父がそれをしないのは、母を愛していたからであり、そして俺のことを気にしてくれているからでもある。

 俺は、大丈夫だ。母がいなくても、父が誰かと愛し合っても。


 次期皇帝として育てられている俺のそばには、たくさんの人間がいる。だから──。


「父上。再婚をなさってはいかがでしょうか」


 皇帝の峰からの帰還の祝いのための豪勢な食事が準備された夕食の場で、父に伝えた。


「どうした、突然。今日はお前のめでたい日だ。皇帝の峰へ登る試練は十歳の時からはじまるが、はじめての登ったその時に成功させる者は今までの歴史の中ではごく一握り。私も、登り切るのに五年かかった。十五の時に試練を達成したのだ」

「はい。ジオニスに聞きました。俺はきっと、運がよかったのでしょう」

「いや、お前の努力の成果だろう。お前には悪いことをしていると、ずっと考えていた」

「なんのことでしょうか」


 テーブルに向かい合わせに座っている父は、テーブルの上で手を組んで、俺に向かって頭を下げた。 


「私は、ベルーナを失い、その喪失感を忘れるために仕事ばかりに没頭していた。暇な時間を作りたくなかったのだ。お前に構ってやることも、しなかった」

「そんなことは、気にしていません。俺は十分すぎるほどのものを与えられて生きてきました。皇帝となるために、教育も服も食事も、住むところも。何一つ困らずに与えてもらっています」

「それは当然だ」

「当然では、ありません。困窮しているものは、この国にも多くいます。全ての人間を平等に豊かにすることなど不可能ですから。俺は運良く恵まれた立場に生まれて、運良くルーゼの聖域に辿り着いたのです。それだけです」


 立場に驕ってはいけない。与えられたものを当然だと受け入れてはいけない。

 そう教育されてきたということもあるが、何度か城下におりて街のものたちの暮らしを学び、自分の目で見て耳で聞く中で、その思いはいっそう強くなった。


 フェデルタは、幻獣に守られているが、それと同時に魔獣の脅威にも晒されている過酷な地である。

 ルーゼの守護があるとはいえ、全て安全であるとは言い切れない。

 魔獣に親を殺された子供も、兵士として働く恋人を失った女性や、家族たちもいる。


 裕福なもの、貧しいもの。清く正しく生きるもの。犯罪に手を染めるもの。

 様々な人々が暮らしているフェデルタの地で、俺はたまたまアルベール・フェデルタとして生まれただけだ。


 自分が優れているとは思わない。

 ただ、皇帝として優秀である必要があり、それは努力をすれば手に入るものだと知っているから、努力をしている。

 それだけのことだ。

 今までの努力が身を結んだのかもしれないが、運のよさもあるのだろう。

 ルーゼの聖域に、歴代の皇帝よりも早く辿り着けたとして、俺が優れているということにはならない。


「アルベール。……無理をして、早く大人になる必要はないのだぞ」

「無理はしていませんよ、父上」

「お前はきっと、母に甘えた経験がないから、甘え方を知らないのだろうな」

「俺は甘えていますよ。我儘も言います。だから、父上。俺に遠慮せず、再婚をしてください」

「お前の祝いの日に、再婚を勧められるとはな……」


 父は苦笑して、その時は曖昧に言葉を濁した。

 それから程なくして、父は若い女性を連れて俺の前に現れた。

 ソフィアという名の若い女性は、まだ十八歳なのだという。

 俺と八つしか歳が違わない。

 

 父に再婚を勧めたが、随分と若い女性を娶ったものだと、さすがに少し驚いた。

 ソフィア──新しい母は、俺の母になろうと努力をしてくれているようだった。


 父が新しい母を娶ってもどうとも思わないだろうと、俺は考えていた。

 けれどどうにも息苦しく、同時に父と新しい母の邪魔をするのも嫌で、俺は後宮の中にある誰も使用していない離宮へと住処を移した。


 父も母も心配していたが、その方が気が楽だったのだ。

 やがて弟が生まれ、妹が二人生まれた。

 父や母や腹違いの弟妹たちのことを大切に思っていたが、自分一人だけが異物になってしまったかのような疎外感をわずかばかり感じることもあり、それは正しい感情ではないと心の奥に閉じ込めて、蓋をして、忘れたふりをしていた。



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