終章:はじめての夜
祝賀の熱気が、まだ体に残って火照りを感じている。
今日は大切な日だからと、レベッカさんたちに体を隅々まで綺麗にしていただいた私は、薄いドレスを着てベッドに座ってアルベール様の訪れを待っていた。
一緒に眠るのははじめてではないけれど、やはり少し、緊張する。
アルベール様はずっと優しくて、私を抱きしめたり、手を繋いだりして眠ってくれた。
キスはするけれど、それ以上はしていない。
覚悟はとっくにできているけれど――いざ、その日を迎えると、私は上手くできるだろうかと、心配になってしまう。
「リィテ!」
私の不安を吹き飛ばすように、元気いっぱいな声が部屋に響いて、アルベール様が部屋に足早に入ってくる。
もしかして少しお酒を飲まれているのだろうか。
皇帝陛下として即位したアルベール様は、沢山の貴族の方々とお話をしていたようだから。
アルベール様も湯浴みを済ませたのだろう。
寝衣の腰紐を解き、脱いだ服をばさばさと床に落としながら私の元までやってくると、思い切り私を抱きしめながらベッドにごろんと倒れ込んだ。
「リィテ、やっと二人きりになれた。あぁ、長かった。儀式というのは必要なことだが、なんせ長いな。貴族たちがリィテと話したいというので、必死にリィテは俺のものだと牽制していたら、遅くなってしまった」
「そんなことをしていたのですか?」
「あぁ。だって、リィテは俺のものだ。俺とリィテを祝福するのはいいが、必要以上にリィテに興味を持つのはいけない」
「ふふ……アル様は、いつも私を安心させてくれます」
「そうか?」
「はい。……少し、緊張していました。でも、アル様の顔を見ると安心してしまって、緊張がどこかにいってしまうみたいです」
「その緊張は、よくない緊張だろうか」
「いいえ、いい緊張です。……恥ずかしいのと、それから少し不安で、でも……期待も、しています」
「期待?」
先を促すように尋ねてくるアルベール様の頬に触れて、私は私を見下ろすその顔を見つめた。
整えられた前髪が、額に落ちている。
形のいい耳に触れて、首筋に触れると、アルベール様の眉が切なげに寄った。
「アル様が私を愛してくださるのが、嬉しいです。……もっと、たくさん、愛されたい」
「リィテ」
「わがままに、なってしまいます。アル様が、優しいから」
「もっと、我儘を言ってくれ。我慢されるよりもずっといい。たとえば、他にも妻を娶っていいと言われるよりも、私以外を愛さないで欲しいと言われる方が、俺は嬉しい」
「それは、ごめんなさい。もう言いません、気を付けます。……私だって本当は、嫌です。アル様が私以外の女性を妻にするのは」
「絶対に、しない。この命に誓って。愛しているよ、リィテ。俺の全てで君を、愛させてくれ」
アルベール様は私の髪に口づける。
目尻に、額に。
それから、唇に。軽く触れて離れると、艶やかに微笑んだ。
「俺の妻になってくれて、ありがとう。俺のすべては君のものだ。苦しいことの方が、今までは多かっただろうが、これからは沢山、楽しいことをしよう、リィテ。俺と、二人で」
「はい。アル様……大好きです」
服の上から優しく体を撫でられると、それだけで体の奥に炎が灯るようだった。
愛されることの幸せを体の奥で感じながら、私は今までの記憶が、ルーゼの炎で焼かれるように消えていくのを感じていた。
悲しいことも。苦しいことも。辛いことも。
今はもう、遠い。
「アル様、アル様……好きです、好き、あなたが、好き」
「あぁ、リィテ。可愛いな。俺のリィテ。ずっとこうしていよう、夜が明けて、朝が来ても」
柔らかい雨が、体に降り注ぐように
それは時に嵐のような激しさに変って、翻弄されて、ひたすらに泣きじゃくったり、幼い子供をあやすように優しく触れられて、ゆっくりと体を重ねながら。
深く繋がることの愛しさで、いっぱいになる。
何度もささやかれる愛の言葉が、気遣いの言葉が全部優しくて。
覚悟の底にあった――もしかしたら、アルベール様を怖がってしまうかもしれないという不安なんて、消えてしまって。
もう怖いことなんてなにもないのだと、思うことができた。
「そうだ。リィテ」
朝になって、昨日の熱を体に残して微睡む私の髪を撫でながら、アルベール様が微笑んだ。
「君に、渡したい物があるんだ」
寝衣を羽織ってベッドから降りたアルベール様が、美しい箱を持って戻ってくる。
「アル様……?」
ぼんやりしながら体を起こした私の前に差し出されたのは、箱の中に入った髪飾りだった。
「これ……」
その髪飾りは、見覚えがある。
私には少し子供っぽいデザインで、桃色の可愛い花を模したそれは――。
「アル様……どうして」
「学園で、君とはじめて話した日。君は大切な物を失くしたのだろうなと思った。学園の中を探して、焼却炉の中から燃えた髪飾りをみつけた。……拾って持って帰ってきて、職人たちに頼んで修復してもらっていた」
「……っ」
「元と同じではないかもしれないが、似せて作ることができたのではないかと。……君と結ばれた日に、渡そうと思っていた。だが、昨夜は夢中になってしまって……それどころではなくて。すまなかった」
「アル様……っ」
それは、お母様が私にくださった髪飾りと同じ形をしている。
髪飾りが私の手に戻ってきたことよりも、アルベール様のお気持ちが嬉しくて、私はアルベール様に抱きつくと、声をあげて泣いた。
「ありがとうございます、アル様、私、髪飾りのこと、言っていなかったのに」
「君と話して、気付いたんだ。君は誰よりも強い。君の心は、エルデハイムの愚か者どもによって濁らされたわけではなく、何か大切なものを失くしたから泣いていたのだろうと」
「でも、どうして……」
「多分、あの時から。俺は君に、恋をしていたのだろう」
泣いてはいけないとずっと気を付けていたのに、我慢できなかった。
アルベール様は私を抱きとめて、優しく髪を撫でてくれていた。
あなたと出会えて、よかった。
私は――ありったけの愛情を、あなたに捧げよう。
私の全てを、あなたに。
朝の光が、優しく宝石箱の中の髪飾りを照らしている。
繋がる手と絡まる指先に、涙をこぼしながら私は微笑む。
アルベール様の胸の上で、黒い翼の紋様が光を受けて神々しく輝いていた。
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