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図書室での邂逅



 適当に伸ばしたようなボサっとした黒髪の青年は、華やかな見目の方々が多い貴族学園ではあまり目だないような容姿をしているように思えた。

 けれど、私を気遣う口調は穏やかな低音で、とても優しかった。


「……突然話しかけてすみません。泣いているから、どうしたのかと思いまして」


「見なかったことにしてください」


 泣いている姿を見られてしまった。

 罪悪感が湧き上がり、私は搾り出すような声でなんとかそれだけを言った。

 誰かに優しく話しかけられたのは、本当に久しぶりだった。

 心配してもらえて嬉しいのに、拒絶をするような態度をとってしまう。

 

 私は、嫌われてはいるけれど、ラウル様の婚約者だ。

 二人きりで男性と話をするのはふしだらで、いけないことだと──教えられてきた。


「大丈夫。あなたが泣いていたことは、誰にも言いません。僕と、ここで話をしたことも」


「……ありがとうございます」


 私の葛藤をわかっているとでもいうように、青年は口元に笑みを浮かべた。

 瞳は見えないけれど、優しく微笑んでくれていることがわかる。


「僕は、アル・ジスクルト。ジスクルト男爵家の次男です」


「私は……」


「リリステラ様ですね。知っています」


「申し訳ありません。貴族の名前は全て覚えているはずなのに、あなたのことを存じ上げなくて」


「男爵家など、星の数ほど……というのは言い過ぎですが、覚えきれないぐらいにたくさんありますから。それに僕は、つい最近まで病で家から出ることができなくて、学園に通い始めたのは今年からなんです。年齢を考慮してもらって、三年生に編入する形で。社交界にも出ることはなかったので、知らなくて当然ですよ」


「そうなのですね。……アル様は、お加減が悪かったのですね」


「リリステラ様は公爵家のご令嬢で、王太子殿下の婚約者でしょう。ただの男爵家の息子である僕に、そんなに丁寧に話す必要はありませんよ」


「身分がどうであれ、アル様は私よりも歳が上です。年長者は敬うべきだと考えております」


「そうですか、それではそのように」


「あの」


「居心地が悪そうですね、リリステラ様。二人きりでいるところを見られると、よくないと考えているのでしょう。大丈夫です、この時間にこんな場所に来る人間は他には誰もいませんよ」


 そう言うと、アル様は私から少し離れた。

 窓際の壁を背にして、腕を組んで立つその姿は、あまり目立たない容姿だと感じたけれど、すらりとした長身でスタイルがとてもいい。

 病気をしていらしたと言っていたけれど、それを感じさせない体つきをしている。


「……それも、あります。けれど、病気をしていらしたのなら、私の悪い噂を知らないのかと思いまして。私と話している姿を見られたら、アル様にもよくないことが起こるかもしれません」


「よくないこと?」


「はい。……よくないこと、です。そうとしか、私には言うことができません」


「知っていますよ、リリステラ様」


「え……っ、……で、でしたら、アル様。私には、関わらない方が」


「僕はあなたを無実だと思っています。……社交界にも顔を出していない僕は、この学園に知り合いも友人もいません。触れない方がいい存在として、いつも遠巻きに見られています。学園は窮屈ですから、時々ここに避難してきているんです」


 それは、私と同じだ。

 アル様に図書室で会うのははじめてだけれど、ここに来る私は他の生徒のことを気にする余裕なんてなかったから、気づかなかっただけかもしれない。


「寂しいですが、気楽ですよ。誰かに追従する必要もない。十人のうち九人が黒だと言ったら、白いものも黒く見えると言うものです。それが、集団というものですからね」


 アル様の言葉に、私は一筋の光を見たような気がした。

 今まで私がミリアさんに危害を加えていないことを信じてくれる人なんて、一人もいなかったから。

 アル様は、信じてくれるかもしれない。私の、身の潔白を。


「ただ、耳に入ってくる噂を聞いていただけですが、ここであなたと話して確信しました。……誰にも見られない場所で泣いて、僕が巻き込まれることを気遣ってくれる人が、罪人なわけがない」


「……っ、私……」


「人の噂では、あなたは気位の高い公爵令嬢。公爵家の潤沢な資金や順調な商売を盾にして、無理やり王太子殿下の婚約者におさまったと。王太子殿下と親しい子爵令嬢に嫉妬して、彼女を虐めている……そうですが、とてもそのようには見えません」


「……証明するものは、何もありません。けれど私は、何もしていないのです。……何もしていないと、言うことしかできないのですけれど」


「その言葉だけで十分ですよ」


 信じて貰えたのが嬉しくて、私は今日あった出来事をアル様に話した。

 私の髪飾りが燃やされたことは、言えなかった。

 それは、恥だからだ。自分の身も自分で守ることができず、ただ危害を加えられて泣き寝入りしかできないなんて、とても口にはできなかった。

 アル様は静かに、幾度も頷きながら私の話を聞いてくださった。

 罪をなすりつけられたこと。

 頬を叩かれたこと。

 苦しくて、怖くて悲しかったこと。

 今まで誰にも話すことができなかったことだ。

 話し終わると、それだけで、ずいぶん心が軽くなった気がした。


「リリステラ様。……僕があなたを守って差し上げることができればいいのですが」


「そのようなことをしてはいけません。アル様、相手は王太子殿下です。……私は、優しくしてくださった方を、私の事情に巻き込みたくはありません」


「……リリステラ様。僕は、たいていここにいますから。何かあれば、話ぐらいは聞きますよ」


「ありがとうございます。それだけで、十分です」


 私はアル様に深々とお辞儀をして、微笑んだ。

 久々に、自然に笑うことができた。




お読みくださりありがとうございました!

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