愛に飢える獣
湯上りの支度をしておきますと、レベッカさんは宮殿の浴室前で足を止めると、礼をした。
「アルベール様、あまり長湯なさいませんよう。リリステラ様がのぼせてしまいますから」
「あぁ、分かっている。リィテのことは俺にまかせろ」
脱衣室の椅子に私を座らせると、アルベール様はさっさとご自分の服を脱いだ。
堂々とした体躯には、傷一つない。
その胸には、黒い翼の紋様が広がっている。アルベール様は胸に手を当てると「これは、ルーゼの力を譲渡された証」と、教えてくださる。
私たちの傍で飛んでいたルーゼが、その翼の中へと入り込んでいくように、黄金色の粒子を残してアルベール様の中へと消えていった。翼の刻印が、一瞬赤く輝いた。
「アル様の、体の中にルーゼが……」
「あぁ。この力は、代々の皇帝に譲渡されていくものだ。リィテが子供を産んでくれたら、その子に」
「……はい。早く、欲しいです。アル様に似て、光のように輝く御子が、きっと生まれるでしょうから」
「君に似て、凛々しく愛らしく、健気で強い子かもしれない」
「はい。アル様……あ、あの、ごめんなさい、じっと、見てしまって……」
私は唐突に恥ずかしくなってしまって、俯いた。
彫刻のように美しくて、胸の翼が輝くのが不思議で、思わずじっと見てしまった。
男性の体は、私のものとは全く違う。
アルベール様の筋肉質で立派な体に見惚れてしまった自分が、はしたなくて恥ずかしい。
顔が真っ赤になっているのが、自分でもよく分かる。
「俺は、見てくれて全く構わない。特に隠すようなところはないしな」
「は、はい。でも、恥ずかしくて」
「……リィテ、いいか? 嫌なら、やめるが」
アルベール様の手の平が、俯く私の頬に触れる。
私はその手に自分の手を重ねると、小さく頷いた。
「恥ずかしい、だけ、ですので……大丈夫です、アル様」
「可愛いな、リィテ。俺の大切な、リィテ。俺の宝物」
アルベール様はどこか歌うようにそう言って、私の服を脱がせる。
どこを見ていていいのか分からずに、私はぎゅっと目を閉じた。
衣擦れの音や、ぱさりと体から落ちるドレスや、アルベール様の硬い指先が肌に触れるのを感じる度に、胸がどきどきどころか、どくどくと、今にも心臓が弾けてしまうのではないかというぐらいに高鳴った。
抱き上げられると、肌が触れ合うのがわかる。
あたたかくて、生きているという、感触がする。
無機物に触れるのとは違う。人の体。あたたかくて、動いていて、生きている。
「……アル様。あの、私、……変じゃ、ないですか?」
「変?」
「あまり、……自分に、自信がないのです。……その、体つき、に」
「美しいよ、リィテ。どんな君でも美しい。君がどんな姿であっても、俺は君に恋をしただろう。……だが、そうだな。今の回答は、よくないな」
ちゃぷんと、お湯の中に体が沈んでいくのがわかる。
薄く目を開くと、広い浴槽の中に、私はアルベール様に抱き上げられながらつかっていた。
体がお湯の中に沈んでいるせいで、少しだけ恥ずかしさからは解放される。
私の背中に、アルベール様の硬い胸板が触れている。
腹の上に、大きな手が触れている。
触れ合う体には、何か、不可思議な感覚がある。アルベール様の体に、私の中にある何かが少しずつ奪われていくような。
触れ合う皮膚から、何かが――少しずつ損なわれていくような。
それが妙に切なくて、そして甘くて、愛しさで胸がいっぱいになる。
「君は美しいよ、リィテ。誰よりも美しい。顔立ちも、体も。全て」
「アル様……ありがとうございます。アル様が、私で満足してくれたら、嬉しいです。けれどもし、足りないときは、他の奥様を娶って頂いても、大丈夫――っ」
褒められて嬉しい。
でも、過去の皇帝は多くの妻を娶る方もいたというから、アルベール様は私に遠慮をして欲しくない。
そう思い、口にすると、唇が強引に重なった。
すぐに唇を割って口腔内に入り込む舌に、舌が絡めとられる。
深い口付けはやや乱暴で、アルベール様の腕に強く抱きしめられると、ちゃぷんとお湯が跳ねた。
濡れた黒髪が、顔に触れる。
触れ合う体が切ないのに、更に深く重なる体と、粘膜に、私の中の何かがアルベール様に奪われて、けれど胸の奥からとろりとした甘い何かが溢れてくるのが分かる。
これが、愛を与えるということなのだろうか。
淫靡で、愛しくて、柔らかくて、優しくて、激しい。
「……っ」
「リィテ。……君に会いたくて、触れたくて、どうにかなってしまいそうだったのに。そんなことを言うのは、ひどいだろう。俺は、君以外、何もいらないのに」
「アル様……」
「本当は、ずっと重ねていたい。何時間でもこうして、触れて、何度も口づけたい。好きなんだ、リィテ。愛している」
「私も、です。……アル様、私だけでも、大丈夫ですか? アル様の飢えは、満たされますか?」
「あぁ。もちろん」
もう一度唇が触れ合う。
深く重なって、離れては、角度を変えてさらに重なる。
まるで、あたたかいお湯の中で溶け合っていくみたいだった。
私は目を閉じると、アルベール様の温度に身を任せた。
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