王の帰還
ずっと、落ち着かない気持ちのまま数日を過ごしていた。
アルベール様は大丈夫だろうか。
お怪我をなさっていないだろうか。
ご無事に、帰ってきてくださるだろうか。
そればかりを考えてしまう。
戦う力のない私は、信じて待つことしかできない。それは、わかっているけれど。
嵐の近づく曇り空を見上げている時のような、不安な気持ちが常に付き纏っていた。
エルデハイムの王都を制圧したという報告がもたらされたのは昨日のこと。
ラウル様もお父様も、討死にしたとのことだった。
悲しくはなかった。むしろ、ほっとしていた。
アルベール様がご無事であれば、それでいい。
けれど、本当に戦争は終わったのだろうか。アルベール様の御身は無事なのだろうか。
そればかりを考えて、どうか早くお帰りになりますようにと、祈る日々だ。
「リリステラ様、アルベール様がお帰りになられたそうですよ!」
後宮にある礼拝堂で、聖像として祀られているルーゼ様の石像に朝のお祈りを捧げていると、レベッカさんが慌てた様子で私を呼んだ。
「アル様が……!?」
私は慌てて膝をついていた姿勢から立ち上がる。
礼拝堂の入り口で私を呼んでいるレベッカさんの元に駆け寄る。
やや暗い礼拝堂の外に降り注ぐ明るい日差しが眩しくて、私は目を細めた。
青い空と白い雲、そして眩い光の中にふわりと浮かんでいるルーゼの姿がある。
ルーゼが地面に降り立つと、アルベール様がその背から軽々と降りてくる。
神々しく、精悍で、美しい。
数日前に別れた時と同じ──いえ、それよりもずっと、逞しくて、自信に満ちた輝かしい姿だ。
「リィテ!」
私はアルベール様の腕の中に、思い切り飛びついた。
アルベール様は私を抱き止めて、離さないというぐらいに強く抱きしめる。
「リィテ、変わりはないか? 怪我は? 俺が不在の間に、何か怖いことや、嫌なことは起こっていないか?」
髪に顔を埋めて、背中と腰をきつく引き寄せながら、アルベール様は私に尋ねる。
私は何度も頷いた。
会いたかった。ご無事で、嬉しい。
「アル様、私は大丈夫です。私よりも、アル様は……!」
「怪我もなく、無事だ。だが、リィテが、足りなかった。ずっと、君に会いたかった」
「私もです、アル様。皆さんは、ご無事ですか? フェデルタの兵の方々や、幻獣様たちは」
「戦も終わり、幻獣は帰らせた。エルデハイムにはルーゼの加護が戻り、あの地はフェデルタの物となったが、事後処理は俺の腹心たちと、それからフェデルタに降ったエルデハイムの者たちに任せてある」
「アル様は、帰ってきて大丈夫だったのでしょうか」
アルベール様がいらっしゃらないと、制圧後のエルデハイムは困るのではないかしら。
私が心配すると、アルベール様は戯れつくように、私の首へと頬を寄せる。
「フェデルタはエルデハイムを属国として、粗雑に扱いたい訳ではなく、王族は消えてエルデハイムという国はなくなった。我が国として、これからは扱う。だから、あちらの貴族と、こちらの官司たちが揉め事を起こさなければ、大きな問題にはならない」
そう、真剣な声で説明した後、アルベール様は甘えたような口調で言った。
「リィテは、俺に会いたくなかった?」
「そんなわけがないです。ずっと心配していました。アル様のいないベッドは、広くて、寂しかった。……あなたがいなくなってしまったらと考えると、怖くて、震えそうになりました」
「あぁ、リィテ。笑顔で俺を送り出してくれた君の気丈さに、感謝を。寂しいと口にしてくれて、嬉しい」
アルベール様は私を抱き上げると、微笑んだ。
「ルーゼの力を使った。今の俺はリィテと触れ合いたくて仕方ない。だから、まずは湯浴みをしよう」
「え……」
「行軍中は、湯浴みどころではないからな。汚れを落としながら、君と話がしたい。君に触れたい。いいか?」
「は、はい……!」
私を抱き上げて、後宮の宮殿の中に戻っていくアルベール様の後を、レベッカさんが嬉しそうに笑みを浮かべながらついてくる。
ルーゼも小さな姿に戻ると、私たちのそばをパタパタ飛んで後に従った。
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