裁きの時
王都の城壁の前には、兵士たちが幾重にも重なるもう一つの城壁のように立ち並んでいる。
王家への忠誠心か、フェデルタに支配されることへの怒りか。
その両方なのかは分からない。
居並ぶ幻獣たちやフェデルタの兵、そして帰順したエルデハイムの兵たちを前にして、先鋒を任されている歩兵たちは明らかに青ざめて震えていた。
人の営みなどまるで興味がないように、空は晴れ渡り、明るい陽光が世界を照らしている。
リリステラと庭園を散歩したり、外に出かけたりしたら、今日のような晴れた日は楽しいだろうなと思う。
よく晴れた青空と風に揺れる草花を、冒涜し踏み荒らすようにして、兵たちを率いている片腕の男――ジョシュアが、俺を睨みつけている。
その隣には、ラウルと――それから、恐らくはルーファン公爵の姿。
王都には多くの人々が暮らしているだろうに、しんと静まり返っている。
「来たか、アル! 貴様、よくも俺の手を……! 許さん、絶対に許さん、貴様の手も足もその胴体から切り離し、殺してやる」
片腕で騎乗していては、余程の手練れでもない限り、剣は持てない。
ただの虚勢か、それとも精神に不調でもきたしているのか、怒りに満ちた顔でジョシュアは怒鳴った。
「両手と両足を切り離し、貴様は生かしておいてやろう、アルベール。貴様の前で、リリステラを抱いてやる。さぞ見ものだろうな。私を裏切ったリリステラと私を騙した貴様が、泣きながら私に許しを請う姿は」
「ラウル。……リィテの名を呼ぶな。不快だ」
全身がひりつくほどに、不快感が体に走る。
ここに来るまでに、ルーゼの力をかなり使っている。
ただでさえリリステラの愛に飢えているのに――ラウルがその名を呼ぶと、怒りで腸が煮え滾る。
隣にいるジオニスが小さな声で「冷静に、アルベール様」と囁いた。
分かっている。
激しい憤りは感じるが――冷静さを失い、判断力を鈍らせることはしない。
万が一俺が怒りに身を任せて正気を失えば、ルーゼの力は暴走し、幻獣たちと共に目の前の兵士たちを全て、ただの肉塊に変えるだろう。
それは、違う。逃げる間も、降伏する間もないほどに、人を殺すような戦をしたいわけではない。
「フェデルタの王になろうお方が、我が娘愛しさに一国を滅ぼすとは。愛に狂った男に従うフェデルタの兵士たちも可哀想に。大義のない一方的な侵略だ。我が国の兵たちよ。フェデルタの王の従える化け物たちが恐ろしく、そちらについたのだろう。今ならまだ間に合う、エルデハイムを守るのが、お前たちの役割ではないのか?」
ルーファン公爵が、朗々と響く声で言った。
自分の犯した罪など忘れたかのように、一方的に俺を責めることができる。
罪悪感のない男なのだろう。自分が正義だと騙ることができる。嘘を嘘とも思っていない。
長らく虐待してきたリリステラを、当然のように自分の娘だと言うことができるのだから。
「話は終わりか? ラウル、貴様は父を殺し、民を守らず、何を求める?」
「貴様の死だ。私は何も悪くない。貴様が、貴様たちが私を騙すから、父を殺す羽目になった……! 全て貴様が悪いのだ、アルベール!」
「まるで子供だな」
「うるさい、黙れ! リリステラを抱いたのか? あれは私のものだ! ミリアさえいなければ、そして貴様さえいなければ、今頃私が、リリステラを……! 貴様を殺し、フェデルタを我が物にしてやる。その化け物たちも手に入れ、私が神となるのだ!」
「もういい。ラウル。終わりだ」
ひとかけらの良心が残っていたらと――。
だが、それも無駄だ。はじめから、話し合いなどする必要はなかった。
「皆、手を出すな。フェデルタの王として、ルーゼに選ばれた者の力を見せるときがきた。土地を守護し、民を守るための力だ。ルーゼや幻獣たちを前に、人の力など脆い」
ルーゼが大きく翼を広げる。
その意思に呼応するように、幻獣たちが威嚇するように、体を震わせた。
「戦う気のないものの命は奪わない。それでも俺に歯向かいたいのなら、そこにあるのは死、だけだ」
「臆するな、エルデハイムの兵よ! 殺せ! 殺せ!」
ジョシュアの声に、兵たちが雄たけびを上げながらこちらに向かってくる。
兵たちの奥に、ラウルの姿が隠れる。
残念だが――人の壁に隠れたとしても、それはなんの盾にもならない。
「炎よ」
言葉と共にルーゼの足元から、大地を舐めるようにして紅蓮の炎が立ち上る。
兵たちの体は一瞬にして火柱へと変わった。
人の肉の焼ける嫌な匂いが漂い、苦痛に満ちた叫び声が響いたのは一瞬のことで、あとは人の形をした灰が、焼けた大地へと残った。
炎の先に、驚愕に目を見開いたラウルの姿がある。
それから馬から落ちて、悲鳴を上げる、ジョシュアの姿も。
「一度、お前たちはルーゼの力を見ただろう。その体に、ルーゼの呪いを刻んだだろう。一度目は、見逃した。だが、二度目はない」
「守れ、私を! 何をしている、早く……!」
剣をとって向かってくる心も、折れてしまったのか。
無様にわめくラウルの体が、ルーゼの起こした切り裂く風によって、四方から馬で引かれたようにして切り裂かれてちぎれていく。
ルーファン公爵と、ジョシュアの体は火柱と共に、断末魔の声をあげながら燃え尽きていく。
呆気ない終わりに、将を失った兵士たちが、悲鳴をあげながら逃げていく。
「……この光景を見てしまったら、誰も、フェデルタを相手に、戦など起こそうとは思わないでしょうね」
「どうだろうな。少なくとも、エルデハイムの兵士たちは、もう戦う気はないようだ」
そこに人が存在していたとは思えないほどに無残な亡骸が、大地に転がっている。
恐怖に満ちた叫び声と、それから、興奮に満ちた勝鬨と。
そんな声が響く大地をルーゼの上から見下ろした。いつのまにか俺の傍へとやってきたイグノアが、心の中の澱を吐き出すような深い息をついた。
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