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それぞれの後悔



 国境の街に騎兵たちを残して、共に来たいというイグノアと、国境の街に駐留していたフェデルタの騎士たちとグレイス辺境伯家の手勢を連れて、王都へと進んでいく。

 襲い掛かってくる魔獣たちを幻獣たちが浄化の炎で焼き尽くし、餌の時間だというように食べ、引き裂き、消滅させていく。

 魔獣がいなくなった土地を通り過ぎる度に、ルーゼの加護を戻した。

 加護が戻ったことを示すため、ルーゼによる火分けを行い、転々と炎魔石を残していく。


 炎魔石には強い守護の力が宿っている。

 炎を苦手とする魔獣たちは、ルーゼの生み出す炎魔石の傍には近づけない。


 途中の街に騎士団を残し、新しい兵と入れ替えながら王都に進む。

 イグノアやグレース家の兵たちは、途中で幾度か馬を乗り換えていた。

 己の国の末路を、目に焼き付けたいのだという。

 そしてこの国がどうなるのかも。


 先に指示していたフェデルタの兵たちによる扇動で、民はフェデルタ軍を喜びと共に受け入れた。

 帰順する貴族たちは半分か、それともさらに少ないぐらいかと考えていたが、戦う前より「フェデルタに従います」と、街の門戸を開いている貴族たちの方がずっと多かった。

 イグノアの存在も大きかったのだろう。

 グレース辺境伯家がフェデルタに帰順している姿を確認してから、膝をつく者も多かった。

 あの時、俺が呪いを与えた貴族たちの姿もその中にはあって、「どうか呪いをといてくれ」「四六時中体が痛むのです。毒が回ったように、痛んで痺れて、まともに動かない」と言って許しを請う者たちだけは、呪いを解いた。

 ただし、フェデルタを裏切るようなことをしたら「死よりも残酷な呪いを与える」という条件をつけて。


 王都近郊に辿り着くころには、エルデハイムの兵たちも合わせると出立時より数倍に膨れ上がっていた。


「私は、ずっと後悔していました」


「……後悔」


 ルーゼと幻獣たちだけなら、エルデハイムの王都までは真っ直ぐ飛べば一日もあれば辿り着くことができる。

 しかし、街に立ち寄り、魔獣を討伐し人々を助けながらの行軍では、一日で、ということは不可能だ。

 王都を目前して、日が落ちることを見越して野営の準備を整える。


 炎を焚いて、エルデハイムの貴族の軍が準備をした兵站による、食事の準備をジオニスがしている間、俺の傍に辺境の街からずっと従っているイグノアが口を開いた。


 俺はルーゼの体に寄り掛かるようにして座っていて、俺の周りには幻獣たちが体を休めている。

 イグノアはやや緊張した面持ちで、エゴルにもたれかかるようにしていた。


「ええ。後悔です。……リリステラ嬢に、手を差し伸べなかった己を、事実を調べずに目を背けていた己を、恥じています」


「もう過ぎたことだ。それに、お前がリィテを救っていたら、俺はリィテを手に入れることができなかったかもしれないしな」


「アルベール様は、リリステラ嬢を愛しているのですか?」


「あぁ。俺の唯一の女性だ」


「そうなのですね。リリステラ嬢を貶めたために、エルデハイムに神罰が降ったのですね。私が、リリステラ嬢に手を差し伸べていれば。事実を知り、殿下を諫めていれば、エルデハイムは滅びることはなかったのでしょうか」


「仮定の話など、するだけ無駄だ。リィテは俺が貰った。どのみち、お前が諫めたところでラウルが聞く耳をもっていたかなどわからん。お前は、かつてアルとして学園にいた俺のように、リィテとの不義を疑われ、ラウルからリィテと共に断罪されていたかもしれない」


「……それほどまでに、ラウルは愚かですか」


「あぁ。そうだな。愚かな男でなければ、女を殴ったりはしない。それに――」


 焚火から、肉の焼ける匂いが立ち上る。

 エルデハイムでよく食べられている、猪肉だそうだ。

 ジオニスはそれを串に刺して、薪の周囲で焼いている。ルーゼの炎を使うかと尋ねたが、薪の炎がいいのだという。


「ラウルは、あれほどまでにリィテを嫌っておきながら、道具のように抱こうとした。興奮に、笑みを浮かべながらな。……リィテが、拒絶し逃げ出さなければ、あの時俺はラウルを殺していただろう」


「……そんなことが」


「俺も、後悔をしている。はじめてリィテと出会った時に、連れ去ってしまえばよかったとな。だが、あの時はこれほど深く愛するようになるとは思わなかった。……今、過去に戻れたとしたら、リィテの心があれ以上傷つけられる前に、手を差し伸べていただろう」


 ――リリステラが、俺の手を握り返してくれたかどうかはわからないが。


「だが、過去は変えられない。俺の後悔など、リィテにとって失礼だと思えるほどに、リィテは強い女性だ。リィテの心には深い傷があるだろう。だが、それを表に出さずに気丈に振舞ってくれる。笑顔を浮かべてくれる。俺を愛してくれる。……リィテはずっと、強かった。おそらく、あの学園にいた誰よりもな」


「だから、アルベール様はリリステラ嬢を愛するようになったのですね」


「あぁ。もしリィテが、泣きじゃくり、なにもせずに蹲っているような女性なら、助けたとしても愛することはなかっただろう。……それも、仮定の話だな。俺はリィテを愛している。そして、愚王のせいでエルデハイムは滅ぶ。それだけだ」


「そうですね。……私は、民のために未来を見ましょう。後悔は、私の命が尽きるときまでとっておくことにします」


「その時に、後悔が湧かないような生き方をしろ、イグノア」


「御意に」


 イグノアはそれ以上何も言わなかった。

 ジオニスの串焼きが焼きあがるのを待ちながら、夜空に浮かんだ月を見上げる。

 リリステラに会いたい。

 早く、その体を腕に抱きしめたい。

 ――明日には、全て終わらせよう。



お読みくださりありがとうございました!

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