エルデハイム制圧戦
圧倒的な力を前にすると大抵の場合人は畏怖や恐怖や畏敬の念を抱き、それを『神』や『王』と呼んで恭順を示すものである。
人が一人騎乗できる姿になったルーゼの隣に立つ俺の周囲には、ルーゼの支配下にある幻獣たちがいる。
それは、炎を纏った鳥であり、岩を寄せ集めたような巨獣であり、半透明の肉に包まれた光る骨を持つ空を泳ぐ巨大な魚であり、翼を持つ獅子であり、氷を纏う狐の姿である。
幻獣たちと共に、フェデルタの騎兵の姿がある。
皇都の城門前。広大な平野に居並ぶフェデルタ軍を、皇都の人々が折り重なるようにして並び見送っている。
これほどまで幻獣たちを呼び寄せたことは、父上の代からもずっとないことだった。
それ故に、居並ぶ幻獣たちの荘厳な姿に、皆、熱に浮かされたように歓声をあげている。
護衛兵たちに守られた両親と、弟妹たち。
それから、不安げでありながら気丈にも笑顔を浮かべているリリステラの姿がある。
「アル様……! ルーゼの他に、幻獣たちがこんなにいるのですね……まるで、神の軍勢のようです」
「そうだろう。フェデルタ軍も精強ではあるのだがな。しかし今回は、エルデハイムの民を救うという大義名分のある制圧戦だ。幻獣たちの守護はエルデハイムの民にも与えられることを示し、民たちを安心させなくてはならない」
「ええ。きっと、エルデハイムの人々はアル様のお姿に救いを見るでしょう。私と同じように」
「あぁ。真っ直ぐに王都まで進軍し、王都を陥落させる。そう、長くはかからないだろう。どうかリィテ、安心して待っていてくれ」
「はい。アル様、信じております。どうか、お気をつけて」
「……リィテ。君としばらく会えないことだけが、辛い。どうか、愛の言葉を」
俺よりも頭ひとつ分低い位置から俺を見上げているリリステラの頬に触れる。
滑らかな白い肌は、指先や手のひらに吸い付くようで、空を宝石に閉じ込めたような瞳は、朝露輝く庭園の薔薇のように濡れている。
桜色の唇が薄く開くのを見るたびに、唇を合わせてその呼吸も、声も、全て奪いたくなってしまう。
「アル様。愛しています。あなたと、早く、結ばれたい」
「……リィテ」
心臓が、どくりと脈打つ。
俺は、図書室で出会った時から、リリステラを強い女性だと思っていた。
本当に強い。眩しいぐらいに。
聡明なリリステラのことだ。フェデルタがエルデハイムを支配する意味を理解しているだろう。
それでも、俺の妻になるものとして、泣き言も不安も口にしない。
背筋を伸ばして、微笑む姿が、愛しい。
まさか、早く結ばれたいとまで言ってくれると思わなかった俺は、その言葉の持つ意味に笑みを浮かべると、リリステラの唇に軽く口付けた。
「戦では、ルーゼの力をたくさん使うでしょう。ですからきっと、アル様は、ルーゼと共に愛に飢えますでしょう。私が、たくさん愛して差し上げますから、だから、私の腕の中に、必ず戻ってきてください」
「あぁ、リィテ。愛している、リィテ。すぐに戻る。すぐに、戻らなくてはな」
リリステラのフェデルタ語は、まだ少し辿々しいところがあるが、それ故に、よく通る澄んだ声で紡がれる言葉には不思議なリズムがある。
まるで、勇ましく、凛々しく、慈愛に満ちた女神のようだ。
リリステラが愛を伝えてくれるたび、熱のこもった瞳で見つめられるたび、ルーゼが喜んでいるのが伝わってくる。
ルーゼは愛に飢えた獣だ。
けれど、愛に飢えているのはルーゼだけではない。
俺も、そうだ。
ただ一人に、愛されたい。リリステラに、愛してほしい。その全てが欲しい。
ルーゼの喜びが、他の幻獣たちにも伝わっていく。
リリステラの愛情が、幻獣たちの魔力を増大させていくのがわかる。
「皆、凱旋の後、すぐに我が愛しのリリステラとの婚姻の儀式を行う! 幻獣ルーゼの意思により、エルデハイムから俺が奪ってきた、俺の姫君だ。リリステラの言葉が、愛が、ルーゼや俺に力を与えてくれるのだ! 心からの祝福で、王妃を迎え入れてくれ!」
リリステラの体を抱きしめて、俺は声を張り上げる。
ルディが、フレアが両手をあげてよろこんで、両親とキルシュが拍手で祝福してくれる。
さらに大きく湧き上がる歓声と拍手と共に、俺はエルデハイムへと出立をした。
リリステラは俺の背に向かって「どうかお気をつけて、アル様!」と、何度も無事を祈ってくれていた。
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