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ラウル・エルデハイム



◆◆◆◆



 私は、呪われているのだ。


 ルーファン公爵というのは、公爵という地位にありながら商売に精を出している、いやらしい男である。

 

 ルーファン公爵の血を受け継ぐ奥方が亡くなってから、あの家を支配し、娼婦と結婚をして子供を作った。

 公爵姓を馬鹿にしているとしか思えない男だ。


 けれどそれでも金を持っているというのは強い。

 父の側近たちに金をばら撒き、社交界でも同様に、貴族たちを味方につけた。

 そして父に近づき、娘であるリリステラと私の婚約を了承させた。


 そこまでするのにどれほどの金と、言葉が必要だったのか。人心を操ることに長けている。金の使い方も上手いのだろう。

 権力を求める野心家であることはすぐに知れたが、所詮はただの商売人だ。

 

 公爵の策略で、リリステラと婚約したことは気に入らなかった。公爵の野心もだ。

 だが、王妃の父として権力を与えるつもりはなかった。

 その商売の手腕を利用して、その金だけを王家のためにせいぜい使ってやろうと考えていた。


 リリステラとはじめて会った時、美しいが表情の硬い女だと思った。


 所詮はルーファン公爵の手先である。

 必要以上のことを話さない、どこか暗さのあるリリステラのことは好きになれなかったが、婚約者として、王太子として皆に示しがつくように優しく言葉をかけるようにしていた。


 全て、義務だ。愛があったわけではない。

 だがリリステラは、俺の言葉を信じたようだった。

 安堵したように時々微笑むようになったリリステラを、少しだけ愛らしいと、そして同時に哀れな女だと思うようになった。


 このまま、リリステラと婚姻を結ぶのだろう。

 燃えるような思慕はなかったが、私の甘い言葉を信じて、私からの愛を求めるように潤む瞳や、和らぐ表情が、哀れで、愚かで──見た目は申し分ないリリステラを、手酷く抱いたらどのような表情を浮かべるのだろうと考えていた。

 リリステラの背後にはいつも彼女の父親の顔がちらついている。

 ルーファン公爵について考えるたび、苛立ちが募る。

 苛立ちをぶつけるように酷く抱くのは悪くない。

 そう考え始めた矢先だ。


 ミリアと、出会ったのは。


 今思えば、全てがあの女の策謀だったのだろう。

 言葉巧みに私に近づいて、哀れで不遇で、可憐な女だと演出してみせた。

 私はミリアを、子爵家で酷い扱いを受けている、純粋無垢で愛らしい女だと思い込んだ。

 私が守ってやらなくてはと思った。

 

 この国に頼れる者は私しかいなのだと、潤む瞳が、触れる手のひらが、愛しいと思った。

 ミリアが「リリステラ様に酷いことをされています。でも、私が悪いのです。私が、ラウル様を好きになってしまったから」と言われると、さらに気分がよくなった。


 私の愛を信じた哀れなリリステラが、嫉妬に狂いミリアを虐めている。

 やはりあのいやらしい、ルーファン公爵の娘だ。

 本性を表したのだと。


 リリステラを蔑むと共に、激しい悋気が心地よかった。

 泣きじゃくりながら私に縋るミリアも、硬い表情を浮かべて青ざめるリリステラも。

 

 私へ向けられる感情が、哀れで愚かで、愛らしいと思った。


 リリステラを正義の元に怒鳴りつけ、その頬を張ると、なんともいえない興奮を感じた。

 その硬い表情が歪むのが、簡単に床に倒れるのが、瞳が涙で潤むのが──。

 ジョシュアがリリステラに暴力を振るう姿を見て、この男も同じように興奮しているのだろうと思った。

 もっと、見たいと。


 リリステラは弱い女だ。何もできない。

 弱いミリアを虐めることしかできない弱い女だ。

 最低で愚かで哀れな罪人。

 だから、何をしてもいい。


 そう思っていたのに、リリステラは私ではなくアルという名の、地味な男爵家の次男に懸想して、以前のように遠慮がちな笑顔を浮かべて話をしていた。

 それは、私のものなのに。

 私の玩具であったはずなのに。


 アルが、アルベールだったなど、知らなかった。

 ミリアが娼婦であり、私を騙していたなど、知らなかった。

 リリステラが罪人ではなかったなど、知らなかった。


 私は何も知らなかったのだ。

 私は、騙されただけだ。


 私は──私の人生は、呪われているとしか、思えない。


「……あぁ、クソ……っ」


 あの日からずっと、吐き気がおさまらない。

 アルベールが私や、あの場にいたものたちに呪いをかけた。

 体中に百足が這い回り、そこここを食い散らかされる夢を見て、その後、体を痛みが苛み続けている。

 目を閉じるとあの光景を思い出す。おぞましく、最低な、蟲どもの。


「殿下。私はあなたの味方です。あなたを騙そうとしたミリアと妻は私が殺しました。この国も、私たちも、アルベールの……フェデルタの呪いに苛まれています。アルベールを殺し、リリステラを取り戻しましょう。きっと、全てうまくいきます」


「あぁ、……そうだな、公爵」


「同盟関係を強引に破棄したフェデルタは、殿下の婚約者であるリリステラを奪い去った。十分、侵攻の理由になり得ます。彼の国を滅ぼし、エルデハイムが支配するのです」


「アルベールめ。……必ず、殺してやる」


「ええ、殿下」


「リリステラは私のものだ」


「その通りです、殿下」


 私は剣を握っている。

 私の隣には、ルーファン公爵がいる。

 公爵は、妻とミリアを殺した。娘は利用価値があるために殺さずに、牢に入れた。


 私の足元には血溜まりができている。

 剣から滴る血が、床にポツポツと落ちている。

 

 首を切られた父上が、足元に倒れていた。

 父上が悪いのだ。私を愚かだと怒り、フェデルタに、アルベールに膝をついて許しを請えという。


 そんなことができるわけがない。

 私は何も、悪くないのだから。


お読みくださりありがとうございました!

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