王国の呪い
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リリステラとの婚礼の儀を即位の儀と同時に行うため、即位の儀を早めるようにジオニスに伝えていた。
貴族たちには日程を告げる手紙を送り、全ての準備が整った一週間後に、予定が立てられた。
リリステラの婚礼の衣装を是非見たかったのだが、レベッカたちが「当日までは秘密です」と言われて、まだ見せてもらえていない。
「アルベール様。エルデハイムのことでお話があります」
執務室のソファに足を組んで座る俺の前に、ジオニスが姿勢を正して立っている。
本当はリリステラも共に執務室へと連れてきたかったのだが、「連日連れ回してはリリステラ様がお疲れになってしまいます。リリステラ様の体に合わせて、ドレスを新調したり、装飾品を選んだり。それから、ゆっくりとヒーラーである私が癒したり。ともかく、リリステラ様にも自由な時間が必要なのです」と、レベッカたち侍女から苦情がきたので、仕方なく今日は一人だ。
「あの国がどうした」
リリステラがこちらに来てから数週間。
すっかりあの国のことなど忘れていた俺は、首を傾げる。
同盟の破棄の手紙をあちらの国へと送った。
ラウルの父である国王からは、『あまりに一方的で横暴である。ラウルを傷つけた罪を償え。リリステラを返せ』と言うような内容の手紙が一枚目。二枚目には、殊勝な言葉で『フェデルタがいなければ、エルデハイムは滅んでしまう』というようなことが書かれていた。
「アルベール様は彼の国からルーゼの加護を消したでしょう。守護を失ったエルデハイムは、今や魔獣で溢れています。魔獣で溢れた土地について、エルデハイム王やラウルは、リリステラ様を奪ったアルベール様が全て悪いのだと、フェデルタの呪いだと言っているようですよ」
「実際フェデルタの呪いだ」
「まぁ、そうなのですが」
国には国境というものがあるが、だからと言って大地が切り離されているというわけではない。
海や山で隔たれているというわけではないのだ。
フェデルタ皇家がルーゼの血を受けた時代、大地は幻獣のものだった。
幻獣とは理性的な者もいれば、猛獣と大差のないものもいる。
人々は幻獣に怯えて暮らしていた。そして、幻獣の魔力が大地にこぼれ落ちることで生まれる、理性を持たない完全なる獣である魔獣の脅威にさらされていた。
幻獣の王であるルーゼは、それを憂いた。そしてルーゼの力をフェデルタ王に譲渡して、幻獣たちを御した。
それでも魔獣は生まれてくる。
初代のフェデルタ王は、フェデルタから魔獣が外へと出ないように、フェデルタの地に結界を張った。
幻獣がフェデルタの外に出ないよう。魔獣が他国の地を脅かさないように。
それ以来、フェデルタの神秘の力は、フェデルタだけのものとなっている。
それは神秘であり、同時に脅威だからだ。
だが、同盟関係を絶ったのだから、それも必要なくなった。
結界を失ったのだから、魔獣たちはエルデハイムに現れるようになったのだろう。
我が国の騎士団は魔獣と戦い慣れているが、エルデハイムはきっとそうではないはずだ。
「近く、軍をまとめて侵攻してくるのではないかという情報があります。どうされますか?」
「そんな余力があるかな。先に、あちらの王が滅ぼされるのではないか? 魔獣たちによって」
「アルベール様の命令の通りに、フェデルタ軍にはエルデハイムの民たちを守らせてはいますよ。貴族と王族以外は。希望するものたちは、難民としてこちらの国に連れてきていますが」
「ゆっくりと滅ぼしてもいいが、それも哀れだな。民には罪はない。罪があるのは貴族と王族。リィテに血を見せるのは避けたかったが、もういいだろう。晴々しい婚姻の儀を、邪魔されたくないしな。さっさと終わらせようか、ジオニス」
「兵はいかほど必要ですか?」
「俺一人で十分だが、それではあちらの民たちにも示しがつかないな。エルデハイムの民たちには、十分に我が軍は恩を売っただろう。民を扇動し、愚王を討伐するという声をあげさせよ。神に選ばれしアルベール・フェデルタが皆を救う、と。それは、民を憂いた傷ついた乙女、リリステラの願いであると」
「わかりました」
「数十騎で、出立し、あちらの国においてきた兵たちと合流しながら王都を目指す。魔獣を倒し、再び加護を与えながらな。貴族たちには、服従か死か、選ばせろ。王都に攻め入る頃には、ラウルや国王に天罰を与えよという声が、国中に響き渡っていることだろう」
「リリステラ様には、このことは?」
「魔獣が、あちらの国に溢れて、民が苦しんでいる。助けに行くとだけ、伝える。……リィテには、俺を恐ろしい男だと思われたくない。優しい男だと、思っていてほしい」
「乙女ですか」
「乙女だ。何が悪い」
ジオニスは、「わかりました。でしたら、一週間以内には全て終わらせて、婚礼の儀に間に合うように」と言った。
もとよりそのつもりだ。
リリステラとの婚姻よりも大切なことなど、この世界にありはしないのだから。
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