温もりの中で眠る
レベッカさんを筆頭に、侍女の皆さんたちに就寝の支度をしていただいた。
「昨夜は、突然アルベール様がリリステラ様を連れて帰っていらっしゃったものですから、急ぎ準備をした急ごしらえの部屋でした。ですので、今日一日をかけて、皇帝夫婦のための寝所を整えたのです」
私たちが心穏やかに休むことができるように、と。
レベッカさんはヒーラーである。フェデルタのヒーラーとは、部屋を整え、その手を使って心と体を癒すものなのだという。
最近はリンパマッサージが人気だけれど、時と場合によっては、温めた石を使ったり、オイルを使ったり、クレイと呼ばれる泥をつかったり、様々なことをして体を癒し、体を美しく磨くのだと教えてくれた。
そんなレベッカさんを主として新しく用意して貰った部屋は、寝室にゆったりしたソファや本棚や美しい調度品が並び、天井には愛らしくも美しい翼が生えた動物が描かれている。
香炉からは甘く爽やかな香りが立ち上り、青い炎の宿る繊細なつくりのランプが壁や飾り棚の上へと置かれていた。
花瓶には、百合の花がいけられている。
湯浴みをして寝衣に着替えた私が、レベッカさんに連れられて部屋に入ると、既にアルベール様がソファに座って、グラスに注いだ琥珀色のお酒に口をつけていた。
「それでは、おやすみなさい、リリステラ様。健やかな眠りが、あなたに訪れますように」
レベッカさんはおまじないのように、そう言って私の額に軽く手で触れた。
それから深々と礼をして、部屋から下がっていく。
アルベール様は立ち上がると、大股で私に近づいてきて、私を軽々と抱き上げた。
「待っていた、リィテ。ドレス姿の君は美しかったが、寝衣もいい。可愛いな」
「アル様も、素敵です。その髪、……男らしくて、素敵です」
僅かに濡れた髪を、アルベール様は全て後ろに流している。
形のよい額に、一房前髪が落ちている。首元のあいた寝衣と相俟って、艶やかな姿だ。
太い首に、しっかりとした鎖骨が見える。胸の筋肉の隆起から、私はそっと視線を外した。
男性の体だ。アル様は男性だと理解しているけれど、なんだか見てはいけないものを見てしまったような気がして、どきどきしてしまう。
夕食の時までは一緒にいたルーゼは、いつの間にか姿を消していた。
アルベール様の体の中に普段はいるというのだから、きっと体に戻ったのだろう。
「アル様は、お酒を飲まれるのですね」
「あぁ。フェデルタでは十五から、飲むことが許されている。君も飲むか、リィテ?」
「いえ、私は」
「エルデハイムは駄目だったか?」
「エルデハイムも同じです。けれど、私は飲んだことがありません。パーティではお酒が振る舞われますが、男性から勧められたときだけ、食事やお酒を頂きますけれど、ラウル様は酒を飲む女性を好まれませんでしたから」
「リィテ。君の口からその名前を聞くと、嫉妬でおかしくなりそうになる。俺の名前を呼んで」
「アル様、すみません、私……」
「謝る必要はない。だが、俺が好きだと、言って。聞きたい」
「アル様……好きです、アル様」
アルベール様は抱き上げた私を、ベッドに降ろした。
そのまま私に覆い被さるようにして唇を合わせる。啄むような口づけを幾度かされる。
深い森の奥のような木の香りが鼻に抜ける。唇が熱くなり、舌を絡められると、粘膜が痺れるような感覚がした。
「アル様……」
「俺も好きだよ、リィテ。いつか、酔った君も見てみたいな。……今日から一緒に眠るわけだが、婚礼の儀式が終わるまでは、これで我慢する」
「……ん、……っ……はい」
「リィテ、今日は疲れただろう。ゆっくり休もう」
我慢というには激しく深く、長いキスが終わって、私の体からはすっかり力が抜けてしまっていた。
アルベール様は私の体を丁寧にベッドに寝かせてくださると、手を握った。
息を乱しながらくたりと横たわる私を、熱心にアルベール様が見つめている。
恥ずかしくて、目を伏せる。
触れられることにはまだ、慣れない。けれど、手のひらに伝わってくる温もりは、とても安心できるものだった。
「リィテ、お休み」
「はい、アル様。……アル様も、よい夢を。あなたに出会えた幸福に、感謝を。大好きです、アル様」
「リィテ……可愛い。……辛い」
「アル様?」
「なんでもない。お休み、リィテ。愛している」
額に唇が落ちる。柔らかく、愛に満ちた仕草だ。
昔お母様も、ベッドに入る私にそうして、キスをしてくれた。「リィテ、お休み。怖い夢をみないように。明日も楽しい一日でありますように」と、言って。
私は、髪を撫でる大きな手のひらの感触に身を任せながら、深い眠りに落ちていった。
朝が来るのが嫌で、夜が終わらなければいいといつも願っていた。
寝付きはわるく、朝方うつらうつらすることがやっとできる程度だった。
けれど、今は違う。
明日の朝も、アルベール様が私のそばにいてくれるのだと思うと、朝が来るのは怖くない。
いつも――悪夢を見るけれど。
怖い夢はもう見ない。
そんな風に、思うことができた。
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