ルーゼの魔力と、飢え
お義父様とお義母様、ご弟妹様方に呼ばれて、共に夕食をとった。
アルベール様は居心地が悪いというようなことを言っていたけれど、夕食の席ではそんなこともなく、私に色々と話しかけてくれるキルシュやルディ、フレアの言葉をにこやかに聞いていた。
「兄上は、僕たちにずっと優しいんです」
「自慢のお兄様なのです。結婚をしないというところだけが、問題でしたが」
「今までもたくさんの、花嫁候補の方がいたのですよ」
フェデルタは、海に面している国だ。
フェデルタ王宮の城下町である、王都クラウシュゲルドは港を有していて、お料理も魚料理が多いのだという。
殻付きエビのグリルの殻を、私の隣に座っているアルベール様が丁寧に剥いてくれる。
丁寧に皮を剥いたエビをナイフで小さく切って、私の口に運んでくれている。
ご家族の方々の前で食べさせて頂くというのはすごく恥ずかしいのだけれど、拒否することもできずに大人しく口を開いていた。
「フェデルタの皇帝は、ルーゼの主だ。ルーゼの魔力で他の幻獣たちを鎮め、従え、魔力でもって国を守る者。火分けをし、水配を行い、魔獣を打ち倒す者。この国で唯一幻獣の力を使役できる者だ」
ベルクントお父様が、静かな声で言う。
「火分けや、水配を行ったあとや、魔獣を打ち倒したあとなどは、激しい飢えが体にもたらされる。所謂、魔力消失の状態だな」
「魔力消失?」
「あぁ。ルーゼの力は無尽蔵ではあるが、それを人の身に宿しているのだから、どうしても無理が生じる。運動をしたあと腹が減るのと同じように、ルーゼの力を使えば魔力が減り、飢えるのだ」
「そうなのですね。私、知りませんでした。……ベルクントお父様、アル様はエルデハイムで私を救ってくださいました。その時に、たくさんの力を、使ってくださって」
「あぁ、あれぐらいはたいしたことがない。気にする必要はない」
アルベール様は何かを誤魔化すように、私の口にぐいぐいエビを入れてくる。
会話を続けたかったのだけれど、私はやや困りながらエビを口に入れて、咀嚼した。
エビが少々大きかったので、口がいっぱいになってしまう。
もごもごするのが恥ずかしくて、私は口元を押さえた。
「飢えというのは、ある程度は制御できるのだ。だが、魔力を回復するため、皇帝が妻を娶るのはとても大切なことでな」
ベルクントお父様はそこまで言うと少し考えて「だから、リリステラがアルベールの妻になってくれて、安心している」と続けた。
「私がソフィアを娶ったことで、アルベールは十歳にして無理矢理、一人きりで大人になってしまった。寂しいとも言わず、私を憎むこともなく、誰にでも優しい優秀な皇太子だった」
「……ごめんなさい、アルベール。あなたの母に、私はなれなかった」
「そんなことはありませんよ、母上」
悲しげに目を伏せるソフィア様に、アルベール様は優しく言う。
私はアルベール様の顔を、まじまじと見つめた。
ソフィア様はとてもお若い。十年前ともなれば、私と同じ年ぐらいだったのではないだろうか。
そんな若い女性を、母親と思えないのは無理はない。
十歳の少年にとって、十八歳かその程度の女性は、母親というよりは姉か――女性、だろう。
「キルシュたちにとっても優しく、いい兄だ。そんなアルベールの唯一の我が儘が、好きな女性と結婚をしたい。それだけだった。好きな女性が一人もいなければ、結婚などしないと言ってな。ルーゼの力は、フェデルタの血を継いでいる者なら、誰でも受け継げる。だから、自分が老いれば、キルシュに渡すと」
「それは、困ります。皇帝になるのは長兄と、決まっています。その掟を破れば、争いが起りますから」
キルシュは少し怒ったようにそう言った。
「父上、いいでしょう、その話は。もう俺は、リィテを手に入れたのだから」
アルベール様が私の口に、白身魚のムニエルを小さく切ったものをぐいぐい押し込みながら言った。
「あぁ。だから、リリステラが来てくれて、嬉しいという話だ。……リリステラ。我が国は君を歓迎している。おおよそのことは、ジオニスから報告を受けている。辛い思いを沢山しただろうが、もう大丈夫だ」
「……ありがとうございます、お義父様」
私はなんとか口の中のものを咀嚼して飲み込むと、ベルクントお父様に微笑む。
「美しい女性に、父と呼ばれるのは嬉しいものだな。もっと呼んでくれるか?」
「父上。たとえ父上でも、リィテに必要以上に構うのはいけません。リィテは、俺のものですから」
「少しぐらいはいいだろう?」
「許可できかねます。本当は食事も、二人きりがよかったのですよ」
「まぁ、そう言うな。アルベール、たまには賑やかな食事も悪くないだろう。時々は、皆で夕食をとろう。リリステラ、いいだろう? キルシュたちも喜ぶ」
「はい。……私、食事の時間が、楽しいのは、はじめてです。エルデハイムでは、食事の時間は……あまり、いいものではありませんでしたから」
「リィテ……分かった。リィテが楽しいのなら、週に一度ぐらいは皆で食事をしよう。週に一度だ。それ以外は、俺と二人がいい。構わないか?」
「はい。アル様と二人も、嬉しいです」
アルベール様はそれはそれは嬉しそうに、笑みを浮かべた。
ルディとフレアが顔を見合わせながら「お兄様、幸せそうね」「そうですね、お姉様」と頷き合っていた。
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