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冤罪の果て



 凶報は――私がラウル様に襲われかけた数日後に齎された。

 私はずっと学園を休んでいて、部屋から出ることはなかった。

 侍女は何か言いたげな顔をしていたけれど、口を出すことは許可しなかった。

 私はお父様への報告を恐れて、侍女の前でも物分かりのいい公爵令嬢を装っていたけれど、こんな状況になってしまっては、その必要性も感じなかった。


「リリステラ・ルーファン! 出てこい! 貴様の罪を皆の前で明らかにする時が来た!」


 扉の外から怒鳴り声が聞こえる。ジョシュア様の声だ。

 あぁ、やっぱり。

 おおよその予測はできていた。落ち着いて考えればすぐにわかる。

 私に起こった凶事は、今までも全てミリアさんに降りかかったことだとされてきた。

 だから――。

 覚悟は、すでにできている。

 侍女に命じて、綺麗に髪を結って貰った。

 乱暴に扉が叩かれている間、真っ青になっている侍女に品のよい華やかな服を着せてもらう。

 

 きっとこれは私の最後の、晴れ舞台だろうから。


「出てこい、リリステラ! 扉を蹴破るぞ!」


「……大声で叫ばずとも、聞こえております」


 扉を開き、静かにジョシュア様を見上げる。

 本当は怖い。どこかに逃げたい。私のことを誰も知らない場所へと、消えてしまいたい。

 でも――私は大丈夫だ。

 髪飾りがなくとも、お母様は私を見ていてくださる。

 私の心の中にある大切な物は、誰にも穢すことはできない。

 お母様は私を宝物だと言ってくださった。

 アル様は、私を信じてくださった。

 私には、それだけで十分だ。


「なんだその態度は! どこまでも嫌味な女だな、貴様は」


「少し黙ってくださらないかしら。耳が痛くて、頭痛がしますわ」


「黙るのは貴様だ。来るんだ、リリステラ!」


 恐怖を心の中に押し込めて、私はできるかぎり優雅に微笑んだ。

 私は、リリステラ・ルーファン。

 公爵家の娘として、無様な姿は見せられない。 


 ジョシュア様とラウル様の取り巻きの貴族たちが、私の両腕を掴んで、罪人のような扱いで私を学園の大ホールへと連れて行った。


 既にそこには生徒たちも教師たちも集まっている。

 帯剣した兵士たちの姿もある。

 凶悪な罪人を捕縛するような仰々しさだったが、相手は私一人。

 子供のごっこ遊びのような滑稽さがある。


 ジョシュア様が私を床に打ち捨てるようにして押し倒し、床に膝をついた私の背にご自分の足を乗せた。

 ざり、と、背中に靴底があたり、踏み躙られる。

 生徒たちのざわめきが大ホールには満ちている。

 蔑みと少しの哀れみ、それから怒りと憎しみ。そんな感情が綯交ぜになった沢山の瞳が、私の姿を映している。

 突き刺すような視線に負けないよう、私は顔をあげて、口元に笑みを浮かべる。


 私の正面に立ち、見据えるラウル様と怯えた演技をしているミリアさんから視線をそらさないように、真っ直ぐに見つめた。


「リリステラ! 貴様はミリアを虐めるだけでは飽き足らず、嫉妬に狂い、とうとう破落戸たちを雇い、ミリアを襲わせたそうだな!」


「なんのことでしょうか。私は、存じ上げませんわ」


 私ははっきりとそう口にした。

 何を言っても私の言葉は偽りに聞こえるだろう。

 私の態度と言葉は、悪事を働いても反省も後悔もしていない罪人そのもの。

 そう、見えるだろう。


 だとしても私は、最後ぐらいは凛としていたい。

 リリステラ・ルーファンは誰にも貶められることなく、人生を全うしたのだと――お母様に誇れるように。


「嘘をつくな! ジョシュアが助けなければ、ミリアは男たちに辱められ、そして殺されていたかもしれないのだぞ。そこまでミリアが憎いのか。悪魔のような女め」


「私の言葉は、もう誰にも届かないのでしょう。無実を訴えても、誰もそれを信じないのでしょう。けれど私は、亡くなったお母様に誓って、何もしておりません。私を貶めていたのは、今ここにいる皆様方」


「黙れ、リリステラ! 貴様を投獄し――処刑を行う。貴様は悪女として王国史に名を遺すだろう!」


「ラウル様、処刑なんて……っ、リリステラ様が、お可哀想です。私は無事です、だからどうか、許してさしあげて……」


 ミリア様が泣きながら、ラウル様に訴える。


「それはできない。ミリア、この女がいなくなれば、君が悪夢を見ることはなくなり、怯えて過ごすこともなくなるだろう。大丈夫だ、君のことは私が守る」


「ラウル様……」


「リリステラ。牢獄で、せいぜいミリアが味わった恐怖と痛みを思い知るがいい」


 あぁ――なんて、酷い茶番なのだろう。

 私は投獄されて――貶められて、そして、処刑をされる。

 私が路地裏で襲われたことを、恐らくミリアさんは知っている。何がどうなっているのかなんてわからないけれど、あれはミリアさんの差し金だったのだろう。


 そしてラウル様は――私がラウル様を拒絶したことに、憎悪に近い感情を抱いている。

 誰かに拒絶されたことなどなかったのだろう。

 だから、必死になって私に復讐しようとしているように見える。


 怖い。

(でも、何を怖がる必要があるのかしら?)


 逃げたい。

(逃げられる。もう、終わりだ。私は、華々しく散ろう)


「お話は、もう終わりでしょうか。私を貶めた、お集まりの皆様と――それから、私を無理やり犯そうとしたラウル様。そして、とても演技のお上手なミリアさん。ミリアさんの犬である、ジョシュア様。私を殺す、あなたたちに、祝福を」


 私は微笑みながらそう言って、服の中に隠していたナイフを取り出した。 

 ナイフに気づいたのだろう、私の背中から足を退かして、私からナイフを取り上げようとするジョシュア様よりも先に、その切っ先を自分の喉に押し当てる。

 ぷつりと、切っ先が喉に食い込んで、とろりとした赤い血が流れ落ちた。


「祝福という名の、呪いを。希代の悪女であるこのリリステラ・ルーファンを貶めた罪で、苦しみ続けなさい。私の血は大地を穢し、あなたたちを未来永劫、呪い続けるでしょう」


 私は、お母様の元へ行く。

 私を貶めることは、誰にもできない。


 私は――ナイフを私の喉へと押し込んだ。


 押し込もうとした。


 その時だった。


 嵐のような激しい風が大ホールに吹きすさび、私の手からナイフを攫って、遠くに弾き飛ばした。


お読みくださりありがとうございました!

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