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ラウル様の乱心



 アル様と私のいる場所まで足音を響かせながらやってきたラウル様は、憎しみにぎらついた瞳で私を睨みつけた。


「これはどういうことだ。何故お前は、こんな男と共にいる?」


「それは……」


「逢引か? 私の婚約者でありながら、身分の低いこんな男と?」


「違います、アル様は関係ありません……!」


「アル様、だと。名前で呼ぶような仲なのだな」


 ラウル様は私の腕を掴んだ。

 強引に私をソファから立たせるラウル様の手を、アル様が握りしめる。


「殿下。失礼ながら、女性に対してそのような暴力を行うのはいかがなものかと」


「無礼だぞ。私は貴様に発言を許可した覚えはない!」


 ラウル様はアル様の腕を捻り上げると、書架へと思い切り突き飛ばした。

 アル様は背中から書架にぶつかる。衝撃で、アル様の上にばさばさと本が落ちてきて、アル様は床にずるりと座り込んだ。


「アル様……! ラウル様、お願いです。アル様は関係ありません、どうか酷いことをなさらないで……!」


「来い、リリステラ」


 ラウル様は短く言うと、私の腕を千切れるぐらいに強い力で引っ張って図書室を出る。

 廊下をしばらく進んでいくつかの角を曲がった先にある、空き教室の一室に私を押し込んだ。

 ピシャリと、扉が閉められる。

 ラウル様が、私にゆっくりと近づいてくる。

 不機嫌そうに眉は寄せられて、口元には笑みが浮かんでいる。

 今にも私を食い殺そうとしている、捕食者の笑みだ。

 ――怖い。


 私は一歩後ろに下がった。

 ガツンと、腰に何かがあたる。並んでいた机の端にぶつかってしまったみたいだ。


「リリステラ。お前は、私の婚約者だ。お前がどんなに愚かで最低な女であれ、それは変わらない」


「……っ」


「お前は、見栄えだけはいい。性格は最悪だが、その顔も、体つきも悪くない。ミリアを妃とし、お前は妾として傍においてやってもいいと思っていた。子を作ろうとは思わんが、欲のはけ口としては利用できる」


 ラウル様が私のすぐ目の前にいる。

 呼吸音が聞こえるぐらいに、すぐそばに。

 お父様は、私にラウル様を篭絡しろと命じた。

 ――私が望んでいた展開に、なっている。

 けれど、怖い。気持ち悪い。嫌だ。

 ぞわぞわとした悪寒が全身を震え上がらせる。


「だがお前は、あのような身分の低い男に、色目を使い体を開いたのか。私のものでありながら。これほどの屈辱はない。リリステラ、あの男はよかったか? そのようなドレスを着て、お前は男に色目を使い、誰にでも体を開くのか?」


「……ちがいます……っ」


 小さな声で否定したけれど、青ざめた顔と震える体を見てしまえば、きっと嘘にしか聞こえないだろう。

 ラウル様は私を机に叩きつけるようにして押し倒した。

 手首を握られ、無理やり足を抱え込まれる。

 抱えられた足の間に、ラウル様の体がある。あぁ、気持ち悪い。気持ち悪い。

 怖い、嫌だ。怖い――嫌いだ。

 こんな人――大嫌い。

 でも、私は。

 私の役割は……。


「いいか、リリステラ。お前は私の物だ。お前の全ては私の物。私の道具。そのようなドレスで、私を誘いたかったのだろう? 喜べ、誘いに乗ってやる」


「っ、ぁ……」


 潰れるぐらいに強く、胸が掴まれる。

 アル様にかけて頂いたマントは、ここに来るまでに落としてしまった。

 未だワインの雫に濡れたドレスの生地ごと胸を痛いぐらいに強く掴まれて、私は喉の奥で悲鳴をかみ殺した。


「婚姻前に、ミリアを穢すわけにはいかない。お前ならば、問題ない。汚らわしい女だが、情けをかけてやろう。私の欲のはけ口になれるのだから、犬のように尻尾を振って喜ぶがいい」


「……っ」


 いやだ。

 いやだ、いやだ。いやだ、いやだ。

 嫌……嫌だ……!

 路地裏で男たちに犯されることと、ラウル様にここで犯されることと、何の違いがあるのだろう。

 私はいつも、逃げていた。

 怖がり、諦め、怯えて、何もせず、ただただ、逃げ続けていた。

 巻き込んではいけないと自分に言い聞かせていたのに、結局アル様まで巻き込んでしまった。


 ――全ては、私が弱いからだ。

 こんな弱い私なんて、いらない。

 この世界に、私の居場所なんてない。ただ待っていても、私は――救われたりはしない。

 だからせめて、魂だけは穢されたくない。誰にも私を渡さずに、清い体のまま、お母様の元へいきたい。


「嫌! やめて……! 離して…!」


 ラウル様は油断していたのだろう。

 私が抵抗するなんて考えていなかったのだろうと思う。

 暴れる私の足が、ラウル様の下腹部を蹴り飛ばした。

 腹を押さえてうずくまるラウル様の横を、私は逃げた。

 スカートをたくし上げて、追いつかれないように早く。寮の自室に駆け込むと、内側から鍵をかける。

 そして私は、ベッドの上でうずくまって、大きな声をあげて泣いた。


 侍女からお父様に報告がいくだろう。

 ラウル様は、今頃激しくお怒りになっているだろう。

 お父様もきっと、お怒りになる。

 でも、全てどうでもよかった。


 私は――もう、ここにはいない。

 私の心はもう、ここにない。


 アル様と最後に、穏やかな時間を過ごせてよかった。

 どうかアル様が罪に問われないようにと、それだけを祈った。



お読みくださりありがとうございました!

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公爵令嬢を側室にして子爵令嬢を正室にするの現王は把握してんのかねえ
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