手間暇かけておせち料理を作るのは伝統に反する——伝統の『魂』をアップデートするということ
さて正月気分も抜けきった昨今、皆さんおせち料理食べましたか? 重箱に豪勢な具材が詰め込まれたアレです。
自分は食べませんでした。
以前のエッセイに書きましたが、自分は和装をするくらいには日本の伝統というものに興味があります。そんな奴がおせちを喰わねえとはなにごとだ、と思う方もいるかもしれません。
ですがちょっと待ってほしい。
実は、現代の『重箱に縁起のいい食品を詰めたおせち料理』って日本の伝統じゃないんですよ。
なので自分は自分なりに『真の伝統』を鑑み、おせち料理の【魂】を受け継いだものを食べました。
正月早々から食べるべきおせち料理が日本の伝統ではないとはどういうことか——と疑問に思うかも知れませんが、手短に書いていこうと思います。
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おせち料理の原型は中国からやって来ました。
中国には、季節の区切りを祝うという風習がありました。つまり正月だけではなく年数回あったわけです。
さて、季節の区切りといえばお正月。中国の年末年始はなにをしていたのか?
まず年末の年越し。
子供にとって、大晦日だけは寝なくて良い日です。読者諸氏におかれましては、かつての少年少女時代、テンション高く夜更かししたのを覚えているのではないでしょうか。
この『大晦日は寝なくていい』というか『眠ってはいけない』というのは中国の風習に端を発するものです。
中国の道教的には、人間の身体の中には『三尸虫』というモンスターが潜んでいます。この三尸虫、普段はずっと人間の体内からその人の動向をチェックしています。そして60日に1回——庚申の日だけ体外に出て、その人の悪行を閻魔大王へ報告しに行くのです。
しかし、三尸虫には『人間が眠っている間しか体外に出られない』という習性があります。
なので己の悪行を報告されたくない中国庶民たちは、それを防ぐために庚申の日は夜通し起きていることにしたのです。身体の中から変な虫が飛び出てこないか家族や知り合い同士でお互いを見張っているわけですね。
そして夜が明けたら『やれやれ今回も悪行が閻魔大王にバレずに済んだぜ』と爽やかな気分で朝日を拝むのです。伝統って素晴らしいですね。
この中国伝統の『庚申信仰』と日本伝統の太陽信仰が合わさったのが、大晦日の夜更かし〜初日の出のコンボというわけです。60日に1回が、年1回に省略されてしまったのです。
ここまで、おせち料理なんて全く関係ありません。
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ではおせち料理の元ネタはどこにあるのか?
それは清明節というイベントです。
清明節とは春を祝い、先祖を弔うお祭りです。日本では馴染みの薄いお祭りなのであまりピンとは来ないかもしれませんが。
春のお祝いや先祖を祀るなら日本にも花見やらお盆やらがありますが、清明節ならではの特徴があります。
それは、火を使ってはいけないという風習。
冷たい料理を嫌う中国人も、この清明節の日だけは火を使わずに冷たい料理を食べるのです。
なので当然、前の日から保存食を作り溜めておかねばなりません。保存料の無い時代は食品が非常に傷みやすい。なので保存料代わりに砂糖や塩をドカドカ入れた料理を箱にドカ盛りして、火を使えない清明節を乗り切ったわけです。
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さて、ここまで書けばもうおわかりでしょうか。
現代日本は新暦を採用しているので、お正月のことを『立春』『迎春』などと呼んだりします。まだ冬真っ盛りなのに、春を祝うのです。
日本には古来、季節の変わり目を祝う『節会』というものがありました。これは宮廷イベントなので作るのは単なる『豪勢な料理』であり、現代のおせち料理とはそこまで関連性はありません(起源ではあるといわれています)。
ひな祭りや端午の節句も節会のひとつです。ですが3月3日はひなあられで、5月5日は粽ですよね? おせち料理なんて食べませんよね? だってそれらの祝祭日は保存食とは何の関係もないんですから。
季“節”の変わり目を祝う正月、皇族や貴族と違って庶民は非常に忙しい。使用人など雇えない身分であり、お正月は徹夜明けからの挨拶回りコンボですからね。なので料理なんていちいち作るヒマもなく、大晦日のうちに保存食を大量に作り溜めておくのです。
清明“節”(春のお祭り)には火を使わず冷たい料理を食べるという風習が、春ではないが春扱いである正月の料理に(意味合いがスライドして)受け継がれた。
こうして成立したのが、日本の『お“節”料理』というわけです。
なので由緒正しきおせちとは、手間暇かけて作られた豪勢な料理ではありません。だって本来ただの保存食なんですから。
火を使わず、電子レンジに放り込めばすぐ食べられる——インスタントやレトルト、冷凍食品こそがおせち料理のマインドを受け継ぐものなのです。
なので自分は『真に伝統の魂を受け継いだ』おせち料理としてインスタントな冷凍食品を食べて、寝正月を満喫したという次第です。
真に伝統を尊ぶのなら、重箱入りのおせち料理ではなく冷凍食品やカップ麺を食べるべきなのです。
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昆布が『よろこぶ』に通じるから縁起がいい——とかいうダジャレ具材は日本で独自進化した部分です。おせち料理とは本来何の関係もありません。恐るべき江戸時代のおやじギャグ文化。
特に『重箱に縁起のいい高級食材を詰めたおせち料理』ってのは、昭和の高度経済成長期に『作られた伝統』に過ぎない。商売しやすくするためのテンプレなのです。日本で独自進化したバレンタインと何ら変わりありません。その本来の意味はとうに失われています。
おせち料理の本義は保存食。
伝統は守ると同時に、その『魂』の部分を現代的にアップデートするべき。
ならばそれは、現代においてインスタントや冷凍食品のことに他ならない。
なので自分は伝統を守るためお手軽な食品で正月を祝ったというわけです。
まあ数の子や伊達巻きは好きなんでちょこちょこつまんだわけなんですが。
正月は重箱入りのおせち料理を食べなきゃ日本人じゃねえ! という考えは間違いです。
モチや数の子や伊達巻きは正月しか食べちゃいけない、という考えも間違いです。
まあ要するに好きなものを食べればいいんですよ。正月だからという考えに囚われず。
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