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急な婚約者宅訪問

街に来るまで魔法の力で凄く馬車を飛ばして3時間。

ここから公爵家まで更に3時間かかると聞いてある程度見て回れた散策は2時間程で切り上げる事となった。

再び馬車に乗り初めてみる街並みは普段森や畑をフィールドにしているアンセルマには新鮮に映る。

通り過ぎる街の人達の服装も匂いも農村部とは違って興味を引いた。

アンセルマの何気ない質問にもリカルドはすぐに淀みなく回答を返してくれるし、2人で魔術などについてお喋りしていると3時間は案外あっという間だ。

ただ、お尻が痛いのは間違いがない。


「リカルド様は毎週こんなに遠い道のりを通って下さっていたのですか?」

「今日はお忍びだからずっと馬車を使っているけれど、普段は転移陣を使ってグロスター領の屋敷に近い街まで出てるよ。そこから馬車だから30分くらいかな」

「それは安心しました。そんな転移陣が街にはあるのですね」

「婚約者特権というところかな。主要都市に配備されている軍事用魔法陣だから領主同士の許可がないと使えないよ」


本来領地を跨ぐ転移魔法陣を設置する事は許されていない。

それは勝手に転移魔法陣を設置され攻め込まれるなど悪用されれば争いの種にしかならないからだ。

しかし国防の為、主要都市にはすぐに兵を転移出来るよう予め転移陣が張られている。

しかしその転移陣はあくまで有事の際に使用する為のものだ。

街の騎士団の施設の中にあり、転移元と転移先の領主の許可書がなければ使用できない。

更に言うと転移陣を起動するにはそれなりの魔力を消費するので婚約者に会う為だけに使用しようと考える人間などリカルドくらいのものだろう。

父様や騎士となったエルナンド兄様ですら、王都からの帰りは1時間ほどかけて騎竜で帰宅する。

王都のタウンハウスから領地の屋敷にも緊急時用の転移陣が設置されているらしいが、それも使用されるのをアンセルマは見たことがない。

それくらいに領地を跨ぐ転移は転移陣を使っても魔力を消費するのだ。

いくらアンセルマの聖水で魔力をすぐに復活する事ができるとは言え、それだけリカルドの魔力が高いのは間違いがない。


窓の外には散策した街より大きな街並みが広がり始めた。行き交う馬車の数も増え、そろそろ夕方だと言うのに街を歩く人影も多い。

自分が着ている服が少し貧弱に見える程、街の人達の服装も華美なものになっている。

喧騒を抜けて急に静かな木漏れ日の中を塀沿いに進む。

白いお城のような大きなお屋敷が姿を現す。

綺麗な建物だと呑気に眺めていたら、リカルドがもうすぐ着くよと声を掛けてきた。

アンセルマの嫌な予感の通り、馬車はその屋敷に向けて門を潜って走り続ける。

グロスター伯爵家もそれなりに大きいと思っていたが、それを遥かに超える白亜の豪邸にアンセルマは急とは言え手ぶらで来たことを悔いた。


「リカルド様、やはり私こんな格好で、何も持たずに来るなんて無作法だったのではないでしょうか」

「アンセルマは可愛いから何でも似合うよ。僕の見立てを疑っているのかな?」

「せめて甘味でも買ってくれば良かったのだわ」

「アンセルマ、大丈夫だから落ち着いて。アンセルマが来てくれただけで母上はお悦びになるから心配いらないよ」


立派な玄関の前に馬車が止まる。

このまま馬車に乗って帰ってしまいたいところだが、先に降りたリカルドが手を差し出したのでままよとその手に自らの手を重ね馬車を降りた。


「リカルドぼっちゃま、お帰りなさいませ」

「ただいま、エニオ。母上に僕の可愛い人が着いたと知らせてくれるかい」

「既に首を長くしてお待ちですよ。長旅お疲れ様で御座いました、アンセルマ様」

「ありがとうございます。グロスター伯爵が娘、アンセルマと申します。宜しくお願い致します」

「これはご丁寧に。家令をしておりますエニオと申します。こちらこそ宜しくお願い致します」


迎え入れてくれた公爵様と同じ年頃の男性に人好きのする笑顔で丁寧にお辞儀を返されアンセルマもにこりと笑っておく。

リカルドに手を引かれたまま屋敷の中に入ると大きな階段の横に数人の侍従が並んでおり一斉に腰を折る。

伯爵家よりも黒く重厚なお仕着せはピシリとした態度に公爵家の威厳を感じさせた。

その先に今では見知った義母とアンセルマよりも少し幼い女の子が並んでアンセルマを出迎えた。


「アンセルマ、よく来たわね。とても楽しみに待っていたのよ」

「御義母様、突然の訪問となってしまいこの様な格好で申し訳ございません」

「少し地味ではあるけどそういう服も似合っていてよ。リカルドが選んだ服ですもの、似合わない筈がないわ。我が家だと思ってくつろいでちょうだいね。こっちは娘のライムンダよ」

「ライムンダ様、はじめまして、グロスター伯爵が娘、アンセルマと申します。どうぞ宜しくお願い致します」

「アンセルマ様、ようこそおいで下さいましたわ」


公爵夫人のミニチュア版みたいなライムンダはちょっと気の強そうな顔でアンセルマを値踏みするように見つめてくる。

兄嫁となるのだからそこは仕方ないだろうとアンセルマはにこりと笑ってやり過ごした。

リカルドもその視線に気づいた様だが妹を嗜める様な事はしない。

自然な流れで一行はサロンへ移動し始める。


「母上、アンセルマがお土産代わりにジャガイモを使った料理をお伝えしたいそうですよ」

「まぁ、ポテトフライ以外にも使い道があるの?」

「クリーム煮なんかも美味しいのですけど、あぁやって庶民にも売り出すのでしたらお伝えしたいレシピが2つ御座います」

「必要な材料があれば言ってちょうだい。明日にでも作れる様に準備させるわ」

「1つはジャガイモをごく薄く切って水にさらしたものをポテトフライ同様に揚げて塩を振るだけです。薄く切るのと小麦粉を振らないだけでポテトフライとほぼ工程は一緒ですかジャガイモさえあれば作れますよ」

「オダリス、すぐに厨房に伝えて頂戴」

「かしこまりました、奥様」


紅茶を入れ終えて立っていた侍女はすぐに部屋を出て行く。

こんなに家が大きいと伝えに行くのも大変だろう。

これは内線、いや、携帯があればいいのに。

魔石に個体番号を付ければ出来るだろうか?


「アンセルマ、また何か思いついた?リストに加える?」

「そうですね、通信機の追加が必要です」

「通信機とは?」

「遠くに離れた2人が魔石を通じて会話できる様にするものです」

「なかなか挑戦し甲斐がありそうな課題だね」

「座標が固定されていればそんなに難しい話ではないと思いますけど、携帯しているとなると難しいですよね。サーチの魔法がグロスター領まで王都から届くかしら?」


王宮にいる家族や学校にいるリカルドやガスパルに電話を掛けたい場合、まずは相手端末の場所を特定する必要がある。

携帯であれば基地局を置いて電波を飛ばせば良いのだろうが、国中に勝手に基地を作るのは難しいだろう。

となると一発でグロスター領地、カディネ公爵領を抜けて王都まで届くサーチ魔法を発する必要がある。

アンセルマの力であれば簡単だが、それを魔石に刻み込めるか、使う人の魔力をあまり使う事なく起動出来るかが焦点になってくるだろう。

うーん、試したい。

自宅ならばすぐに実験していただろうが、今は婚約者の家に初めての訪問という任務中である事をライムンダの問いかけでかろうじて思い出した。


「なんで王都からグロスター領なんですの?」

「リカルド様は来年から王都の学校に通われますからお会いできないお忙しい時もあるでしょう。せめてお話しだけでも出来れば良いと思ったのです」


正直今だってリカルドの意見をすぐに聞きたいと思う事はある。

通話が出来れば平日の夜だって意見交換を出来るのはきっと便利に違いない。

だがそんな恋愛脳が死んでいるアンセルマに気付くはずもなく義母は勘違いしてまぁ!いじらしいわね!と喜んでいる。

リカルドがいつも通り微笑むだけなのはきっとそんな理由を察しているからだろう。


「手紙で十分じゃないですの」

「確かに手紙の転送だけでしたらお互い魔法陣を刻んだハンカチを持っていれば簡単に出来ますね。リカルド様、ハンカチをお借りしても?」

「構わないよ」


リカルドのポケットから出て来た綺麗な白いハンカチにはリカルドの名前が丁寧に刺繍されている。

それを机の上に広げてアンセルマは錬金術を施した。同じ様に自分のハンカチにも同じ錬金術を施す。

アンセルマは2枚広げたままのハンカチの片方に使われていないスプーンを置いてハンカチの端を摘むとトランと唱える。

アンセルマが端を握っていたハンカチの上からもう一枚のハンカチの上に瞬く間にスプーンが移動した。


「成功ですね」

「それはその2枚間でしか出来ませんの?」

「いいえ、同じようにしてハンカチを作れば他の方にも送れますよ」

「私にもして下さいませ」

「まぁ、では私も」


そう言って2人がハンカチを差し出したので同じ様に錬金術を施す。

相手の名前を思い浮かべながら呪文を唱えれば届けたい人のハンカチに生活魔法より少ない魔力で載せた物が転移出来る様になった。


「あ、でもこれ失敗ですよね」

「何故?上手く出来ているじゃない」

「相手からいつ送られてくるか分かりませんから、ハンカチとして使えないのですよ。もしもハンカチを洗濯している時に送れば手紙は洗濯機の中でぐちゃぐちゃになってしまいますし、口を拭いてる時に送られて来た荷物がこぼれ落ちてきたら困りますよね」

「僕はこのハンカチに特に思い入れはないからこのハンカチはハンカチとして使わない事にするよ。だからいつ送ってきてくれても構わない」

「私も構わなくてよ。机に広げておくからたまには私にもお手紙頂戴ね、アンセルマ?」


あぁっ、余計な事をしてしまった、と思っても後の祭りだ。姑との文通が確定してしまった。

そんな2人に負けじとライムンダも手を挙げる。


「私もハンカチなら沢山御座いますのよ。だからいつ何か送って下さっても宜しくてよ」


ツンデレか。ツンデレなのか。

大好きな兄を取られてお怒りなのかと警戒していたが、単なるツンデレであったようだ。

錬金術を施す際の目の輝きは憧れがハッキリと現れていたのを見逃しはしなかった。


「リカルド様、先程おっしゃっていた紹介されたい方というのはもしかしてライムンダ様の事ですか?」

「そうなんだ。是非、ライムンダの家庭教師をお願い出来ないかな」

「私は構いませんが、ライムンダ様のお気持ちは如何でしょう?」


2人の視線がライムンダに向かう。

夫人は事前に知っていた様で、にこりと笑ってライムンダに視線で返事を促した。

ライムンダも事前に話を聞いていたのか、視線を受けてバツが悪そうにツンとしてみせる。


「私は構いませんわ。お兄様に並ぶ実力の方とお聞きしておりますもの」

「リカルド様の思慮深さには到底敵いませんけれど、魔法は割と得意ですからお教え出来るとは思います。宜しくお願い致します、ライムンダ様」

「こっ、こちらこそお願い致しますわ、アンセルマ様」


そこにエニオが来客を知らせる。

姿を現したのは兄のガスパルだ。


「すまない、少し遅れてしまったかな」

「こちらは問題ないが何かあったか?」

「なに、リカルドが想定していた通りだよ」


2人だけで分かり合ってる様に肩をすくめ挨拶を済ませ、ガスパルがアンセルマの隣に座る頃にはちょうど出来上がったポテトチップスが運ばれて来た。

買ってきた鉋を渡し忘れたがとても薄く切れているので食感は悪くない。


「これはパリパリとしていて面白い食感ね」

「芋の薄さで変わりますから色々試されると良いと思います。味も塩だけではなく、スパイスをかけても美味しいと思いますよ」

「最初はそうでもないけど、食べ始めると止まらなくなるね。後を引く」


異世界あるあるのポテトチップスも無事受け入れられて安心する。

夕食前にこんなに食べてしまって大丈夫なのかと心配になる程ポテチを食べたところでお茶会は一旦お開きになった。

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