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教会での3つの審判

鐘が鳴る。

街中に響き渡る鐘の音が儀式のスタートだった。

大聖堂のドアが開かれ、リカルドの腕に掴まる様にして一歩、一歩と赤い絨毯の上を歩く。

厳かに優雅に見える様にすましてゆっくりと歩くが、長いトレーンと着込んだパニエが見た目以上に重たくて転ばない様にするのは結構な重労働である。

だがリカルドが何もしていない様な涼しい顔でしっかりと支えてくれているのでなんとかボロを出さずに済みそうだ。

スカートの前を蹴る様にしてアンセルマはリカルドが作るリズムに合わせて歩を進める。

道の両脇には昨日王様と謁見した際に居た大臣達とそれに加えて王家の血を引く者、それからグロスター伯爵家に連なる者が並んでいるが、聞こえるのはアンセルマのトレーンがリズムに合わせて引き摺られる音だけだ。

王と教皇が待つ祭壇の前まで進むと2人はすっと膝をついた。


「本日は3つの審判が下される。アンセルマ・グロスター。其方が神の御使いであると天啓を受けた。こちらへ」


チラリと横を見るとリカルドがアンセルマにだけ分かる様に頷いたのでアンセルマは頭を上げて立ち上がる。

教皇がトロフィーの様な銀の盃を持ってアンセルマの前に立ち、それを逆さにして空であることを示す。


「アンセルマ・グロスター、この杯に聖水を満せ」


聞いてないよ、と思って教皇の後ろに立つ王様に目を向けると瞬きをする様に了承を示したので、アンセルマは杯に手をかざしいつもの様に聖水を入れる。

なみなみと注がれたところで教皇がそこまででと小さく止めてくれたのでアンセルマは水魔法を止めた。

教皇は再び王様の隣に戻るとその杯を王様の前に差し出す。

王はその杯の中に手を漬けて自分の瞳を金色に光らせる事でその水が聖水である事を示した。

聖堂内がその事実にどよめく。


「ダランベール公爵、公正な証明と示す為、其方の協力もお願い出来ますかな」


王が参列者の1人に壇上から声を掛けると、髪の長い王より少し年上の男性が宜しいでしょう、と壇上に上がった。

ダランベールと言えば先日の竜の持主だ。

聞くところによると王の従兄弟で公爵らしい。

特に王位を継ぎたいという思いは全くないそうだが、たまに戯れにちょっかいを出して愉しむ悪趣味な人だそうだ。

王と同じ様に差し出された聖水に手を漬けて目を金色に光らせた。

おぉ、と再度場がどよめく。

ダランベール公爵は杯から手を抜く際に水を掬い、その水を口に運ぶ。


「確かにこれは聖水ですな」

「これによりアンセルマ・グロスターが聖女であると証明された。否を唱える者があれば今この場で申し出よ」


王の言葉にもちろん否を唱える者はいない。

ダランベール公爵さえ面白そうに口の端を上げて席に戻っただけだった。

少しの間を置いて、教皇が手を上げる。


「教皇としてアンセルマ・グロスターを聖女として認める。彼の者を通じ我々の祈りが神に届く事を願う」

「次にリカルド・カディネ。其方が私の跡を継ぐ者として立つ前に、まずそれに値する契約の証を示せ」


今度はリカルドが立ち上がり、王の横に立つ。壇上で皆の方を向いたまま教皇に差し出された先程の杯に手を漬けた。

当たり前だがリカルドの瞳が王や公爵と同じ様に金色に光る。

王と教皇が顔を合わせて頷き合った。

リカルドは王の前に再び跪く。


「我、エスタバン・ヴェルトハイム=ローゼンベルクはリカルド・カディネを王太子と定める」


王がリカルドを王太子と宣言すると、傍から2人の聖職者が現れて、リカルドの肩に濃紺のベルベットに金色の糸で3本の縁取りと王家の紋章が刺繍が施されたマントを括り付けた。

お盆に乗せたすこしゴツめの指輪はリカルド自ら装着する。

更に別の聖職者が王に布に乗せた美しい装飾が施された短剣を差し出した。

王はそれを掴むとリカルドの方へ突き出すと、リカルドは両手を掲げる様にしてその短剣を受け取る。

アンセルマはそんな姿を眺めながらリカルドの言葉を思い出していた。

確かに最前列で見られてるね。

めちゃくちゃカッコイイよ、リカルド様。

海外の絵画の様だよ。

ただ思ったより当事者過ぎて気が抜けないわけだけど。


「ここに王太子が誕生した。リカルド・カディネはこの時を以てリカルド・ヴェルトハイム=ローゼンベルクとなる事を宣言する。民を愛し、誠を持ってこの国の繁栄をもたらすと誓え」

「リカルド・ヴェルトハイム=ローゼンベルク、民のための努力を惜しまず、人生を捧げる事を誓います。神よ、力を与えたまえ」


リカルドが宝剣を握ったままそう祈りを捧げると祭壇の像が光を放った。

その場に居た全員が想定外の出来事に目を見張る。

祈りで気づかなかったのか、リカルドだけは平然と振る舞うが、それ以外の人達は明らかに動揺が広がった。

否、ガスパルも平然としているというか、どこか呆れている様にも見える。

アンセルマも瞬間は光の眩さに驚いたが、ステンドグラスがその光に反射してキラキラと万華鏡の中にいる様な美しさにただ見惚れた。

聖職者の中には神がお認めになったと涙を流して祈り出す始末だ。

光が収まると、リカルドが小声で教皇を促す。

教皇も王もはっとして、佇まいを正した。


「最後に、王太子リカルド・ヴェルトハイム=ローゼンベルクと、聖女アンセルマ・グロスターの婚姻の儀を行う。新婦、こちらへ」


教皇が壇上に上がる様に促すと、リカルドが一旦壇上から降りて来てアンセルマに手を差し伸べた。アンセルマはリカルドに支えられて壇上に上がる。

2人が教皇の前に並び立つと教皇がすっと手を差し出し、2人にそこに手を乗せる様に促した。リカルドとアンセルマが手を重ねると包み込む様に教皇がもう片方の手を上に重ねる。


「新郎、誓いを」

「私、リカルド・ヴェルトハイム=ローゼンベルクは貴女を生涯かけて守り、敬い、忠実であることを誓う。神の御加護がありますように」

「新婦、誓いを」


えぇっ、急に何を誓えばいいの?

ちらりと視線を上げてリカルドを見上げると、リカルドが期待の眼差しをこちらに向けている。

アンセルマは前世の記憶を頼りにそれっぽい言葉を繰り出す。


「幸せな時も、困難な時も、富める時も、貧しき時も、病める時も、健やかなる時も、死がふたりを分かつまで愛し、慈しみ、貞節を守ることをここに誓います」

「それでは指輪の交換を」


また聖職者がリングピローに乗せられた指輪を持って壇上に上がり、リカルドの前に差し出した。

アンセルマ用は金で作られた指輪に大きめのタンザナイトが嵌め込まれている。

宝石の色はリカルドの瞳の色に合わせたのだろう。

一方、アンセルマからリカルドに送られるていの指輪はシルバーの指輪に聖水の魔石が嵌め込まれている。

リカルドが指輪をアンセルマの左手薬指に嵌め、アンセルマにしか聞こえないくらいの小さな声で「誓いありがとう」と囁いた。

リカルドには珍しい浮かれた声音だ。

アンセルマが同じように指輪を取ってリカルドの指に嵌めようとするが、手が震えてなかなか入らない。

やっとの想いで嵌め終えてほっとした想いでリカルドを見上げて笑うと、リカルドがアンセルマの手を握ってぐっと引き寄せた。


「汝を妻とし、今日よりいかなる時も共にあることを誓うよ、アンセルマ。魔力を込めて」


えっと思うよりも早く唇を奪われる。

言われた事をしなければと訳がわからないまま、アンセルマは繋いだ手と奪われた唇からリカルドに自分の魔力を送り込む。

目も瞑らずにリカルドに腰を引かれ仰ぎ見た景色は花が咲くように色とりどりの光がキラキラと舞い降りてくる。


「神が祝福しておられる・・」


教皇が両手を広げるようにして天を仰ぎ見た。

出席者にも光が降り注ぐと、多くの出席者の瞳が明度は異なれど金色に光る。

ここに集まる者の多くが多かれ少なかれ王家の血を引いているという事なのだろう。

それはグロスター家も例外ではなかった。

その中でもやはりリカルドの瞳は一際美しいとアンセルマは思う。

もう少しこの星々の中、自分を見つめる美しい満月を見ていたいとアンセルマは繋いだ手に魔力を流し続ける。


「指輪の下から延びる血管は真っすぐ心臓に達し、お互いの心がこの結婚を承諾している印である。誓いは成された。大聖堂はこの婚姻を神の意志と判断し、認める。王よ、この婚姻を認めるか」

「私もこの婚姻を神の意思と認め、承認する。何人たりともこの決定を覆す事を許されない。幾久しく神の御恵が彼らに与えられことを!」


讃美歌が歌われる中リカルドと退場すると父様とエルナンド兄様が号泣しているのが見えた。

アンセルマは前を通り過ぎる時に小さく手を振ると、2人がブンブンと手を振り返そうとしたので隣の母様とソフィア姉様が押さえようと必死だ。

エドゥアルド兄様もガスパル兄様も小さく手を振りかえしてくれる。

反対側ではカディネ公爵夫妻が満足そうに頷いてくれた。

これでやっとリカルドと夫婦だ。

扉が開かれるとキラリと空が光る。

アンセルマは咄嗟に手を空に翳す様に結界を張ろうとするが、その前に飛んできた矢は光に弾かれて地面に落ちた。

リカルドが結界の魔法陣に賢者の石を包んでポケットに忍ばせていたからだ。


「敵襲!」

「大聖堂に矢を放つとはなんと愚かな」


先程まで号泣していたはずの父様とエルナンド兄様が護るようにリカルドとアンセルマの前に躍り出る。

矢くらいなら魔法で対処出来ると思うが、いかんせんウエディングドレスで戦うのは避けたいところだ。


「アンセルマ、心配ないよ」

「結界もありますし命の危険はないと思ってますけど、せっかくの結婚式の想い出が汚されたと思うと残念です」

「そうだね、それは万死に値するね」


アンセルマの言葉にリカルドの魔王の笑みが発動してしまう。

あ、ヤバいヤバい。

誰だか知りませんが、犯人さん逃げてー。


すぐに捕縛しましたという報告が上がってきて、安全確認が行われた後、騎士団長と副団長である父様とエルナンド兄様を先頭に2人は外に出た。

階段下に横づけされた王家の紋章付きの屋根の閉じられたキャリッジに乗り込む。

大聖堂の門を出ると道の両脇には来た時には居なかったはずの民衆がリカルドとアンセルマを一目見ようとぎゅうぎゅうに詰めかけていた。

人々は穀粒や花びらなどを祝いの言葉と共に馬車に投げつけてくる。

しかしそれもリカルドの持つ結界に阻まれて2人に直接当たる事はない。

民衆達の嬉しそうな笑顔にアンセルマは嬉しく思う。


「リカルド様、凄い人気ですね。こんなに祝福して貰えるなんて思いませんでした」

「皆アンセルマを観に来てるんだよ。僕の可愛いお嫁さんを自慢したい気持ちもあるけど、誰にも見せたくないとも思う複雑な心境だ」

「私はオマケですよね?」

「むしろ僕がオマケだよ。一家に一本聖水を配るなんてとんでもない偉業だからね。皆、聖女様に感謝しているのさ」


前々から配布用の入れ物は発注してあったものの、聖水が貴重なものなだけに外注も出来ず、入れ物に聖水を詰める作業がとにかく大変だったらしい。

グロスター伯爵家に3つ聖水用水道を付けておいたお陰で屋敷の復旧そっちのけで使用人達が総出で聖水を詰める作業をするハメになったらしい。

最初は樽から芍で注いでいたそうだから水道が無かったら間に合わなかったんじゃないかと言う話だ。

アンセルマの思い付きで迷惑を掛ける事になり申し訳ないと思っていたが、こんなに喜んで貰えたのだからそう間違っていなかったんじゃないかとも思う。


「私の我儘ばかりでしたけど、喜んで貰えたなら嬉しいです」

「アンセルマの我儘はいつも皆の為だもの、喜んで聞くよ」


民衆の祝福は王城の入り口まで続いていて、途切れる事はなかった。

王宮のバルコニーから手を振ると目の前の広場には大勢の民衆が集まっており、馬車に乗っていた時以上の盛り上がりを見せる。

広場にはテントが張られ出店も沢山出ているらしい。

もはやここまで来るとお祭りの様だ。


「結婚式ってこんな馬鹿騒ぎするものなのですか」

「王族の結婚式となると数日続くのが一般的かな。今回は聖水とハンバーガーの交換チケット制で漏れなく配布にしたから1日で済ませるけどね」

「広場のお祭りには行ってみたいですけど、お式自体は1日で充分です」

「広場は多分数日はお祭り騒ぎじゃないかな。明日お忍びで行ってみようか」

「良いのですか?!」


自分達の結婚に街が数日お祭りというのも不思議なかんじだが、行けるものなら行ってみたい。

あれだけ盛大な結婚式をしたのに本当に今まで通り外出をこんなに早く許してもらえるとは思っていなかったので嬉しい限りだ。

部屋に戻りウエディングドレスから一旦解放される。

晩餐会まで休憩だというので軽く湯浴みもさせてもらって寝間着を着せてもらった。

ソファに座った途端、眠気が襲ってくる。

次の準備に走り回る侍女達を横目にアンセルマはそのまま眠りに落ちた。


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