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逢引用の転移陣

寝かされていたのはリカルドの私室らしい。

アンセルマの部屋も既にあるにはあるらしいのだが、まだ本来ならばここにいるべきではない人間なのでずっとアレハンドロと呼んでいたそうだ。

王城に来る前にクリーンは掛けていたとは言え、お風呂にも入っていない状態でリカルドのベッドを使ってしまったのはなんだか申し訳ない。

もう少し眠っていたらとリカルドもガスパルも勧めたがアンセルマはベッドを下りてクリーンの魔法を掛けておく。

見回した部屋はすっかり生活出来る様に整えられていて、明日にはリカルドがこちらに移るのだと嫌でも実感する。


「リカルド様は明日からこの部屋で暮らすんですよね」

「あぁ、その事なんだが襲撃があったのもあって申し訳ないけど今日からここで暮らす事になったんだ」


窓の外は空がオレンジともピンクとも言えない色に紺が混じり始めていた。

ここに居てはいけない筈のアンセルマはもうすぐ帰らねばならないだろう。

一応許して貰えそうとは言え、明後日までリカルドに会えない生活ではまた不安になってしまいそうだ。

隣の部屋に戻ったアンセルマは昨日考えていた事を思いついた。


「リカルド様、ここに転移陣を作ってはダメですか?」

「あぁ、丁度良いかもしれないね。今日は君の侍女も居ないし」


侍女が何の関係があるのかは良く分からないが、お許しが出たのでアンセルマはさっそくチョークを取り出した。

床にサラサラと魔法陣を描いていく。

王城なので今日賢者の石に教わった人を限定する術式を応用してリカルドかアンセルマが許可した害意を持たない者だけが転送される様に改良しておく。

それを見たリカルドがなるほどねと感心して頷いた。

ガスパルは良く分からんと言わんばかりに眉をひそめてすぐに読解は諦めた様だ。


「どうでしょう?」

「とても良いんじゃない?これどうやって思いついたの?」

「今日、人を限定した結界の作り方を賢者の石に教えてもらったのでその応用です」

「・・・今日の顛末はゆっくり聞かないとダメみたいだね」


心なしか低い声で言われてアンセルマはギクリと肩を揺らす。

これは余計な事を言ってしまったかもしれない。

腰にさしていたナイフを取り出して指を切ろうとすると、リカルドがやんわりとその手を止めた。


「アレハンドロ、先に聖水飲んでくれる?」

「聖水ですか?」

「自分がさっき貧血で倒れたって忘れた訳じゃないよね」


そう言って手渡されたのはアンセルマが作った聖水ではなく、この城に備蓄してある湧いた聖水らしい。

医者が置いていったそうだ。

小瓶に入れられた聖水をアンセルマは言われるがままに煽る。

いつもの様に何かが回復する感じは同じだが、どうにもいつもと違って満たされる感じがしない。

アンセルマは自分の掌をじっと見て自分を鑑定してみる。

HPはそれなりに回復しているがMPは半分くらいしか回復しているようだ。

アンセルマは自分の腰にさしていた自分で生成した聖水を取り出して煽った。

ググッと満たされる感じがしてHPもMPもフル回復する。

どんなに減っていても自分の聖水ならば必ずフル回復してきたので、湧き出てる方の聖水とは何かが違うのかもしれない。


「アレハンドロ、何か不備があったか?」

「頂いたのだと全回復はしなかったので違いがあるみたいです」

「父上に聞いてみるしかないな。父上なら両方飲んだことがあるだろうし」


確かにガスパルの言う通り騎士団長である父様なら両方飲んだことがあるだろう。

だが今まで指摘されたことが無いのが気掛かりだ。


「自分で作った物の方が体に合うとかあるのかもしれませんね」

「聖水に違いがあるなんて聞いたことないぞ」


ガスパルがまた頭の痛い事をと言いながら頭をかく。

リカルドは肩をすくめただけでそこには言及しなかった。

今度こそリカルドと共に指先を切って魔法陣に塗り込め転移陣を完成させる。

そのままアンセルマとリカルドは繋いだ公爵家のアンセルマの部屋へ移動した。

手を繋いだままリカルドはアンセルマの実験道具が置いてある机に向かう。

ひっくり返して置いてあるビーカーを引き寄せて指を切ったままのアンセルマの指をそこに入れさせた。

更に自分の切れたままの指も入れる。

ポタリポタリと自分達の指から血が滴ってビーカーにちょっとずつちょっとずつ溜まっていく。もちろん鑑定名は賢者の石の素だ。


「僕の分の賢者の石も作りたいんだけどいいかな?」

「もちろんです。だったらもっとバッサリ切りましょうか?」

「アーン」

「だってこれじゃあ時間掛かりますし・・・」

「痛い?」

「全然大丈夫ですけど」

「アンセルマ、痛みに慣れてはいけないよ」

「・・はい」


感覚のズレている自分を鑑みると色々マズイのは見えてくる。

何せもう13年もこの世界で生きているのだ。

本当はこちらの世界に馴染むべきなのだろうけど、倍以上生きていた別の世界の感覚はなかなか消えない。

これでも毎回反省はしているのだ。

だけどどうしてもズレる。

ちらりと手を繋いだままのリカルドを見上げるとふっと笑ってアンセルマの額にキスをした。


「アンセルマ」

「なんでしょう?」

「さっき僕の子供を沢山産んでくれるって言ってたけど、その為に何をするか理解してるのかな?」


そりゃしてるよ。

前世も含めてした事はないけど知っている。

アンセルマとしてはまだ13歳だけど、前世でいう同年代でもまぁやっている子もいるだろう年頃だと思う。

ただこちとら精神年齢がよく分からない感じなのでそこらへんの正常な判断が難しい。

そんな事を考えているとリカルドが握った手の指を絡めてくる。

リカルドが少し身を屈めてアンセルマの耳元で囁いた。


「それどこで教わったの、アンセルマ?」

「えっ?」

「王妃教育もしてないのだから閨についても勿論習ってないよね?学校でだってそんな話した事ない筈だ」


確かに!と思ってアンセルマは頭をフル回転させる。

リカルドの顔は見えないが、声はどこかセクシーなのか怒っているのかよく分からない。

急いでアンセルマは言い訳を繰り出した。


「あの、とうもろこしって1番高いところのワサワサが雄で、とうもろこしが出来るところに出来る髭みたいなのか雌なんですよ。それで雄の花から出る花粉が風でその雌とくっつくととうもろこしが出来るんです」

「うん?」

「とうもろこしの食べるところって種なんですよ。つまりは子孫ですよね?という事は雄が出す何かと雌がくっつくと子供が出来るって事です」

「なるほど?」

「だからえーと、あとは農村部で動物の交尾を見かけたことがありまして・・・」


もうこれ以上は恥ずかしくて無理だと思ったところで、リカルドが堪え切れずにアンセルマの肩口で吹き出した。


「ははっ!とうもろこしで気づきを得るって凄いね、アンセルマは!」

「リカルド様・・・」

「ただ13歳は早いとか誰が言ったのかとかは気になるところだけどね?まぁとにかく雑音をあまり聞き過ぎてはいけないよ、アンセルマ」


そうこうしている内にビーカーにはある程度血が溜まっていてアンセルマはリカルドの詰問から解放された。

ごま、かせた?

お互いの指をヒールし、賢者の石を作る。

アンセルマのものと同じくらいの大きさで、鑑定しても特に違いはない。


「ヘイ、賢者の石!別の人間が作った聖水の性能の違いが出る理由を教えて」

「作る人間の魔力量に拠りマス」

「ありがとう、さようなら」

「どういたしまして、サヨウナラ!」


動作にも問題が無いようだ。

リカルドはありがとうとアンセルマに礼を言って自分のポケットにそれを入れる。

ガスパルが今頃帰りが遅いとヤキモキしているはずだと2人は公爵家側にも王城への転移陣を作成し、手を繋いで再び城に戻った。

案の定、何してたんだと兄様にリカルドは責められる。

契約魔術もしないでお前が心配するような事はしてないよ、とリカルドはガスパルを適当にあしらった。

不在の間に30分後に晩御飯だと連絡があって焦ったらしい。

とりあえず座って、と言われて反対側に座ろうとするリカルドと手が離れた。

その隙にアンセルマはこっそりガスパルの袖を引く。


「あの、私はこの後どうしたら宜しいですか?」


王城に居るはずのないアンセルマが例えアレハンドロとしてでもずっと城に居るのはおかしいだろう。

ご飯に同席するはずもない。

きっと帰るのはガスパルか公爵と一緒にとなるはずだ。

しかしガスパルは何を聞かれたのか分からないように眉を顰める。


「ご飯を食べるって今言ったろ?」

「兄様もですか?」

「僕は帰るよ」

「私は?」

「何をコソコソ喋ってるの?」


リカルドはソファに座り指を前で組みにこりと笑う。

怒られそうな雰囲気にアンセルマは慌てて向かいに座った。

そんな不機嫌な笑顔に気づいたガスパルが呆れた様にアンセルマの背後に立って肩をすくめる。


「リカルド、アレハンドロはどうしてここに連れて来られたのか理解してないみたいだぞ。自分のご飯を心配してる」

「なるほど?アレハンドロは何でここに連れて来られたと思っているの?」

「・・・お叱りを受ける為です」

「まぁそれも間違ってはないけどね。さっき僕、今日からここに住むことになったって言ったの聞いてなかった?」

「聞いてました。だからその為に転移陣を作らせて頂いたんですし」

「あぁ、なるほど。君は本当に母上の話を丸きり聞いてなかったんだな」


リカルドは意味深げにそう笑う。

どうやら自分がなにか大事な事を聞き逃していた事に気づいてアンセルマはまた青ざめた。


「逢引の為に作ったんだよね?」

「そうです・・ご迷惑でしたか?」

「いや、全然。でも残念ながらアレハンドロを今日家に帰す気はないんだ」

「えっ?」

「家に帰すならさっき置いてきたと思わないかい?」


リカルドの言ってる事がよく分からない。

確かに私が王城に入った事が特に記録されていないなら、王城から出たという履歴を残す必要はない。となると先程転移陣で公爵家に戻ったのだから、そのまま残ればよかった事になる。


「でも今ここに居るべきではない私がここに居るのは困るのですよね?」

「そうだね。だからアレハンドロとして扱われている。公爵令嬢を救い出し、襲われた伯爵家を鎮圧し、侯爵家の企みを白日の元に晒したアレハンドロとしてだ」


そんな大層なことしてませんけど?と思うが、そうじゃないとアレハンドロとしても王城に居るのが不自然になってしまう。

今回の件はアンセルマではなくアレハンドロが解決したと言う事にすれば事情を聞くと言う理由で王城に入ることも叶ったらしい。

そして重要参考人であるアレハンドロはカディネ公爵家の縁者という設定になっているから、事情が確認できるまでは王城にて待機という事で客間が用意されているそうだ。

なので夕食も一緒にと言う事らしい。

とは言え違う部屋で1人というのも落ち着かない気がする。

同じ1人なら公爵家の方がまだマシな気がするし、なんなら寝る時だけ転移陣を使って夜這いできるだろう。

ここ2日甘やかされまくった反動で1人に耐えられそうもない。


「何か心配が?」

「あの、私、1人で客間というのは少し心配で」

「ここで一緒に眠れば良いだろう?」

「アレハンドロがここで一緒に眠るのはおかしくはないですか?」

「話している間にソファで眠ってしまったのなら咎めるものもいないさ」


そうこうしていると侍女が食事の時間だと呼びに来た。

倒れた時に外されたらしい認識阻害のメガネを再び掛けさせられる。

ガスパルはここで帰るというので家の惨状を思い出した。

どこもかしこもボロボロになっていた筈だ。

今夜寝る場所があるのかも怪しい。


「あの、兄様。おうち結構大変なことになっているのですけど」

「あぁ、兄上には聞いているけど、今日は公爵家に泊まるから」

「そうなのですね」

「ガスパル、私の分もライムンダにしっかり言い聞かせておいてくれ」

「それはもう間違いなく」

「ライムンダ様何かあったのですか?」

「緊急時の連絡先についてちょっとね」


ガスパルは2人と一緒に部屋を出て、ここで失礼しますと言って外に立っていた騎士にリカルドを託す。

侍女を先頭に騎士に後ろを護られる形で食堂に向かった。

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