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罪と罰

アンセルマが目を覚ますとそこは知らない場所だ。

フカフカの天蓋付きのベッドに眠っている。

名前を呼ばれそちらを向くと酷い顔のリカルドがほっと息を吐いた。

リカルドの顔色の悪さに手を伸ばそうとして自分の手がリカルドに握られている事を知る。


「リカルドさま?」

「アンセルマ、具合はどう?気持ち悪いとかどこか痛いとかある?」

「顔色が悪いのはリカルド様でしょう?」


その言葉にリカルドは苦笑してアンセルマの手を両手で包み込む様に握っていた片手を離し、アンセルマの頭を撫でた。

特に気持ちが悪いとか、痛いと言う事はない。

ただぼんやりとリカルドの表情を眺めている。

リカルドの背後からガスパルが顔を出してにこりと笑った。


「アン、意識を失って倒れたのは覚えてる?」

「リカルド様が?」

「アンがだよ」

「えっ!?」

「ガスパル!・・・アンセルマ、もう少し寝なさい。心配ないからね」


リカルドはもう一度アンセルマを寝かせようとするが、自分が倒れたのだと知って驚きですっかり目が覚めた。

倒れた事は覚えていないけれど、ここがどこなのか察しはつく。

自分が何をしていたかを思い出したからだ。

リカルドを心配しかさせていない自分が申し訳ない。

アンセルマは静止しようとするリカルドに首を振ってゆっくりと身を起こした。


「リカルド様、もう大丈夫ですから殴って下さい」

「アンセルマ」

「兄様達にもエニオにも家から出てはダメだと言われたのに言う事を聞かなかったのは私の責任です。リカルド様にもお父様達にも連絡しないで勝手に決めました。だから罰は全部私が受けます」


そうキッパリと宣言したが、リカルドは握ったままのアンセルマの手を再び両手で握り祈る様に自分の額を押し付けた。


「アンセルマ、私は君を、君でなくても女性を叩こうとした自分を恥じている。どうか僕の方こそ許して欲しい」

「許すも何も叱られる様な事をしたのは私ですから許して貰わなきゃいけないのは私の方です。リカルド様こそ、弾かれた手は怪我してませんか?!」


アンセルマは自分の手を握るリカルドの手をもう片方の手で引っ張って見せろと言わんばかりに無理矢理開かせる。

リカルドのいつも通りの少し節張った大きくて綺麗な手に何の傷もない事を確認して安心する。

アンセルマはその手を自分の頬に導いて頬ずりする様に押し付けた。

少しずつリカルドの掌の熱が伝わってアンセルマは更に安心する。


「アンセルマ」

「リカルド様に今度こそ見捨てられるんじゃないかって怖くて、緊張してて、だから貧血で倒れたんだと思います」

「あぁ、そうだ。医者の見立てでも強い感情が原因だろうと」

「また心配かけてしまってすみません」

「本当だ。アンセルマは無茶ばかりしていつも僕の寿命を縮めるんだ。僕は長生き出来ないな」

「・・・嫌いになりましたか?」


おずおずと聞いたアンセルマの頬に触れるリカルドの手がもぞりと動く。

リカルドが物憂げにハァと溜息をついた。

アンセルマの瞳を覗き込む様にじっと見つめるリカルドの顔色はだいぶ良くなっているが心底疲れている様にも見える。

リカルドの手がいつもの様にアンセルマの頬の柔らかさを確かめる様に撫でたかと思うと、ぎゅっとアンセルマの頬をつねった。


「嫌いになれればどんなに楽だろうな。残念ながら好き過ぎて嫌いになるのは難しいが、僕にだって儘ならない君への怒りはある」

「ひゃい」

「安全策を取って出掛けたのは褒めてあげるけど、連絡がなくて僕達がどれだけ心配するか考えなかったのか君は」

「しかりゃれりゅのがひょわふて」

「後で倒れる程怖い思いをするなら連絡をした方が賢明だと思うが?」

「おっひゃりゅひょほりれす」

「次からは独断専行しないと誓うか?」

「・・・」

「アーン?」

「ちひゃいまふ」

「嘘つけ」


そう言い捨ててリカルドが更に頬を引っ張ってから手を離した。

痛みに半泣きになりながらアンセルマは引っ張られた頬を摩る。

そんなアンセルマを見てリカルドはもう一度ため息を吐くと立ち上がった。

許してもらえないまま置いていかれる!

そう思ってアンセルマは咄嗟にリカルドの上着の裾を掴んだ。


「本当に君はどうしようもないな」

「りかるどさまっ!ごめんなさいっゆるしてくださいっちゃんと誓う!誓いますからっ!」


ボタボタと涙を落としながら、アンセルマは必死にリカルドの腰あたりにしがみつく。


「何を誓うって?」

「独断専行しませんっ約束しますっ」

「本当かな。ちょっと信じられないな」

「本当です!どうしたら、信じて貰えますか?!」

「契約魔術でも結べば宜しいのではないですか、リカルド様」


そう言ったのはずっとリカルドの後ろに控えていたガスパルだ。

ちょっと存在忘れていたけど。

確かに契約魔術を結んでしまえば約束を破る事は出来なくなる。

破ると最悪自分の命を奪われる事になるからだ。

しかし独断専行だと基準が曖昧で契約魔術は難しいのではないだろうか。

そこでアンセルマはリカルドと王宮と公爵家で離れる間考えていた事を思い出した。

自分には相手がいなかったので使った事はないが、前世のカップルアプリのような構想だ。


「リカルドさまっ、お互いの位置情報と移動履歴が見れるようにするというのはどうですか!?」

「居場所を常に明らかにすると言う事か」

「そうです!」

「どうやって?」

「それはこれから魔術具を考えます。ただ、通信機を作った時に考えていたものはあるので」

「しかし何をしているのか状況が分からなければあまり意味がないのでは?」

「簡単な状態を見れる様にすれば良いですか?!」


アンセルマも錬金術バカだが、それに付き合っているリカルドもそれなりに錬金術バカである。

一瞬アンセルマのいつも通りのプレゼンに引き込まれそうになったが、すぐにリカルドは首を振った。


「それが僕が君を信じられる根拠になるまで時間がかかりすぎる。それまで僕はずっとこのまま君を疑っていたくはない」

「じゃあどうしたら」

「アンセルマは今までもこれからも僕だけと誓えるかい?」

「好きなのがですか?誓えます」


リカルドが何を言い出したのかよくわからずアンセルマはきょとんと首をかしげる。

ただ浮気が出来るほど器用な人間ではないし、自分を大切にしてくれるリカルド以上の好物件がいるとも思えずアンセルマはキッパリとそう答えた。


「僕より素敵な男性が現れるかもしれないよ?」

「リカルド様より?それは考えられないですね。大体結婚した後にそれって不誠実じゃないですか?」

「そうだね」

「あっ、もしかしてリカルド様は第二妃とか愛妾とかをお考えですか?!」


今の王は今回処罰された王妃しか敢えて娶らなかったそうだが、制度上王族には血を絶やさない様にそれらが許されているらしい。

今までは公爵家だったからアンセルマと結婚してしまえば、まぁ愛人は別としても心配する必要はなかったろう。けれどリカルドは明後日、王太子となるのだ。

コルデーロだってオルシーニ侯爵令嬢を婚約破棄などせず、メラニアを愛妾あたりに据え置けばここまで問題は大きくならなかったかもしれない。

まぁそもそも王家の血を継いでいないので、廃嫡は免れないのだけど。

今まで考えてもいなかった側室などがあると思い至りアンセルマは青ざめて止まりかけていた涙が再び溢れる。

しがみついたままのリカルドが微妙な顔つきでガスパルにチラリと視線を送った。


「アンセルマ」

「私っ!成人したらいっぱいリカルド様の子供産みますから!だから猶予を頂けませんか!」

「それは結婚してもアンセルマの成人まで触れるなという事?」

「いえ、子供を・・・です。本当は子供は18歳くらいまで待っていただけると有難いのですけど・・・」

「それは何故?」

「あまり若いと出産は身体に負担がかかると聞いたことがあって・・次の子供を産めなくなるのも困りますし、まだ子供を育てる自信もないですし、そもそもまだリカルド様と2人が良いというか・・・」


言っていて段々恥ずかしくなってくる。

最後の方ごにょごにょと言うアンセルマの頭にリカルドがそっと手を置く。


「分かった。アンセルマが僕だけしか受け入れないという魔術契約してくれるなら今日の事は許すし、子供の事はまた折を見て決めることにしよう」

「ありがとうございます!契約しますっ!」

「うん、明後日ね」

「今ではダメなのですか?」

「ダメだ。ダメダメ!」


慌てた様にガスパルがアンセルマを引き剥がす為にリカルドとの間に割り込んだ。

はしたないとか本当に意味を分かってるのかとブツクサ言いながら、ガスパルはアンセルマの顔をハンカチでゴシゴシと擦る。

兄様痛いですと訴えるとガスパルはハァと重いため息を吐きながら、アンセルマの顔にクリーンとヒールをかけた。

リカルドはその横で機嫌が直ったのか小さく笑う。

そんなリカルドに少し安心するが、契約は明後日だ。

それまでは良い子にしていた方が良いだろう。

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