賢者の石の活用方法
次男と義姉をグロスター領に送った後、アンセルマはまたすぐに部屋を出てエントランスに向かった。
エニオもエルナンドも慌ててアンセルマの後ろをついてくる。
「アン、何をするつもりだ?」
「兄様、そこは転移陣の範囲だから後ろに下がってください」
自分達が先程戻ってきた転移陣を踏むなとエルナンドを排除し、アンセルマはポケットからチョークを取り出す。
床に膝をついて片手で少し魔力を流して魔法陣を確認しながら何かを書き足していくがエルナンドにもエニオにもそもそも複雑過ぎて元々の魔法ですら理解出来ない。
「何をするつもりか言いなさい!」
「こちらからあちらの魔法陣を起動すると言ったではないですか」
「そんな事出来るのか?聞いた事がないぞ」
「出来る出来ないじゃなくてやるんです!」
「初見か?危なくないのか?!」
「人はありませんけど、物は実験した事がありますよ。兄様、ちょっと黙っていてくださいませ。集中できません」
アンセルマに叱られて背後からワァワァ言っていたエルナンドは口を閉じた。
ただでさえ複雑な魔法なのに横からごちゃごちゃ言われると集中力が途切れて間違ってしまいそうだ。
本当はアンセルマ自身が行きたいのを我慢して公爵家に留まっているのだからこれ以上は何か文句を言われる筋合いはないと思う。
アンセルマは脳内から周囲の音をシャットアウトして魔法に集中する。
こちらの屋敷は結界が張られていて害意がある人間は立ち入る事が出来ない。
と言う事は万が一魔法陣に敵が乗ってきてしまっても弾かれるはずだ。
ただそれは実証していないので、仮説でしかない。
万全を期して害意のある者は転移されないように魔法陣に細工する必要があるだろう。
今はリカルドがいないので答え合わせをしてくれる人がいないのが心配だが他にこれだけの魔法陣を理解できる人をアンセルマは知らない。少なくともこの家には居ない・・・そこまで考えて、アンセルマは腰にぶら下げている小物入れから魔石を取り出した。
アンセルマの賢者の石だ。
答えてくれるが、アンセルマが描いた魔法陣を確認してもらう事は可能だろうか?
とりあえず聞いてみる?
でもエルナンドとエニオがいるのに賢者の石を使って良いのか判断に迷う。
「兄様、エニオ。すみませんが10歩程離れて頂けますか」
「護衛対象とそんなに離れる訳にはいかない」
「じゃあ8歩・・・というかこの屋敷は結界があるって言ったではないですか。すぐ済みますから言う事を聞いて下さいませ!」
むぅと睨みつけるとエニオとエルナンドが顔を見合わせて頷き合い、2メートル程離れてくれた。
アンセルマは賢者の石を握った手を口元に持って行き、小さな声で話しかける。
「ヘイ、賢者の石。私にだけ聞こえる大きさで答えてね。私が描いた魔法陣が害意がある者を通さない様に出来てるか確認してもらう事は出来る?」
『ハイ、魔法陣に触れさせて貰えば可能デス』
小さい音で答えが返ってきて、アンセルマはそっと賢者の石を魔法陣に触れさせた。
一瞬手の中の魔石が光る。
『問題アリマセン』
「ありがとう。バイバイ」
『ハイ、ではまたあとで・・・』
賢者の石との会話を終わらせて再び魔石をカバンの中にしまう。
振り返るとエニオは誰かと通信していたが、エルナンドは再びアンセルマの近くに戻ってきた。
「もう良いのか?」
「はい、準備は完了です。あちらの状況が分かれば良いのですけど」
「エドゥアルドにでも連絡してみるか?」
「交戦中に無理ですよ。そもそも今あの屋敷って誰がいるのでしょう?」
「ライムンダ様と母上くらいだと思うが」
「キケや他の使用人達もいるでしょう」
「使用人達はその場に居合わせでもしない限り襲われる事はないと思うが」
「そんな事分からないじゃないですか!そもそも母様は戦えるのですか?!」
「うーん、未知数だな。子供の頃は剣を教わった事もあったが」
「イスベル様は魔法がお得意でしたから存外強いですよ。代々騎士団団長を務めるグロスター伯爵家の奥様が弱いはず御座いません」
そう答えたのはエニオだ。
エニオは母様と同年代なので学生時代の母様を知っているらしい。
うふふ、と可愛い顔で笑っておいて結構エゲツない攻撃を仕掛けてきたりするので武力大会でも16位以内には食い込む実力だったらしい。
父様がそのギャップにやられて求婚したのは有名な話だそうな。
父様の性癖がヤバいのではないか。
そういえば男装の麗人と言われるカルラ姉様を可愛い人と評するエドゥアルド兄様はその性癖を色濃く継いでいるのかもしれない。
「そんな母様をもってしても制圧出来ないとなると一体どれだけの侵入を許したのでしょうね」
「数は30人程度の様です。対するグロスター家はイスベル様とキケ殿とグロスター領の護衛が2人、それにライムンダ様だけですからなかなか厳しいかもしれません」
「どこ情報ですか?」
「旦那様で御座います」
「お義父様はどこからそんな情報手に入れたのかしら?」
「キケ殿からクストディオ様に向けて殴り書きの手紙が届いたそうです」
そんな話をしているとエドゥアルドからの通信が入る。
「アン、待たせた」
「リトラン!」
アンセルマが魔法陣に触れながら魔法を発動すると、エントランスの魔法陣がいつもと違う色を放って発動する。
気がつけば10人程の人間が公爵家のエントランスに立っていた。
ライムンダの姿はあるが母様や兄様の姿がない。顔見知りの使用人達ばかりだ。
彼らは急に転移した驚きにキョロキョロとしていたが、アンセルマの姿を見るとほっと胸を撫で下ろした。
だが誰も割と酷い怪我を負っている。
アンセルマはエリアヒールを掛け、クリーンの魔法を間髪入れずに掛ける。
自分の身に何が起きたのか全員が理解するより早くその中からライムンダが転げる様にアンセルマの元に飛び出してきた。
「姉様!」
「ライムンダ様、兄様達は?!」
「賊をそのままにはしておけないとお残りに」
「賊はどれくらい残っていますか?」
「まだ20人強くらいは居ると思います。ただエドゥアルド様とカルラ様に来ていただけたので逃げる隙が出来ましたけど」
「家に残っているのは戦える人だけですか?」
「使用人がまだ何人か。ただ台所に立て篭っている筈です」
「まだ厳しいですね。ライムンダ様が居ないとわかれば引くでしょうか?」
「まだ私が逃げた事は気づいていないと思います」
「まぁ転移陣があるなんて思わないでしょうから隠れていると思うのが普通ですよね」
考え込んでいたが、アンセルマはエニオに皆を頼み部屋に戻る。
エルナンドと2人きりの部屋で机の前に座り、アンセルマはちらりと横に立つエルナンドを見た。
その視線に気付いたのかエルナンドが首を振る。
「ダメだ、私はアンから離れないぞ」
「安全ならば良いのですよね?」
「良いわけあるか!」
「でも早くしないとグロスター領の方も危ないのではないですか?ソフィア姉様はあまり戦闘向きではないですよね」
ぐっとエルナンドが言葉を飲み込んだ。
きっかけはアンセルマだが、エルナンドもエドゥアルドも相性が良いだけあって妻を心底愛している。
カルラと一緒に戦っているエドゥアルドよりも家に1人残してきたエルナンドの方が心配は大きいに違いない。
アンセルマは再び賢者の石を取り出して、話しかける。
「ヘイ、賢者の石。特定の人に守護の結界を張る魔法陣を示して」
『ワカリマシタ。紙の上に私を置いて下サイ』
アンセルマが紙の上に賢者の石を置くと、一回発光して、紙が焼けた様に魔法陣が印刷されている。
アンセルマはそれを眺めて魔法陣を理解した。
「この空いている部分に名前を書けばいいのね」
『はい。ただし近くに居ない者には効果がアリマセン』
「魔力供給は賢者の石に頼める?」
『叡智の結晶との同時利用は不可能デス』
「分かった。さようなら!」
『サヨウナラ』
アンセルマは魔法陣に自分とエルナンドの名前を書き込んで、賢者の石を真ん中に置き魔法陣を起動させる。
戦いの時は自分で結界を張るのがセオリーだが、防具を付けている様な感覚がするものだ。
全身にすると鬱陶しいので心臓を守る胸当てと顔を守るお面の様な結界だけを張るのが主流である。
だが今回の結界は自分が発光している様な温かさを感じるだけで付けている感覚がない。
「兄様、温かいものに包まれてる感じしますか?」
「するが、そんな事よりその喋る魔石はなんだ?!」
「あれ?この石の事は聞いてなかったですか?これが賢者の石ですよ」
「聞いてない・・・」
「では他言無用です。口外したら公爵様に消されますよ」
「なっ!?」
アンセルマは結界の魔法陣を賢者の石ごと包んで再び腰に付けている小さな鞄にしまうと、壁にかけてある剣を一本掴んだ。魔獣討伐用の1番本気のやつだ。
帰ってきた時に脱いだマントを羽織り、グローブをする。
引き出しから使えそうな魔術具を取り出し、ズボンのポケットや鞄に放り込む。
「アン、ダメだ」
「兄様を倒してでもいきます。結界張りましたから怪我もしませんよ」
「だが万が一がある!」
「グダグダ言ってないで行きますよ、兄様」
「アン・・」
「兄様、ここからはアレハンドロ呼びでお願いしますね」
エルナンドを転移陣の上に引きずり、アンセルマはさっさと転移陣を起動する。
その瞬間、エニオが部屋に入った気がしたが、もう次の瞬間にはグロスター伯爵家に移動していた為その正否については確認出来なかった。




