公爵家でも溺愛されてます
夏野菜の実がなり出す頃になると、王子が婚約者のオルシーニ侯爵令嬢を遠避けるようになり、代わりに聖女候補のメラニア嬢と仲睦まじい様子があからさまになってきたらしい。
無下にされたオルシーニ侯爵令嬢はメラニア嬢への虐めには加担しておらず、これ幸いと王子と距離を置いているそうだ。
そもそも虐めている自称オルシーニ侯爵令嬢に近しい間柄を名乗る人達もオルシーニ侯爵令嬢に近付きたいだけの単なるクラスメートで、本当に自称に過ぎないのだとか。
ただのやっかみによる虐めに対して、オルシーニ侯爵令嬢はキッパリと無関係を主張し、いじめっ子達にも自分の名を勝手に語る不届き者として公然と注意したらしい。
オルシーニ公爵令嬢は王子や側近達に対しても他の目がある中で婚約者を持つ貴族としての振る舞いを度々嗜める常識人だそうだ。
婚約者が悪役令嬢ではない展開にアンセルマはどこか安心する。
そんなアンセルマを見ていつも王子の話をせがまれるアイダは首を傾げた。
「アンセルマ様も殿下の動向など気になるものなのですね。あまりそういったゴシップは興味がないのかと思っておりましたけれど」
「コルデーロ殿下の色恋には興味はないのですけど、その、リカルド様もガスパル兄様も元側近候補でしたから、今後も関わらないとは言えないでしょう?」
「アンセルマはリカルドまでメラニア嬢に粉を掛けられてないか気にかけているのよ」
「まぁ、アンセルマ様ったらなんて可愛らしいこと!」
度々会いに来てくれる友人のアイダはアンセルマがあれ以来公爵家にいる事もあり公爵夫人とも仲良くなった。
こうして3人でお茶会をする様になったのは案外早い段階からだ。
当初から何故か公爵夫人と意気投合したらしいアイダはこうしてリカルドとの仲をからかってくる。
前世ですら喪女だったアンセルマにはこういうからかいを上手く交わす術がない。
こんなやり取りがあった事を公爵夫人に晩餐で暴露されアンセルマは再び頬を赤らめる。
公爵はアンセルマがまだ聖女候補を気にしていると知り、微かに眉を顰めた。
「メラニア嬢などアンセルマの敵ではない。アンセルマの方がよほど聖女らしいではないか」
「私は何も聖女らしいことはしておりませんが」
「聖女と言うが魔力量もあの娘よりアンセルマの方が圧倒的に多いし、あの娘は光魔法が得意だとか言うがせいぜい中級魔法のさわりまでしか使えない。アンセルマは属性に関わらず全ての魔法を上級魔法まで使えるのに下なはずがないではないか。そもそも水魔法を使うと聖水が出るのなんてアンセルマ以外に聞いたことがない」
「聞けば自分がいるから西側の魔物が減ったとか言ったそうじゃないですか。それなのに浄化をさせたら半径2メートル程しか浄化されなかったとか。そもそも魔物が減ったのはお姉様や、お姉様のご家族が魔獣討伐に力を注いだからでしょう?人の手柄を自分のものにするような悪辣な人間が聖女なはずありませんわ!」
クールであまり無駄な事を言わない公爵も何故かアンセルマにはかなり甘い。
聖女候補と言われるメラニアをバッサリと格下と評価する。
それにライムンダもそれに乗っかってどこから仕入れたのか分からないがメラニアの情報を吐き捨てた。
「自分には前世の記憶があるとか言ってポテトチップスやマヨネーズ、酵母を作ってみせたそうよ。どちらも何年も前にアンセルマが特許を取って私達の領地で売っているし、そもそもジャガイモはアンセルマが育てたものでしょう。
作らせたポテトチップスはアンセルマの物のようにパリパリもしてなかったそうよ。マヨネーズは不味くて、しかも食した者は皆腹を壊したとか。提供された酵母は腐った匂いがしてパンは膨らまなかったそうよ」
最後に公爵夫人が更に聖女を全否定した。
あぁ、たぶん聖女様本物の転生者だと思います。
大分詰めの甘いヒロインだけれども。
転生モノの漫画や小説を読んで自分も出来ると思っていたのかもしれないが、ちゃんと覚えていなかったか料理が得意ではない人だったのだろう。
アンセルマだって農業高校の文化祭で自家製ポテトチップスを売ったり、地域貢献とやらで子供向けにマヨネーズの作り方を教えていたりしなかったらちゃんと作れたとは思えない。
アンセルマがマヨネーズを作る時には聖水を飲んで育ったサルモネラ菌を持たない鶏から卵を取り、殻ごと聖水で洗う様指導しているからお腹を壊す様な菌は滅菌されている。
しかし聖女は前世の勝手でそこら辺の卵を生のまま使ったのだろう。
海外で生卵が食されないの同様、日本の卵がいかに優秀かを理解していないと生食は出来ないのだ。
酵母については大学の研究室で培養など死ぬほどやらされたし、アンセルマは発酵自体を魔法を使って酵母を作っているので失敗する事がない。
「アンセルマを心配させるリカルドが悪いのではなくて?」
「御義母様、リカルド様のせいではなくて」
「そうですね。あとでまたじっくり話し合おうか、アンセルマ。僕が忙しくて最近あまり側に居られなかったから不安にさせてしまったのかな」
にっこりリカルドに笑いかけられて、ぶるぶると首を振った。
違います、違います、と否定するが食事が終わるとリカルドはアンセルマを部屋までエスコートするとそのまま部屋に一緒に入り、おいでと両手を広げる。
アンセルマは振り返ってドアが閉まっているのを確認してからおずおずとその腕の中に向かう。
メラニアの話を聞きたがるくせに何か聞く度に不安になって食が細くなるアンセルマがいくら笑ってみせても、公爵家の人々はアンセルマが不安定になる事に気づいている。
だからあぁして昼間あった話を家族で共有して、聖女候補の情報を教えてくれながらもメラニアなど取るに足らないから気にするなと励ましてくれるのだ。
いくら鈍感なアンセルマでもそれには気付いている。
皆に迷惑だから聞くのを止めれば良いと分かっているのだが、どうしても止められない。
動向が分からないと分からないでもっと不安になって更にひどい事になったから、今はこのリカルドに抱きしめてもらうというルーティンに落ち着いていたのだ。
リカルドはアンセルマを前からぎゅっと抱き込んで髪にキスをする。
「アンセルマ、今日はどんな一日だった?」
「午前中はいつも通り鍛錬です。アルギルダスでコボルトの群れに遭遇したのでキングの魔石だけ持ち帰りました」
「あとの死骸はどうしたんだい?」
「あとは全てエドゥアルド兄様に差し上げてしまったのですけど必要でしたか?」
「いや、大丈夫だよ。僕はアンが無事に帰ってきてくれればそれでいい」
「わ、私だって、リカルド様の無事を毎日願っております!」
言い返してみたけど恥ずかしくて、リカルドにぎゅっと抱きついてみる。
リカルドはふふと嬉しそうに笑って、アンセルマをそのまま抱き上げた。
急なことに驚いてきゃっと声を出してリカルドにしがみつくとリカルドは満足そうに微笑みながら長椅子にアンセルマを膝に乗せるようにして座る。
「アンセルマはお転婆で仕事の時は堂々としているのにどうして2人になると恥ずかしがり屋になってしまうのかな」
「だって、」
「だって?」
「す、好きな人の前では仕方ない事だと思います・・っ」
顔が赤いのを自覚しながら抗議すると、リカルドは恍惚とした様な笑みを浮かべた。
身長がグンと伸び、声変わりもしだしたリカルドはすっかり男の子から男の人になってきている。
どんどんカッコ良くなるリカルドがアンセルマをまた不安にする要因でもあるのだが、責めるわけにもいかない。
それでも一度そう不安を口にしてしまったアンセルマにリカルドは根気よく大好きだ君だけだとこう抱きしめて口説いてくれる。
「本当にアンセルマは可愛いね。どうしたら僕が君を愛していると信じて貰えるのだろうか」
「これは私自身の問題なのです。面倒な人間でごめんなさい」
「アンセルマ、君の問題は僕の問題でもある。2人で解決するまで話し合おうね」
「リカルド様、私も、大好きです」
伝えてくれるから、自分もなるべく伝えようと決めて、恥ずかしいけれど好きだと言葉にする様にしている。
その度にリカルドの笑顔が弾ける様に輝くのも好きだ。
アンセルマはリカルドの首にぎゅっと抱きついた。
このルーティンが始まった頃はいつも泣いていたけれど、最近は泣く程不安な事はなくなってきている。
それほどにリカルドが丁寧にアンセルマの相手をしてくれるからだ。
あと半年。
あと半年でリカルドは卒業し、その卒業パーティーで成人となる。
異世界あるあるでいけばその卒業パーティーで断罪イベントが発生するはずだ。
アンセルマはリカルドの婚約者としてそのパーティーに出席せねばならない。
その日が自分にとっても運命の日となるだろう。
「もう少しで君を名実ともに僕のものに出来る。それとももうこっそり結婚してしまおうか?」
「リカルド様は後悔しませんか?」
「なにを?」
「まだお若いのに私なんかを一生の相手と決めてしまって」
アンセルマとリカルドの結婚はリカルドが成人した後半年以内と既に両家で決められている。
その為既にドレスのデザインだとかアンセルマが言い出した引出物の準備が進み始めていた。
アンセルマの不安を取り除く為に少しでも早く結婚したいと言い出したのはリカルドだそうだ。ただどうしてもリカルドが成人する日よりも前には出来ない、というのが大人達の答えだった。この国では未成年同士の結婚など珍しくない。
それでも政治的理由でリカルドはそれはどうしても許されないようだ。
だがアンセルマはそんな理由よりも、リカルドが自分を安心させるだけの為に結婚などという一生の事を決めてしまおうとしている事に申し訳なく思っている。
もちろんアンセルマも結婚してしまいたいというのが本音だ。
結婚がゴールの異世界転生モノならば、結婚してしまえばその対象から外れる事は出来るだろうから。
リカルドにとってはこうしてアンセルマを安心させるのが面倒なのかもしれないが、アンセルマも申し訳ない反面、こうして抱きしめてもらえる時間が嬉しいとも思ってしまうのだ。
おずおずと聞いたアンセルマにリカルドはため息をつく。
「僕は君に出会ったその日から君と結婚すると決めている。今更な質問だね。アンセルマは僕よりも若いから僕と結婚するのは嫌なのかな」
「嫌なわけないです!私は早くリカルド様のお嫁さんになりたいもの!」
「じゃあ何故そう否定的な事を言うのだろうね?やはり僕が悪いのだろうな」
「リカルド様は悪くない。私、このリカルド様がぎゅーしてくれる時間も手放したくないだけなんです・・・ズルくてごめんなさい」
「おやおや、随分と可愛い事を言うね。でも結婚してもこの時間を止めるつもりは僕はないよ?」
「え?」
「なんで結婚したら止めるなんて思うのかな。むしろもっと触れる為に結婚するというのに」
不敵な笑みを浮かべるリカルドにアンセルマはビクリとする。
ただただ甘やかされてきたけれど、リカルドだってお年頃だ。
やりたい盛りに違いない。
本当はまだ結婚もしていない男女が密室で2人きりなど外聞が悪いから許される事ではないのだが、この時間だけは公爵の目溢しがあって許されているに過ぎないのだ。
こんなことをしていると世間に知られれば、リカルドはともかくアンセルマは淫売として後ろ指指される事になる。
そもそもアンセルマが公爵家に住んでいる事は秘密だ。
友人のアイダが遊びにくるのも不自然な為、最初の頃は転移陣で移動してグロスター伯爵家のタウンハウスで会っていたのだが、公爵夫人がアイダに仕事の一部を任せるという理由をつけて公爵家に呼び出すようになった。
実際、アイダと公爵夫人はアンセルマが居ない時でも2人で会って仕事の話をしているらしい。
アイダに、巻き込んでしまっているが大丈夫か?と聞いてみた事があるけれど、公爵家の後ろ盾を頂けるなんて願ってもない事ですのよ、とむしろ感謝されたのだった。
来年にはアイダの父親が治めるパンフィーリ伯爵領でもカディネ公爵家が管理しているアンセルマが特許を持つ魔術具の販売権が与えられるらしい。
パンフィーリ伯爵家はそう裕福な家ではない。
誠実な分損をする事も多い様だが、その分領主と庶民の関係も悪くないそうだ。
アイダとアンセルマが友達になったのは、アンセルマの方が声を掛けたのが始まりで、アイダは最初、伯爵家の中でももっと高位の令嬢達がアンセルマと友達になろうとしていたのもあり遠慮していた。
だがアンセルマがそういった令嬢達をまるきり相手にせず、アイダと数人以外には声を掛ける事もせずに1人でいるのに絆されたに過ぎない。
リカルドの手がアンセルマの頬をするりと撫でる。
少し武骨になってきた大きな手がアンセルマは好きだ。
その手に摺り寄せるように少し首を傾ける。
リカルドの熱がさっきより伝わって、アンセルマをより安心させた。
「アンセルマ、君は本当に不用意だな」
「え?」
「今の流れでそんな可愛い事をしたらダメだ」
はぁとため息をついて真剣に言うリカルドにアンセルマは素直に謝った。
理不尽なところはあるが、青少年の欲望も理解できる。
アンセルマも前世の記憶がある事で、外身と中身の年齢に差がある為にそういった事に忌避感がない。そのせいでさっさとリカルドに体を捧げてしまった方が気持ちは楽になれる様な気はするが、親達のリカルドへの信頼を裏切らせるのは申し訳が立たないとも思う。
理性で律するリカルドを煽る行為をしたのだと自覚してしゅんとする。
「あーダメだ。本当に可愛い」
「リカルド様?」
「ダメダメ、ほんとダメ。話を戻そう、アンセルマ。午後は?午後は何をしていたの?」
「午後ですか?午後は造船の方を少し回って、アイダ様と御義母様とお茶会をしました」
「造船、造船ね。暗車推進と水圧推進の進捗はどうかな?」
「やはり魔力の必要量が多すぎて、あの、私降ります」
真面目な話をする事で落ち着こうとしているのだろうが、アンセルマを膝の上に抱いたままでは落ち着きそうにないリカルドにお伺いをたてながら腰を浮かそうと身じろいだ。
しかしリカルドはがしっとアンセルマの腰を掴んでそれを拒否する。
「動かないでアンセルマ」
「あ、はい。申し訳ございません」
「アンセルマは悪くないよ。大丈夫。もう少しこのままで」
ふーっと息を吐きながら落ち着こうとしているリカルドに余計な刺激を与えない様になるべく動かず仕事の話を再開した。
なんだか変な感じだ。
「何か燃やすしかないかもしれません。石炭とか」
「石炭ね。煙が酷いが海ならばそう問題にならないだろう。港に近い時だけ魔力で動かす様にしたらどうかな」
「そうですね。それならばかなり楽になると思います。明日職人さんと話してみます。ただ自動車の方は石炭は無理ですね。木炭もあまり使いたくないですし」
「アンセルマに言われた通り、植林はしているが、他領ではやはり木の伐採が進んでいるらしい。枯渇するのも時間の問題だ」
「国として森林の保護を進めた方が良いと思うのですけど、御義父様にご相談してはどうでしょう?」
「今はどうしても優先してやらなければならないことがあるから難しいかもしれない。半年後を目処に成立出来る様に準備しておこう」
「分かりました。植林する苗の準備をしておきますね」
石油はこの国では採れないようだ。
存在を聞いたことがない。
オリーブの木は沢山あるので、油といえばオリーブオイルだが、オリーブオイルをそのまま燃料として使うのは機械を傷めるのでやりたくない。
あ、バイオ燃料!?
どうして自分の大学時代の研究テーマをすっかり忘れていたのか。
とうもろこしを作るのならバイオ燃料ができるかもしれない。
いや、そもそもオリーブオイルの作る工程の廃水でバイオ燃料ができるという話を前世で読んだ事があった気がする。
「リカルド様、オリーブオイル製造時に出る廃水とスギのおが屑を集めてもらう事は可能ですか?」
「排水とおが屑って両方ゴミだよね?」
「まぁ出してる人達にしてみればゴミですね」
「可能だとは思うけど、何に使うの?」
「燃料を作ります」
「なんでその2つなのかな?」
「ゴミだからです。オリーブオイルの排水を川に流して棄てていますよね?それで川が汚れて水が飲めなくなるという悪循環があります。トイレの改善の様にゴミから燃料が作れれば一石二鳥じゃないですか。持続可能な発展を目指しましょう!」
「父上に確認してみるよ」
落ち込んでいたと思ったら勝手に盛り上がって次の目標を立ててしまったアンセルマにリカルドはやれやれと笑う。
リカルド自身も落ち着いた様で、アンセルマを膝から下ろすと一緒にバイオ燃料の事業計画を立てていく。
やる事が決まり、悪役令嬢が居ないとなればアンセルマの不安もかなり薄れた。
これでもう少し頑張れそうだ。
あと半年。
リカルドが卒業するまで。
アンセルマは祈る気持ちでその日を迎えた。




