流通改革も考えたい不登校児
そんなこんなでリカルド5年生、アンセルマ2年生である。
とは言え相変わらずリカルドもアンセルマも仕事漬けの日々だ。
仕事と言ってもアンセルマにしてみれば毎日訓練がてら魔物を倒して、農家の指導をして、新しい魔術具を作るという趣味に生きる日々である。
残念ながらリカルドもガスパルも最近は別行動なことが増え、エルナンド兄様が一緒に居ることが多い。
「エルナンド兄様、私にばかり付き合っていてお仕事は宜しいのですか?」
「アン、これでも私は今、仕事をしているんだよ。宰相閣下の命令でね」
「不登校児の相手なんて不名誉ではありませんか?私、こんなに甘やかされていて大丈夫かしら?」
誰も学校に行きなさいと言わない。
アンセルマも行きたいとは思っていないので、行きたいと一度も言ったことながない。
リカルドもガスパルも学校に行っていないし、定期的にアイダが学校の様子を教えてくれるので行かなくて良いなら行きたくないというのが本音だ。
エルナンドがニコニコ笑いながらアンセルマの頭を撫でる。
「不名誉なわけないじゃないか。これは各領地経営の分散分析なのだから」
「他領の現状を知りませんけど、そんなに違うものですか?」
「今や我が領地は王都やカディネ公爵領に並んで憧れの街だよ」
魔導トイレは一般販売をとっくに始めているが、グロスター伯爵領等の様に強制交換ではない為に貴族や金持ちだけのものらしい。
その為他の領地は相変わらず糞尿で汚れているところも少なくないのだとか。
一般販売では糞尿の転送先を自由に設定出来る様にしてあるが、有機肥料の作り方までは教えていないので森や庭に穴を掘って埋めているのが普通だ。
その為衛生状況も良いとは言えない。
平民の間で病気なども流行り人口が減って税収が減った為に税率を上げるという悪循環になっている領地もあるそうだ。
色々な新しい技術を次々と発表して、どんどん進化していくカディネ公爵家とグロスター伯爵家は憧れと嫉妬を強く集めるハメになっている。
「今作らせている蒸気魔導列車が出来れば益々差は広がるだろうね」
「本当は自動車が作りたいのですけど」
本当は道路が汚れるのが嫌で馬車に代わる乗り物を作りたいと思っていた。
しかし魔道具でエンジン部分を作ろうとすると大量の魔量が必要となってしまい、一般人には動かすことが出来ない。
そこで蒸気機関車を思い出し、とは言え石炭を燃やすのは空気汚染に繋がったり、側の畑に影響を与えそうで嫌なので、ポットを沸かすのに使っている魔道具を改良しまくって蒸気機関車を開発したのだ。
長距離を行こうとすると水が大量に必要となる為、水を大量に積める列車から開発に乗り出した。
鉄を集めたり加工するのに苦労して構想から大分時間は経ってしまっている。
「王様は何も言われないのでしょうか。うちの技術を他にも与えて公平にしなさいとか」
「言うわけないじゃないか。そんな利益を取り上げるような事をしたらそっぽを向かれるのは王自身になってしまう」
「でも魔導列車は国家事業にしてほしいところです」
「線路を延ばすには結局、各領主の許可が必要となるから難しいところだね。是非乗り入れてくれと言う領主はいるだろうが」
「物流って大事ですよ。王都でお魚が食べられる様になるのも夢じゃないです!」
「アンはよく食べてるじゃないか」
「誰でもって意味ですぅ」
アルギルダス領が海に接しているので港がある。
魔獣討伐の際にそれを知り、アンセルマはおねだりして魚料理を食べさせてもらった。
王都では海から離れすぎていて干物や燻製、塩漬けやパテしか食べられない。
しかしアルギルダスは海が近いのでムニエルや煮物が主流だ。
だからアルギルダスに魔獣討伐や農業支援に行った際にはご馳走になるか、市場で買って帰るのでアンセルマはよく魚を食べているのである。
「まぁ、アルギルダスとグロスターの間には2領地しかないから案外近い内に叶うかもしれないな」
「アルギルダスは交易の要所ではありますけど、領地の殆どが険しい山で農地も少ないですから有事の際に部隊や物資を送る輸送路としても必要だと思います。魔法陣はありますけど、魔力にも限界がありますからね」
「兵站まで考えているなんてアンは本当に賢いな」
「いえ、私の目的はあくまでお魚ですけど、建前は必要だと思っただけです」
キリッと素直に本音を言うアンセルマにエルナンドは苦笑した。
自動車の次は船だろうか。
船といえばガレー船である。
つまり帆はあるものの風を使うのは追い風の時だけで、主動力は大人数の漕ぎ手が櫂を取る多くの乗務員が必要だ。
海岸沿いに航行し、向かい風だったり天候が悪ければすぐに寄港する。
効率が良い訳ではないのでどうしても商品は高くなってしまう。
これを改善するには船を改良する必要がある。
だけど残念ながら船の構造なんて知るはずもない。
宇宙を戦艦が飛ぶ某アニメは知ってるからなんとなく船の形は分かる。
でもあれは動力がオーバーテクノロジーだったはず。
某ロボットアニメに出てくる白い船の動力は核だったか。
他にも海上保安の女子生徒とかが船に乗ってるアニメとか好きで見ていたけど、どんな構造だったかまでは説明していないと思う。
きっと現代的な船だろうからエンジンのはず。
となるとプロペラか?あ、ウォータージェット?水を吸い込んで押し出す力で進めば良いのだ。
いやいやだから機関を動かす燃料が問題なんだってば。
とは言え蒸気船は某テーマパークで乗ったことがあるけど、海には向かないだろう。
スピード出なさそうだし、映画で有名な沈没した豪華客船も蒸気船だったはずだ。
なんとなく貿易には向かないと判断。
「アン、今なに考えてる?」
「え?えーと、船の構造です。もっと速くて人力に頼らない船は造れないかなと」
「列車の次は自動車じゃなかったの?」
「その次です。でも原理は似たようなものなのでどちらもあとは動力をどうするかだけだと思うのですよね」
「列車と同じではダメなのかい?」
「自動車には大きくなりすぎですし、船には力が足りない気がしてます」
「私には魚を食べたいという話がどうしてそこに到達したのかが気になるところだよ」
アンセルマは農地に出る時は認識阻害のメガネをして、軽く胸を潰してリカルドの古着を着て出掛ける。
腰に剣を帯びているし、髪は短くみえる様に結んでいるので知らない人間には騎士見習いに見えるはずだ。
農民達は顔馴染みばかりだから本当は女なのを知っているが、特にそれにアレコレ言う人間はいない。
契約魔術で縛られているとは言え、貴重な技術や知識を与えてくれるアンセルマに農民達はとても好意的だ。なんなら崇拝されている。
「アレハンドロ様、先日おっしゃってた藁が足りそうにもありませんです」
「そうですか。・・・では開墾した際のクスノキを使いましょう。手本を見せますね」
アレハンドロとはアンセルマの偽名だ。
農民の質問に嫌な顔をせず、アンセルマは代わりになりそうな物をすぐに思いついた。
視界の端に開墾した際にアンセルマが魔術で伐採しまくった木が積み上がっていたからだ。
共用領地にある為、農民に売るなり使うなりされても良いと思っていたが、元は直轄地だった事もあり領主の許可がないから誰も手をつけていないのだろう。
今となっては使われないで良かった。
本当なら農業用マルチシートを使いたいところだが、ビニールなどないので今回はウッドチップで代用だ。
作り方は簡単。木を粉砕すれば良い。
アンセルマは置かれた木に触れて魔術で粉砕を施す。
一瞬にして木は小さく砕かれ山となった。
「これくらいの大きさになる様に砕いて下さい」
「木ならばなんでも良いのですか?」
「いえ、虫が嫌いな木ではなくてはなりません。来年に向けては何か考えますね。今年は大変でしょうがこれを作る様にお願いします」
木の破片をいくつか手に載せて農民達に見せる。農民達はまじめに頷きながら話を聞いた。
アンセルマの様に魔法でこんな事を出来る人間はいない。自分でやるとなるとちまちま削っていかねばならないのだ。
それでも決して農民達は他の木も全部粉砕してくれとは言うことはなかった。
最初の頃にアンセルマに暴言を吐いた農民が領主の怒りを買って領地を追い出された、とか、他領に技術情報を漏らそうとした農民が急に破裂して死んだ、とか噂が流れているせいだけではない。
農奴と呼ばれ税を搾り取られるだけのもっと貧しい生活だった農民がアンセルマのお陰で自由を得たと知っているからだ。
他の貴族とは違う。
女なのに男の格好をして、アレハンドロという男の名を名乗り、野暮ったいメガネを掛けて印象は薄くても農民達には神よりも信じられる。
特にアンセルマと接した農民達は「自分で出来る事は自分でしなくてはいけませんよ」と言いながら、温室や共同風呂を領主に作らせたり、魔獣を退治してくれるアンセルマを聖女だと思っているのだ。
だがアンセルマ本人はそれを知らない。
お礼を言われても、領主様のお陰ですよ?と首を捻るくらい自分の功績だとも思っていないからだ。なんなら領主様にお伝えしておきますね、と笑う。
農民がいくら褒め称えようとアンセルマは皆さんお世辞がお上手ですねと全く意に介す事がないので、農民達も言葉ではなく結果で返そうとしているのだった。




