お義父様の魔術具
「おはよう、アンセルマ」
「おはようございます、お義父様」
「ふむ。今朝は顔色が良いな」
かなり早く降りたはずなのだが、食堂の手前で公爵に追いつかれた。
そんなに変わらないと思うのに、公爵の呟きにアンセルマは自覚していなかった自分を恥じる。
グロスター伯爵家の娘として、カディネ公爵家の嫁として、すぐに顔に出る様ではダメだ。
「申し訳ありません」
「何故、謝る?」
「機微を顔に出すなどあるべきではありませんでした」
「家族なのだから構わない。それにまだ子供ではないか。お前は心配事を抱え込みすぎる。私に言えなくても、リカルドには話す様にしなさい」
「努力します」
「考えすぎるな。お前のその感受性の鋭さは私達の気づきになる」
いつも表情ひとつ家では変えない公爵が穏やかな笑みを浮かべてアンセルマの頭をポンポンと叩く。
やっぱりリカルドの父親であり、国を動かす宰相なのだなとアンセルマは実感した。
安心感が凄い。
公爵にエスコートされて食堂に入るとまだ誰も来ていない様だ。
そもそも本来この国に朝食を取るという習慣がない。
グロスター伯爵家では朝に訓練をするのもあってお腹が空くので、アンセルマ推奨の朝食はすぐに受け入れられた部分が大きい。
野菜のスープに白パン、ベーコンエッグかスクランブルエッグにソーセージなどだ。
その方が頭の回転も良いはずだ、と主張するアンセルマの言葉に当時食べ盛りの学生だった兄達も賛同した。
カディネ公爵家でも同様に朝食を取る様になったのは婚約をして半年経ったあたりかららしい。
親同士がアンセルマ考案により変わったものを挙げている内にそう言えばと話題に上がり、それまで朝何も食べずに仕事に出掛けていた公爵が試して合理的だと判断したようだ。
なのでこの国で朝食をしっかり食べている貴族はきっと我々くらいのものだろう。
そのせいもあって公爵家は個人の都合に合わせてバラバラの時間に朝食を食べる。
アンセルマが公爵家に泊まる時はいつもリカルドがアンセルマに時間を合わせてくれているので2人きりのことが多いが、今朝はいつもより少し早く降りてきた為にリカルドはまだ姿を現してないのだろう。
「アンセルマ様もミルクで宜しいですか」
「お願いします」
グラスに水とミルクが注がれる。
公爵も同様だ。
普通、エールかワインを飲むのが一般的だがそれは水が綺麗ではないからである。
グロスター伯爵家とカディネ侯爵家、今ではアルギルダス伯爵家ではアンセルマが定期的に樽につめた聖水を飲んでいる為に水を飲む方が多いらしい。
その頃にはリカルドも降りてきて食事に加わった。
「おはよう、アンセルマ。今日は少し早かったのかな」
「おはようございます、リカルド様。いつもより準備が早く済んだので少し早かったみたいです」
「そう。ご飯を食べたら昨日あまり相談出来なかった新種の件を話したいけど良いかな。何かしたい事は他にある?」
「昨日作った魔術具の原石を頼まれてますが、すぐ終わります」
「あぁ、あれね。すっかり元通りになってしまっているけど、今日はもう巻かないの?とても可愛かったよ」
「今はお義母様が持っていらっしゃる一本しか魔術具がないので量産出来たらまた巻きますね」
「ライムンダが昨夜髪を見せにきたよ。同じ魔術具で全く違うものが出来るのはなかなか興味深い」
リカルドとのやり取りを見守っていた公爵が珍しく話に加わる。
どうやら公爵夫人が朝食に居ないのは朝から髪の巻き直しに侍女達と奮闘しているかららしい。
「たまには私も何か作ってもらいたいものだ」
「何か困り事があれば教えて下さい。考えますので」
「ふむ。自分ではなかなか考えつかないものだ。一度アンセルマを私の仕事に付き合わせてみるか・・・」
不穏な公爵の呟きにアンセルマはただ笑っておく。
アンセルマが作った物は特許の申請の都合上、公爵家が全て管理しているのでほぼ漏れなく公爵家にも提出されている。
その為公爵もそれら全て目を通しているはずだが、確かに公爵の依頼に起因したものは一つもない。
通信機の改良版などを頼まれて作った事はあるが、あくまで改良のお願いだ。
最近は農機具や魔獣討伐用の魔石装填型銃や結界、美容関連ばかりだったから、特に文官である公爵にはあまり関係のないものばかりだったかもしれない。
食事を終え、公爵をリカルドと玄関ホールまで見送るとそのまま階段を上って、部屋へ戻った。
さっさと魔石に魔術を施し、侍女に渡す。
その背後でリカルドが机の上に地図を広げた。
アンセルマはリカルドの隣に座って地図を眺める。
この国の領地が描かれた地図だ。
「東のヴィート伯爵領だとこの辺り、南だとツェーリング伯爵領のこの辺り、中央だとカディネ侯爵領のここら辺。南西だとグロスター伯爵領のこの辺り、西だとアルギルダス伯爵領のこの辺りが今回許可を得ている畑だ」
「グロスター領のその辺りはまだ耕していない土地でしたよね?」
「そうだね。木は生えていないが今は野原だ。だが、アンセルマなら耕すのなんて一瞬だろう?」
「まぁそうなのですけど。指定された畑は全部使う必要がありますか?」
「種は十分にあるから植えようと思えば全部使用出来るが、どこか一箇所で初年度は試したいという事であればそれでも構わない」
確かに魔術を使えば耕すのなんで一瞬だ。
土を作るのも。
だがアンセルマはなるべく農民が出来ることは農民にさせる様にしている。
土造りもグロスター伯爵家が主導はしているが、作業をしているのは平民だ。技術は使ってナンボなのだから。
ただ時期を考えるとさっさと種を植えてしまわなければならない時期だ。
種が安定供給されるかも分からないから来年に向けて種も作る必要がある。
「グロスター領では種を作る為の畑を作ります。レモンは木になります。2年くらいは商品にならないと思うので、農家の方にお任せするのは気が引けますね。ほうれん草以外は暖かいところが良いのですけど」
「ではレモンは公爵家の直営地で育てる事にしよう」
「それは助かります。後はどれも連作障害がありますから来年からは輪作に加える必要がありますね」
今まで農家は土造りを多少していた家もあったようだが、基本的に連作していたらしい。
アンセルマによる農機具の開発により同じ労力で広大な畑を耕すのが可能になり、アンセルマが関わっている農地では基本的に領主の管理下で農業が行われる様になった。
その為畑ごとに作る作物も管理されており、土地もあるのでヨーロッパの三圃式農業、北海道の輪作体系を領地の特性に合わせて2年以上連続で同じ作物を作らない様に領地内で循環させている。
この国はいわゆる荘園制度だ。
基本的に領地は全て領主のものだが、領主直営地は収穫物は全て領主のもの、農民保有地は農民から地代を取って農民に保有させるもの、共有地となっている。
とは言え他の領地の直轄地ではタダ同然で働かされたり、農民や商人も何かと税金を取られる事になるのが普通だ。
しかしアンセルマ関連の領地の直営地では給料が毎月貰えるし、農民保有地では種、肥料、農具、指導の提供があり、一定数収穫物を必ず領主に売る契約となっているものの余剰分については自由に売買できる様に改訂した。
何より農地は他の商売に比べ税金が安くなるというのもあり、頑張れば頑張る分だけ儲かるので活気付いてきている。
直轄地の労働者には風呂付きの寮を作った事もあり、他領地からの夜逃げ農民が多い様だ。
中には直轄地の仕事で金を貯めて移住してくる家族が出始めたらしい。
「労働者はどうするのですか?」
「直営地で3年真面目に働いた者に家を無償で提供する条件である程度の募集はかけてあるそうだ。5年真面目に続ければその家や農地を他の農民と同様に貸し与える事になる」
「永住権が与えられるわけですね。良いと思います」
決めた事を書き溜めるのはいつもリカルドの仕事だ。
リカルドは記憶力がすこぶる良い。
アンセルマが街中で独り言の様に考えに耽りながら言ったことも、魔術具を一緒に作りながら次はこれを作りたいと言った事もその場ではメモなどしないくせに後で分かりやすく整理して紙に書いてくれる。
ボイスレコーダーいらずだ。
そう思った瞬間、ひとつ閃いた。
「録音・・・あ、音声入力?あ、プロジェクター?」
「アンセルマ、ぷろじぇくたとは何?」
「投影機、ですかね。一枚の紙を魔術具の上に置くとそれが皆に見える様に壁の白いところに映し出される様な機械です」
「録音は?」
「私たちが話している声を記録してあとで聞ける様にする魔術具でしょうか」
「音声入力は?」
「喋ったことがそのまま文字になって紙に転写される魔術具ですかね」
「2人ならば特に必要ないと思うんだけど、何故今思いついたのかな?」
「お義父様の為の魔術具ですよ。そういえばお義父様の為に魔術具を作ったことがなかったなと思いまして。私はいつもリカルド様が書いて下さるから心配ないのですけど、他の方は困るだろうなと思ったのです」
自分が書くのだから必要ないだろうと言いたげなリカルドにアンセルマは慌てて釈明する。
公爵の仕事に連れ回されるのなど恐れ多くて怖いので、その前に献上しようと考えていたのだと。
案はもちろん前世で会議中に使っていたものを思い浮かべただけだ。
なんならWEB会議とか出来たら良いんだろうけど、今は通信機が出来ただけでもマシだろう。
とは言え、通信機は軍事目的で悪用される危険があるとかで結構な機密扱いとなっており、持っているのは限られた人間だけだ。
一台だけ持ち主が分からない通信機を作らされたが、興味がないので誰が使うのか聞いていない。
個体番号は分かっているので電話しようと思えば出来るのだが。
「父上は基本的に王宮だから仕事に同行する事にはならないとは思うけどね」
「そういえば私、お城を見たことがありません」
「あんな所、近付かない方が身のためだ。成人したら嫌でも行かないと行けないのだから」
「社交界がありますものね」
「アンセルマと踊れるのは楽しみなのだけどね」
そう言ってリカルドは笑った。




