ファッションリーダーなお義母様
辿り着いたのは自分の家ではなく、公爵家である。
誰がいつの間に連絡したのか、既に髪結いがスタンバイしていてアンセルマのチグハグになった髪を綺麗に切り揃えてくれた。
そのまま風呂に入れられ、服に着替える。
よく泊まりにくるからもはや第二の家みたいに馴染んでいるが、伯爵家のアンセルマ付きの侍女のララまで居て流石のアンセルマも用意され過ぎている事に違和感を覚えた。
着替えを終えると同時に入ってきたのはリカルドではなく公爵夫人だ。
「あら、アンセルマ。また可愛くなったわね」
「御義母様、急でしたのに色々お心遣いありがとうございます」
「何を言うの、アンセルマ。いつでも来て欲しいと言っているでしょう?ちょうどアンセルマにお願いがあったのよ」
「お願い、ですか?」
「えぇ。新しい種を入手したから少し離れた豆を作っている農地を潰して試したいのだけど、リカルドと一緒に行って指導をして欲しいのよ」
「構いませんが、どちらの領地でしょうか?」
「候補はいくつかあるのだけど、後でリカルドと決めてくれる?グロスター伯爵の了解は得ているわ」
「分かりました。ちなみになんの種ですか?」
アンセルマの問いに公爵夫人は後ろに立つ執事に合図する。執事が差し出した紙にはこの国では馴染みのない野菜ばかりだ。
ナス、ホウレンソウ、スイカ、レモン、トウモロコシ、トマト、カボチャ、落花生。
まずは野菜畑を広げるのを優先する為にジャガイモ以外は既存の野菜ばかりを育ててきたので種類が少ない。
新しい野菜はアンセルマのここ最近の望みだったが、誰にも言っていなかった筈なのに取り寄せてくれていたようだ。
「随分ありますね」
「ちょっと大変かもしれないけど、野菜を食べ始めて体調が良くなったという方も増えたでしょう。そろそろ新しいものも喜んで受け入れられる土壌は出来たと思うのよ」
「そうですね。私も是非新しいお野菜食べたいです」
「じゃあお願いするわね。あとはリカルドと相談して決めて頂戴」
「承知致しました」
憂鬱だった気分が新しい物を作れる環境が整った事にかなり薄れた。
公爵家にとって価値がある内はきっと早々に切り捨てられる事もないだろうと。
野菜の種類が書かれた紙を眺めて自然と笑みが溢れたアンセルマに公爵夫人もにこりと笑う。
「私も髪を切ろうかしら」
「私、切るよりもお義母様にお似合いになると思う髪型があるのですけれど」
「まぁ、何かしら?」
「毛先を巻いたら素敵だと思うのですよ」
「巻く?」
「ちょっと道具を作りますから、後で触らせて頂いても宜しいですか?」
「まぁ、楽しそう。楽しみにしているわね。エニオ、アンが必要な道具を揃えてあげて」
「畏まりました、奥様」
お母様はゴージャスな美人だ。
きっとコテで巻いたらゴージャス感が増してとても似合うに違いない。
大人の女性は正式な場では結い上げるのが主流だが、お茶会などでなら下ろして行っても問題はないはずだ。
今は皆ばかみたいにサラサラストレートを誇示し合っているが、そんな中、ファッションリーダーである公爵夫人がふわふわにして行けばまた流行など変わるだろう。
公爵夫人が部屋を出ていくのを見送って、アンセルマは執事のオダリスに必要そうな材料の調達を頼む。
エニオが部屋を出ると今度はライムンダが部屋を訪れる。
「お姉様、少しお邪魔しても宜しくて?」
「どうぞ、ライムンダ様」
ライムンダはいつもの様にアンセルマが前回出した宿題について質問をし、次の課題をせがむ。
普段通りを装っているようだが、チラチラとアンセルマを盗み見ていて髪が切れたのを心配して見にきたのは鈍感なアンセルマでも気づいた。
微笑ましくてつい笑ってしまう。
「そんなに心配して頂かなくても、髪が切れたのは自業自得ですし、長い髪に思い入れはありませんから本当に気にしていないのですよ」
「私、髪の事など口に出しておりませんわよ?!心配などしておりませんし!大体何故怪我をしない様に結界を張っておかなかったのですの!?」
「学校であまり魔法を使わない様にしているので他の学生と同様、顔と胸にしかかけておりませんでした」
「迂闊すぎませんこと?!お姉様はもう少しご自身を大事にして頂きたいですわ!私の家庭教師で、お兄様の婚約者なのですから!」
「そうですね。公爵家に相応しくないと言われない様にもっと精進致しますね」
今日もツンデレだな、とほっこりしていたのだが、最後のアンセルマの言葉が気に入らなかったらしい。
顔を真っ赤にしてライムンダは立ち上がる。
「お姉様以上に相応しい人なんて他にいる訳ないでしょう!?」
「世の中には素敵な人が大勢居られますから。学校に行けばライムンダ様も色んな方と出会えますよ」
まだ家で勉強しているだけのライムンダの視野は狭い。
外の世界で色々見れば、アンセルマ以外にも色々な事に長けた人間がいる事に気づくだろう。
兄の婚約者が凄いと思ってくれているのは有り難いが、凝り固まった偏見で世の中に出て打ちのめされるのはライムンダだ。
アンセルマにとっては大切な教え子の為の助言だったが、まだライムンダには理解出来なかったのかもしれない。
「お姉様のばかっ!」
可愛い捨て台詞を残し、ライムンダは部屋を出て行ってしまったのである。
ライムンダが去って少しすると、今度はリカルドと思いきや義母の侍女であるオダリスがエリオに頼んだ材料を持って部屋を訪れた。
「早すぎません?!」
「屋敷内にある物だけでしたので」
コテを作る為に頼んだものは取手の付いた円柱に魔石をくっ付けたものだ。
アンセルマが提案した通りにハンドル付きのめん棒の片方のハンドルを取り、そこに魔石を埋め込んだものである。
コテと言っても魔術を使うのだからそれ自体を熱くする必要はない。だから木製で構わないのだ。
使われていないめん棒がたまたまあったというのがラッキーだった。
アンセルマは熱を与えて冷やし一定時間固定するという効果を付加する。
コテはすぐに出来た。
試しに自分の髪を内巻きにしてみたが問題なさそうだ。
「お義母様に出来ましたとお伝えしてください」
「完成したらお連れする様にと仰せ使っております」
「では参りましょう」
オダリスに先導され公爵夫人の部屋を訪れた。
初めて訪れた公爵夫人の私室はアンセルマの部屋と違って割と華美だが品がある。
公爵夫人らしいと言えば公爵夫人らしい部屋だ。
「あら、アンセルマの髪型も可愛いわね。それもその魔道具でやったのかしら?」
「そうです。ただお母様にやって頂きたい髪型は全然違いますので」
「楽しみだわ。さっそくお願い出来るかしら」
「それでは失礼致しますね」
鏡台の前に座る公爵夫人の後ろに立ちコテを巻いていく。
前世でそれなりに自分の髪や友達の髪を巻いてきたのだからお手のものだ。
今後やる事になるだろう侍女にもmix巻きを教えながら巻いていく。
思った通りのふわふわに出来上がったヘアスタイルは思った通り公爵夫人にとても似合う。
「まぁ!まぁ!アンセルマ、これはとても斬新ですけど、とても良いのではなくて?!」
「はい。とても豪華な感じがしてお義母様にとてもお似合いだと思います。ハーフアップにして装飾を付けるのも良いかと思いますけれど」
「これはどのくらい維持できるのしら?」
「今は6時間に設定していますが、もっと短くも長くも出来ます。すぐに解除したい場合はこちらの魔法陣をお使い下さい」
「これは旦那様にも見ていただかなくてわ!これはきっと流行るわよ。アンセルマ、原石となる魔石を用意しておいてくれる?」
「分かりました。後で作っておきますね。巻く筒の太さによって雰囲気も変わりますから試してみてください」
美容大好きな公爵夫人は色々アレンジが効くと知り大興奮だ。
化粧水やファンデーション、口紅やマスカラなどもうマイナーチェンジだけでコスメはやり切った感があったし、服装についてもドレスとなると提案し尽くして最近目新しさがないとアンセルマ自身も感じていた。
そんな喜ぶ姿を見ているとまだ楽しませる事が出来るのだとアンセルマも嬉しくなる。
リカルドも勿論、アンセルマはもう公爵家の皆が大好きなのだ。
「アンセルマ、貴方はやっぱり何かを作っている時が一番楽しそうね。学校はつまらないのではなくて?」
「授業はもう学習を終えている事ばかりですから時間は勿体ないと感じます。でもお友達も出来ましたから無駄な事ばかりじゃないですよ」
「パンフィーリ伯爵令嬢のアイダ嬢ね。今度私にも紹介して頂戴」
「機会がありましたら」
「私もライムンダも昼間貴方と会えなくなってとてもつまらないの。来年ライムンダが学校に通い出したらもっとつまらなくなるわね」
貴方達に出会う前の生活がまるで思い出せないわ、と公爵夫人が嘆く。
だが今でもライムンダにはアンセルマ以外にも色々な家庭教師が付けられているから、公爵夫人が直接教える事はない。
せいぜいお茶をしながらマナーについて注意をしたり、食事の際に日々の成果を聞いてアドバイスする程度だ。
ライムンダが学校に通う様になった所でそんなに生活が変わるとも思えない。
アンセルマの母や義姉のソフィアとお茶をしながら国政に忙しい夫達に代わり色々と手広く商売をして領地運営をしている人が何を言っているのだと思ってしまう。
「貴方もう学校に行かなくても良いのではなくて?卒業証書さえあれば構わないでしょう」
「そんな事出来るのですか?」
「出来るわよ。全学年分のテストは受けて合格点を取らなければならないけどね」
「では何故リカルド様はなさらないのですか?」
「政治的理由に過ぎないわ。貴方の兄もね」
つまりは側近はやめたとは言え王子が在籍しているからという事なのだろう。
正直、学校は苦痛な部分が大きい。
だがリカルドとガスパルがまだ学校に通うなら、聖女だかヒロインが近づくのを察知する為にも学校に通っていたかった。
阻止出来ないにしても、自分の預かり知らぬところで事が起こって認識出来ないまま退場させられるのは堪らないからだ。
「リカルド様が通われている間は私も通っていたいです」
「リカルドだって殆ど行ってないのも一緒でしょう。学校を卒業してしまえば今よりもリカルドと一緒にいる事はできるわよ」
「でもそうすると私が学校に入れなくなってしまいます」
「貴方は学校でリカルドの側に居たいのね。もしかしてリカルドの浮気を警戒しているのかしら」
ズバリ言い当てられてアンセルマは言葉を失った。
浮気を疑ったわけではない。
強制力に怯えているだけだ。
だがそれをアンセルマの都合を知らない公爵夫人に言うわけにはいかない以上、浮気を疑ったと思われても仕方がない。
アンセルマが口をつぐんだのに、公爵夫人は心底楽しそうに声を上げて笑う。
「リカルドったらあまり信頼されていないのね」
「違います。浮気を疑っている訳ではないのですけど、その、私なんかより魅力的な人が大勢いらっしゃるので・・・」
「アンセルマ。貴方どうしてそう自分に自信がないのかしら?貴方より魅力的な子なんて居るわけないじゃない」
それは今はまだ公爵家にとって利益がある存在でいるからだ、と思うがアンセルマは言葉にはしなかった。
自分でも卑屈だと思う。
カディネ公爵家も、グロスター伯爵家も価値だけでアンセルマを可愛がってくれている訳ではないと信じている。
だけど、強制力にはきっと逆らえないのだ。
アンセルマを皆が溺愛する事になったのもまた強制力なのだから。
「じゃあ、リカルドと同じ学年まで飛び級して一緒に通ってはどう?」
「それでは目立ってしまいますので」
「そうね、王子に目をつけられでもしたら大変だわ。じゃあ卒業についてはリカルドが卒業する時にまた考えましょう」
リカルドと一緒に卒業できるのならそれは有難い話だ。
アンセルマはそれまで何事もなく平穏である事を願った。




