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予定調和と希望的観測の敗北

「次は僕達だね。アンはこのまま魔法は使わないつもりかい?」

「それは時と場合によりますね。兄様も今まで通り魔法も使って下さいませね」

「良いだろう。アンが魔法を出さざるをえないくらい追い詰めろという事だな」


リカルドとすれ違いに2人は舞台に上がる。

すれ違い様リカルドが小声で気を付けてね、と声を掛けてきた。

これはどう捉えたら良いのだろうか?

やり過ぎには気を付けろなのか、ガスパル兄様が何か隠し玉を隠しているから気をつけろなのか?

向き合ったガスパルが真面目に剣を構えたのでアンセルマも余計な事を考えるのは止めた。

兄様とはよく打ち合っているが、いくら運動神経の良いアンセルマでも魔法なしでは勝てる確率はかなり低い。

体格や力の差があって勝てるのはうまく懐に入り込めた時だけだ。


開始の合図と共にガスパルが今までの試合同様風を撃ちつけてくる。

これだけで対戦相手はなす術もなく場外に吹っ飛ばされ剣も飛ばされて続行不能で瞬殺されていたらしい。

他の生徒が予備動作なしに見えるガスパルの魔法も王宮魔導士を超える実力を持つアンセルマには丸見えである。

アンセルマは開始と共にガスパルの横をすり抜け、ガスパルを盾に暴風をやり過ごした。

そもそもこれはアンセルマが武道大会が面倒だと言うガスパルの為に考えてあげた技だ。

自分でひっかかるわけがない。

背中に向けて剣を振り下ろすが、魔法の力で弾かれる。

お互い剣のみで撃ち合い始めると会場が騒めき始めた。


「妹は地味で似ていないと思っていたが実力は本物の様だな」

「ガスパルが誰かと打ち合ってるのなんてリカルド以外で初めて見たぞ」

「妹相手だから手を抜いているのではないか?」

「このままいくと妹が3位もありうるぞ!?誰か妹に賭けた奴なんているのか??」


一年生に話はきていないが、それ以外の学年は毎年1位から3位を賭けているらしい。

とは言え今年は1位2位の順位が変わるくらいで3位はバレンティンでほぼ全員が賭けていたのだろう。

今のところリカルドの婚約者はガスパルの妹のくせに頭は良いが地味で大人しい、という噂しか上の学年には流れていないらしく、アンセルマの名前を挙げている人などほぼ居ないようだ。

そんなやりとりを遠くで聞きながらアンセルマはガスパルに力負けしない様にフットワークを使って撃ち合い続ける。


「兄様は誰に賭けたんですか?」

「希望的観測に」

「答えになってません」


ガスパルの剣が真っ直ぐにアンセルマ目掛けて突き出された瞬間にアンセルマは身をかがめてガスパルの懐に入ろうとした。

上手くいったと思った次の瞬間、スローモーションの様にフワリと浮かんだ自分のお下げがガスパルの剣先に突かれるのが視界の端に映る。


「「あ、」」


声を上げたのはガスパルも同時だった。

三つ編みを止めていた紐に束ねられたままアンセルマの長い髪の先が20cm程斬られて床に落ちる。

アンセルマはその視線の先で立ち上がったリカルドの表情が気になって、剣を構え損ねたままガスパルに顔面から激突した。

ガスパルは咄嗟にアンセルマを抱きしめる様に受け止めてくれる。

ぶつかった衝撃にアンセルマがかけたメガネも地面に落ちた。

サラサラの髪が紐を失った事で片方だけ肩に滑り落ちアンセルマの横顔を覆う。


「アン、大丈夫か!?」

「兄様、ありがとうございます。眼鏡・・・」


兄の腕から逃れて眼鏡を拾おうとするが、ガスパルはかえって腕の力を強めた。

客席側はちょうど髪で顔が覆われているが普段している眼鏡がないと心許ない。

あれには軽い認識阻害の魔法が掛かっていて、特にカディネ公爵家とグロスター伯爵家、最近では母と兄嫁達の実家に悪意を抱く人間には強い認識阻害がかかるようになっているのだ。


「兄様?」

「やばっ・・・」


ガスパルの呟きに兄の顔を見上げ、視線を追うように後ろを向くと、そこには落とした筈の眼鏡が差し出されている。

ガラスにヒビが入ってしまっているが、使えないことはない。

何気なく受け取ろうとして、その手の先の持ち主が久しぶりの黒い笑顔である事にやっと気づいた。


「アンセルマ、試合はここで棄権するよね?」

「え?」

「き、け、ん、するよね?」

「あ、はい。棄権します。眼鏡も壊れてしまいましたし」

「審判、アンセルマはここで棄権するそうです」


アンセルマに眼鏡を掛けさせ、ガスパルの腕からアンセルマを攫うと足下を掬い上げて横抱きにする。

流れる様な動作にアンセルマは抵抗する間も無くリカルドにお姫様抱っこされ競技場を降ろされた。

息を呑んで見守っていた客席がざわめき始める。

先程までリカルドが座っていた出場者の待機場所となっている少し日陰の椅子に下ろすと、リカルドはアンセルマの前に膝をついて手を取った。


「リカルド様」

「仇は取るからいい子にしていて?」


アンセルマの指先にキスをしてリカルドは再び壇上に戻っていく。

壇上ではガスパルがアンセルマの落ちた髪束を拾い、ポケットから出したハンカチにそれを包んで再び自らのポケットに突っ込んだ。

転移魔法で何処かに転移させたらしい。

綺麗で長い髪は貴族女子のステータスみたいなところがある。

お金持ちだからこそ毎日お風呂に入れるし、石鹸も使えるからだ。

特にアンセルマは自作のシャンプーを使っているからダントツに綺麗なのだが、いつも三つ編みにしているので学校でそれを知られていない。

リカルドやガスパルも最初の頃はツヤツヤな髪の秘密を尋ねられたらしいが、我が商会の石鹸をよく泡立てて贅沢に使う事だよと宣伝して誤魔化したそうだ。


長い髪に拘りもないし、髪が切れた事のショックもない。

ただリカルドの黒い笑顔や、突然のお姫様抱っこに驚いているだけだ。

少しの間呆けてリカルドの後ろ姿を見つめていたが、自分の髪がぐしゃぐしゃなのを思い出してもう片方の三つ編みを解くと紐に認識阻害の魔法を付与をしてひと結びにする。

決勝が終われば3位決定戦があるはずだが、割れた眼鏡をしたままなのも邪魔だから外したい。だが認識阻害の魔法を常に纏うと皆に約束させられているのだ。

壇上ではリカルドとガスパルが向かい合って剣を構える。


「ガスパル、お前という奴は」

「あれは不慮の事故だろ?!」

「だから気を付けろと言ったのに」


レベルが違う。

始まった打ち合いは剣がぶつかり合う音からして他の学生達とは一線を画す。

学校では本気など出した事がないだろう2人が珍しく本気で打ち合い、撃ち出した魔法の衝撃で保護魔法が掛かっている筈の床に何箇所も傷を付ける。

何故かアンセルマの方向には飛んでこないが、客席側にたまに流れ弾が飛ぶのを見守る先生方が一生懸命魔法壁で防ぐのに忙しそうだ。

なかなか興味深い戦いではあるのだが、会場をこんなにボロボロにしてまで2人が手の内を明かして良いのだろうかと思う頃、剣を下ろそうとしたガスパルが足を滑らせ盛大にすっ転ぶ。

リカルドが足元に氷を仕掛けたらしい。

こうして最後はあっけなくリカルドの優勝が決まった。

3位決定戦についてはバレンティンの意識が戻らず不戦勝となり、アンセルマが滑り込んだ。

試合を終わらせ早々に競技場を降りたリカルドは、再びアンセルマを抱き上げ会場を後にする。


「リカルド様、私どこも怪我してませんよ?」

「髪が切れたじゃないか、綺麗なアンの髪が」

「そろそろ切ろうと思ってましたから問題ないですよ。肩くらいまで切ってしまおうかしら?」

「アンセルマ・・・」

「リカルド様は短い髪型はお嫌い?」

「アンセルマはどんな髪型だって可愛いよ。肩くらいだと出会った頃を思い出すね」


出会ってから5年。

リカルドはずっとアンセルマを守ってくれている。

アンセルマにとって大好きで大切な婚約者だ。

しかしリカルドが自分の事を本当はどう思っているのか心配になる。

自分が願ったばっかりにリカルドは自分を溺愛しているだけではないのか。

今は新しい物を生み出す自分の価値に面白いと思ってもらえているが、いつか飽きられてしまうのではないか。

もしも異世界転生あるあるで別にヒロインが現れれば、強制力が働いて自分が悪役令嬢になってしまったり、モブとしてヒロインにリカルドを取られてしまうのではないかと心配なのだ。

それくらいリカルドはカッコいい。

今日優勝してしまった事で再び王子の側近として聖女とのルートが開放されてしまったらどうしようと不安になる。

アンセルマは自分を抱えるリカルドの首にしがみ付いた。


「アンセルマ、どうしたの?どこか痛い?」

「リカルド様、今日とってもカッコよかったです」

「ありがとう。どうしたの急に?」

「リカルド様、だいすき」


褒められてふふと笑っていたリカルドの足が止まる。

一度も言ったことがなかった告白にリカルドは自分にしがみつくアンセルマの顔を見ようとアンセルマの肩を引く。

それでも必死にアンセルマはリカルドの首にしがみ付いた。


「アンセルマ、どうしたの?顔を見せて」

「いや」

「僕はアンの顔を見て好きと言いたい」


アンセルマはゆっくりとしがみついていた手を緩める。

長い睫毛が濡れているのにリカルドは深刻な顔になった。


「アンセルマ、僕も君が大好きだよ。何がそんなに不安なんだい?」

「リカルド様がカッコ良すぎるから」

「カッコいい僕は嫌いかい?」

「皆リカルド様を好きになるわ。私なんかより魅力的な子もきっと」

「なんだ、やきもちかい?」


リカルドは安心した様にふふと笑ってアンセルマを縦抱きにする。

アンセルマは再びリカルドの首にしがみ付いた。

願いは叶っているのに全然心の中は平穏じゃない。

与えられた温もりをいつか魔法が解けて全部失ってしまうのではないか。

すっかり絆されてリカルドが誰より大切な存在になってしまった今、自分に出来ることはリカルドの為に新しい価値ある物を生み出す事だけだ。


「いやなの、リカルド様離れていかないで」

「今日は随分と可愛いことばかり言うね。一生離すつもりなんてないから心配する事ないのに」


気がつけばいつの間にか馬車止めに辿りつく。

まだ下校の時間でもないのに何故か待っていた公爵家の馬車にリカルドはアンセルマを抱きしめたまま乗り込んだ。

普段のアンセルマだったら着替えてないとか荷物がとか言っただろう。

でも今は何よりこのまま学校をリカルドと共に離れる事が有難い。

椅子に下ろされるかと思いきや、リカルドは自分の膝にアンセルマを横抱きにしたまま馬車を発車させる。


「リカルド様、降ります」

「もう甘えん坊はお終いかい?」

「甘えん坊じゃないもん」

「家に着くまでは良いだろう?」

「重いから」

「アンは羽の様に軽いよ」


それでも気にするアンセルマを仕方なさそうに下ろして肩を抱き寄せる。


「アンセルマ、最近学校で何か嫌なことあった?」

「私なんかに何かある筈ないですよ」

「3位に入ってしまったからこれから注目されると思うよ?」

「そんなの、リカルド様と兄様の打ち合いの凄さに皆すぐに忘れますよ」

「まぁその為に少々派手に暴れたからね。想定の範囲内だ」


示し合わせる時間などなかった筈なのに、ガスパルとアンセルマの失敗を覆い隠す為に派手に打ち合ったらしい。

やっぱり過保護だ、と思うと同時に会場の中にいた聖女候補の姿を記憶の中から探した。

彼女はどんな目でリカルドを見ていただろうか。

思い浮かぶのは彼女が他の女生徒や、王子たちと笑い合う姿だけだ。

リカルドを熱い眼差しで見ることはなかったと思う。

このまま、誰にも見つからず幸せが続いて欲しい。

祈る気持ちでアンセルマはリカルドの服をぎゅっと握ってくっついたまま家路を過ごした。

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