6話
「まあ俺は食うモノ食ってさっさと抜け出したんですけど」
「ちょっとばかしご両親に同情するわ」
「大丈夫です、次兄は残っていたんで」
「俺はクラウスの心配してるんだが」
?今の話のどこに心配する要素があるのか分からない。「マイペースもほどほどにしろよ」と何やら小声で呟かれたので聞こえなかった。
話が脱線してしまった。
「外の空気を吸おうと中庭に出たらベンチのところで気分悪そうにうずくまっているご令嬢がいたんです」
「ほう、心配で声をかけたと」
「その前に中に戻って給仕の人に水を貰い、そしてその水を渡しに戻りました。ご令嬢は男慣れしていないのか怯えた様子だったのでとりあえず、ベンチの端に移動して警戒させないように努めました」
「それだけ聞くといい話だな、で終わりそうなんだが」
「俺は彼女が落ち着くのを待ちつつ、給仕から貰ったワインを飲みながら夜風に当たってました」
「…」
何故か館長が憐れみの目を向けてくる。王宮のパーティーで出されるお酒は美味しいのだから仕方あるまい。
「それから…落ち着いたご令嬢がお礼を言って…何だっけ。確か普段引きこもっているせいか人に酔って気分が悪くなったけど、両親には情けなくて言えずに逃げ出してきたって」
「引きこもっている点はお前と似てるな」
「俺と似ているなんて彼女に失礼ですよ」
「変なところでネガティブだなぁ」
「…まあ彼女は酔ってニコニコしている俺に警戒心を無くしたのか、名前も知らない相手だからか色々話してくれまして」
「お前威圧感ないからな、それは誇っていいところだぞ」
まあ確かにそう言われることは多い。意図せずとも威圧感を与えてしまう男性が多い中、警戒心を抱かれ辛いという点は長所と言っていいかもしれない。
「何でも自分には夢があるけど両親は反対していて、両親の望む家に嫁入りした方がいいと分かっているけど、人と喋ることが苦手で挙句夜会で気分を悪くする体たらく、役に立てない自分に価値はないと思い詰めていたのは覚えてますね」
「俺も心配になってきたんだけどそのご令嬢。自己評価が低すぎる、下手なこと言ったら更に思い詰めるぞ」
それは俺も(酔った頭で)理解していた。なので俺なりによく考えて彼女に話しかけた。
「確か、彼女に兄弟は居るかと訊ねて、兄が一人いて家は兄が継ぐ予定だと言われましたね、それで俺は彼女が家を継ぐ立場ではないと知りました。そして酔っ払いの戯言だと聞き流してほしいと前置きした上で」
その時の彼女の様子はやけに鮮明に覚えている。長い前髪を下ろしていたから目元は窺い知れなかったけど、酷く衝撃を受けていた。
『お兄さんが家を継ぐならあなたは好きに生きていいんじゃないですか?』
「…お前無責任って言う言葉知ってるか?跡継ぎがいるからって貴族の娘が好きに生きるのがどんだけ難しいか、貴族の端くれなら分かるだろ」
館長は呆れていた。
「だから戯言だと前置きしましたよ、それに下手に真面目に上から目線でアドバイスするより、これくらい適当な事言って気を紛らわせた方が良いかと思って」
「…それで彼女どんな反応だったんだ」
「初めてハンバーグ食べた人類みたいな顔してましたね」
「驚いてたってことね、そりゃそうだよ。真剣に悩み打ち明けてそんな適当な答え返されたら」
適当に言ったと館長には話したが、当時の俺は本心から口にしていた。家の役に立たない自分に価値がないと震えた声で語る彼女に対し、そこまで思い詰め、死んでしまいそうな程青白い顔をするくらいなら全部捨てて好きなことをすればいいと、館長の言うとおり無責任極まりないことを考えていた。自分が比較的自由を許されているからこそ出た、傲慢と受け取られても仕方のない言葉。
しかし、思ったまま口に出していた。酔うと思ったことをそのまま言ってしまうのは俺の悪癖だ。が、この出来事だけは自分の悪癖を「悪癖」だと思っていない。
その後の彼女は初めて声を出して笑った。俺の無責任な言葉に対し怒りを通り越して笑うしかなかったのかもしれない。そして家の迎えが来るといい、そのまま立ち去ってしまった。彼女の名前は聞かなかったし俺も名乗らなかった.当然その後彼女のことは何も分からないし、俺も今の今まで忘れていた。
彼女がどんな人生を送っているのか、両親の望む家に嫁いだのか反対を押し切って夢を叶えたのか。知る術はないし、俺の無責任な発言が彼女に影響を与えているかも分からない。
が、彼女の人生が少しでも輝かしいものであるといいと思った。
「んで、そのご令嬢どうしたんだ」
「どうって、ひとしきり笑ったあと家の迎えが来るって帰りましたよ」
「それだけか」
「それだけですよ」
「普通そこからロマンス始まるだろう」
「今さっき無責任な奴って言ったばかりじゃないですか、無責任野郎にどうやったらロマンスが始まるんです?」
館長は残念そうに眉根を寄せる。が、急にいたずらが成功した子供の様にニヤリと笑う。せっかく端正な顔なのにそんな性格悪そうな顔すると台無しだぞ館長。
「その時のご令嬢と再会したらそれこそロマンスが始まるんじゃないか」
俺は夢見がちな発言をする館長にため息をついた。
「そんな小説みたいなことあるわけないですよ」
本の虫だがどこまでもリアリストな俺は館長の発言を一蹴した。