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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

犬ダンス

 あるところに男がいた。目も見えず手も足も不自由なので、まともな仕事はできず、物好きな金持ちの主人の下で暮らしていた。


 主人は男を様々なところから大声で呼びつけ、恐る恐る手元を探りながら這ってくる様を眺めて楽しんだ。男は主人の所へ行くと、命ぜられるままに靴を舐め、手足を舐め、尻まで舐めた。それを主人は大層喜び男に大金を与え、何不自由ない暮らしをさせた。汚らしい仕事だが、男には他に行くところもないので、この暮らしを良しとした。

 端から見るとそれは随分惨めな生き方なので、主人はなんてひどい人間だと言われ、男の方は軽蔑されていた。一方で、罪深い主人にいいようにされている男を、搾取されるかわいそうな身分であり、救われなければならないという人もいた。


 あるときある人が、いつものように散歩をする彼らを見て、これはいけないと思った。体の不自由な男にも、まともに働き、生きることを楽しみ、普通に愛される権利があると思ったからだった。その人は正義感から、悪辣な主人を罰し、男を救いたいと思った。あたりの人に働きかけ、同情を得て、ついに主人を処刑して男を解放することができた。満足したその人は男に向かい、君は自由だ、もう他人の体を舐めることも這って生きることもしなくてよい。立ってその足で歩いて、どこにでも好きなところに行くといい、と言った。そして、未だ虐げられているこの男のような人々を救うために、とその地を出ていった。


 そのあと、男はまわりの人々に助けられ、主人の屋敷を離れて暮らすことにした。新しい職も見つけなければいけない。役に立つ以外には食べていく方法などないのだから。しかし彼にできることは、這って歩くことと靴とか手足とかを舐めて綺麗にすることだけである。当然普通の仕事は他人の助けがなければろくにこなせなかった。彼はどんな仕事も文句を言わずにやったが、人々の満足いく仕事ぶりはできていなかった。必ず世話をする人の手がいるということも、彼を雇うことについて回る大きな問題だった。


 男の性質にもまた問題があった。彼は体が不自由だが、彼の主人は彼が自分を最も喜ばせてくれることを期待し、彼が這って歩くときも体を舐めるときも介助した。これは自身の享楽のためだが、同時に男の何不自由ない生活にもつながっていた。二人の間では、それは当然のことであった。


 そんな主人がいなくなった後、親切から手助けしてくれた人々の世話も当然のことと受け取った。いつまでもそんな姿勢なので、元々男のことをよく思わない人たちは、さらに彼をひどく嫌った。初めは気の毒に思い優しくしてくれた者も、図々しい彼の態度に嫌気が差して手を取ることも無くなった。

 

手伝いがなければ歩くこともできない彼は、周りの人々にとってはお荷物だった。そのうち彼はまた地面を這って歩くようになった。

屋敷の床と違って、外の地面は砂と岩だらけのデコボコ道だったから、すぐに手も膝も擦り傷まみれになり、ずたずたになった。這った後には血が滲み、なめくじのようにてらてら光る痕を残した。気味悪がって、もう誰も男に近寄らなかった。

 

長年の奇妙な姿勢のせいか、手足は曲がり切って、四足動物のようになっていた。それでも彼は生きていくために、働いて世話をしてもらうために誰彼構わず声のする方へとぼとぼ這ってゆくので、子供たちは彼を面白がり、少し過激な遊びの標的にした。

 彼の姿が見えると声を出さぬよう努める大人と違って、子供たちは大声で彼を誘導し、何も無い場所で空に縋り舌を突き出して泣く男の馬鹿げた姿を見て大層笑った。そしてさんざん楽しんだ後、褒美として男にパンやお菓子を恵んだのである。それが彼の新しい食いぶちとなった。


 子供たちは、そんな男のことを、親しみを込めて「犬」と呼んだ。

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