地中海強行偵察
社会主義陣営の国なのに妙だ。イタリアでパスタを食べていてそう思った。
この国では、かつてローマがやった様に、政治家が国民にパンとサーカスを与えていた。
社会主義の国は皆検閲に怯えているのかと思ったが、イタリアではそうでは無いらしい。
対ドイツ戦争の中であるのに、イタリアは平和であった。
だが、私の任務はローマを見下ろしてパスタを食べることでは無い。
「待たせたな。」
と、男が机につくなり言う。
「いいえ、ちょうどいい頃合いよ。」
彼らは日本海軍特戦隊の諜報員である。
特戦隊は秘匿事項のため、名前を公開していない。
ここでは偽名をつかっていた。
パスタを食べている女性は塩乃といい。
男性は梅沢という偽名をつかった。
「本題だが、ローマの生き残りはいたかい?」
ローマの生き残り、つまりソ連のアリオール隊の空母機動部隊のことである。
「いいえ、いるのはフランスパンばかり。
大したことないわ。
たまにはパスタもいるけどね」
フランスパンはフランスの海軍の事である。
地中海はイタリア海軍より、フランス海軍のほうが多い。
パスタはもちろんイタリア海軍である。
「やはり、隠れているようだな。」
パスタを食べ終わり、水を流し込む。
梅沢はピザを注文した。
と、そこに、ソ連軍人と思しき人々が入ってくる。
「ピザを何枚か適当に持ってきてくれ。」
どうも、身なりから海軍のようだ。
だが、当然食事中に軍機密を話すわけがない。
塩乃は盗聴器をこっそり彼らの装備につけた。
そして、何食わぬ顔で梅沢の頼んだピザをつまんでいた。
食べ終わり、店を出る。
そして裏路地へ入る。
「気をつけろよ。」
塩乃はベレッタM1915を取り出す。
イタリアの傑作拳銃で、イタリア軍の制式採用銃でもある。
「もちろん。」
二人は別れた。
梅沢はヴェネツィアの調査を続ける予定だ。
塩乃はこのソ連兵に付いていき、情報を得るつもりだ。
ソ連兵が出てくる。
彼らはヴェネツィアの軍港へ向かっているようだった。
盗聴器から声を聞いた。
「今晩の出撃は何時からだ。」
「21時だ、まだ時間はあるが、ここからだと遠いからな。」
「軍港に迎えのボートが来てるはずだから、さっさと行こう。」
「うん……?これはなんだ。」
盗聴器がバレてしまったらしい。想定より随分早い。
塩乃はナイフを取り出し、ソ連兵を斬り殺した。
一人を残して。
「貴様らの所属はどこだ。」
「我々はソ連軍だぞ。」
銃を撃つ。
「こいつらの制服を奪って侵入しますか……。」
男物の軍服だったが、なんとか着れたようだった。
身分証明書を奪って、軍港へむかった。
軍港へ、正面切って入るのは危険であるから、彼女はフェンスを飛び越えた。
素晴らしい跳躍力である。
道なりに進み、船着場に進む。
止まっている船の周りにいた歩哨をやり過ごし、船に乗り込む。
そこにあった地図の写真を取って、船から出る。
「おい!誰だ。まだ乗っていい時間じゃないぞ。」
「いや、忘れ物があってね……。」
「身分証明書を見せろ。」
奪って身分証明書を渡した。
奴がそれを見た瞬間、蹴り飛ばした。
「くそ!」
ppshを乱射される。
潜入が発覚してしまった。
構わず銃を撃つ。
そして船に飛び乗り、エンジンをかけて行く。
ソ連兵がそれをどんどん撃ってくる。
「面倒なことに……。」
そしてついに船は爆発した。
だが、そこに彼女の死体はなかった。
「と、まぁ酷い目にあったわ。」
「無茶するなと言ったはずだがな。」
情報の見つけられなかった梅沢は脱出用の甲標的改をヴェネツィアまで航行させていた。
そこに、塩乃は合流したのである。
彼らはお互いに腕時計の発信機で位置がわかるのである。
「うぅ……寒いわ。空調は無いのよねぇ。」
「当たり前だ。」
甲標的改は、艦内に立てないほど狭い。
座るか寝るかしかできないのだ。
レーダーで母艦の位置を把握し、そこに向かう。
「着替えるね。」
「器用な奴だ。よく寝たまま着替えられるな。」
「ほら、着替え。その服に何かついてたら困るんだから……。」
諜報員は服に何かつけられないように、甲標的改に戻ったら、服を焼却処分する約束になっている。
「運転変わってくれよ。」
すっかり日本海軍の服装に変わった塩乃に運転を任せ、彼も着替え服をもやして海中に放棄した。
「終わったぞ。」
「ありがとう。で、何か情報は?」
「なにも、君の方はうまく行ったようだな。」
「うん、この地図に書いてあるのが、敵空母機動部隊の位置よ。」
そこには、チュニジアが記してあった。
「うーん……。場所が分かっただけでは母艦は満足しないだろうなぁ。」
「きっと、内部偵察でもするんでしょうね。」
「あーあ、帰りたくねぇな。」
彼らの予想はあっていた。
特戦隊は、チュニジアへ向かった。
「よし、偵察魚雷を撃て。」
彼らはチュニジア一帯の捜索を、1週間近く続けた。
しかし、全くと言っていいほど、敵は発見できなかった。
「別のところにいると言うことか……?」
塩乃は、地図をよく見た。
そこに違和感を感じた。
「こんな所に、川なんてあったかしら。」
そこは、ジェリド湖と地中海を結ぶ川が記されていた。
「いや、我々レーダーでは発見できていないから、ソ連が間違えていたのだろう。」
「いいえ……。ここよ、ここにきっと居るわ。」
だが、それは実際に考えれないことであった。
ジェリド湖と地中海の間の陸地はかなり大きく、そんな川を作れるようなものは無いからである。
向かってみたが、そこには何もなかった。
「やはり、何もないぞ。」
だが、偵察魚雷を向かわせると、急に地上がうるさくなる。
「敵機が接近。」
「なんだ……?こんな所に航空基地があるのか……?」
「敵機が爆雷を投下、至近で爆発。」
「どうも、当たりらしい。なにかここにあるぞ。」
「偵察魚雷が写真撮影に成功しました。」
写真を広げて見る。
「何だこれは。」
とても大きなレールが陸に有る。
まるで、船を陸から海に落とす用のレールである。
「おそらくここに何かあるぞ。基地に帰還して報告だ。」
日本本土では、この基地についての研究が始まっていた。
「ただのレールと思っていましたが、どうも違うらしい。これはジェリド湖まで続いているのです。」
「ジェリド湖……我々は一度もそこには偵察した事が無いな。」
「チュニジアはフランス領ですので、ソ連軍の基地化はないと思っていましたが、どうもそうでは無いらしいのです。厄介なことに、地中海奥深くにありまして、一航戦でも攻撃が困難です。ミサイルという手もありますが、距離がありすぎます。現代の技術では、正確な誘導はできません。」
「重爆撃機での爆撃ではどうか。」
「不可能です。あの空母の迎撃機にやられます。
さらに、高高度では十分な戦果は得られません。」
「潜水艦を使えばどうだろうか。」
「ジェリド湖は外海と繋がっていないため、潜水艦の雷撃は使えません。その上敵の制海権のある所で長時間の作戦はできません。」
「従来の作戦ではコレの撃退は無理か……。」
彼らはこの難攻不落の要塞を落とす事ができるのだろうか。