淫婦リリス
天国を去ったサタンは、唯一の友であり、腹心の部下であるベルゼブブの待つ地獄に戻った。
「戻ったぞ、ベルゼブブ!」
サタンの周囲を無数の蠅が舞い、やがてその蠅の群れは人の形を取った。
「首尾は、サタン王」
ベルゼブブはいやらしい笑みを浮かべて言った。
「話にもならぬ。やはりヤハゥエは討つほかない」
サタンは腰の剣を平手で叩きながら言った。
「地獄帝国軍はまだ完成していない、サタン。君の率いる嘘の軍、虚栄兵団と、僕の率いる大食兵団の他はみな有象無象だ。全13原罪になぞらえて、あと11人の魔王が必要だ」
人間の罪は全部で十三ある。嘘の王であるサタンは嘘の原罪宝冠を持ち、ベルゼブブは大食の原罪宝冠を持つ。
原罪宝冠とは天使の頭上に輝く奇跡を起こす輪の、悪意転換したもので、真実の天意宝冠を持つサタンは、ベルゼブブの教えでそれを嘘の原罪宝冠に変えた。
サタンにとっては全てが嘘。全てが己のものだと信じて止まず、神をその座から引き下ろして、自分が神になり替わろうとしていた。
「わかっている。目星はつけてある。天軍のベリアル、マモンはたやすく堕ちるだろう。それとは別に、堕としておかねばならん奴がいる。天軍最強の戦士、ヨルミエルだ」
ベルゼブブは怪訝そうに言った。
「ヨルミエルは神の信望篤き、天国の門を守る戦士。堕とせるのか?」
「堕とすさ。リリス!」
「何ですか? あなた」
サタンは自分の妻を呼び、彼女に言った。
「お前の女の技で、ヨルミエルは篭絡できる。サタンの元から逃げて来たといい、奴に近づけ。奴の妻は永遠処女妃、クリスティナ。ヨルミエルはまだ女の味を知らぬ。たらし込め」
「はい、サタン王」
リリスはそう言うと、天国に向かって飛んで行った。