サタンの上奏
豪華絢爛ここは天国、天上の王、神の王たるお方が住まう城。
水晶でできた城壁はどこまでも続き、神の誉れの絶えざることを示していた。
その天守にて、神はけだるげに構えゆったりとその玉座におさまっていた。
その右には神の子インマヌエルが座し、その左には、十二枚の翼を持つルシフェルが、天使長として座していた。
そこに一人の天使がやってきて、慌ただしい様子で神に耳打ちをした。
「そうか、通せ」
神は静かにそれだけを言った。地の果てまでも続かんと思えるほどの長い階段をコツリ、コツリ、とゆくっりと歩く軍靴の音が、天守に響く。
ルシフェルは、遠目にその招かれざる来訪者を確認すると座り直し、いつでも立てる体制になり、インマヌエルは両手の先をわずかに組み、その靴音に耳を澄ませて目を伏せた。
やってきたのは一人の青年、黒い革鎧に身を包み、その腰には短刀がぶら下がっていた。
その男を見た天使たちは一斉に警戒し、一挙一動に至るまで監視されていた。
わずかなざわめきに天守が包まれたが、ルシフェルは静かに右手を挙げてこれを静まらせ、招かれざる来客に眉をひそめて神を見た。
男が天守の頂点、玉座の前にたどり着くと、神は言われた。
「サタンよ、今日はどんな用向きできたのか」
サタンと呼ばれた男は腰を折り、敬意を示してからこう上奏した。
「神よ、お願いしたき儀が」
「もったいぶらずに簡潔に言うが良い」
「では申し上げます。神はこの度自身に似せて、『人』なる生物を創造し、彼らにエデンの園をお与えになるとか?」
「いかにもそのとおり」
「その人の創造の儀――」
サタンはそこで長く沈黙した。神がわずかに口を開きかけた時に、サタンは言った。
「どうかお取りやめ下さい」
「上奏したいのはそれだけか?」
「はい。神よ」
ここでルシフェルが割って入った。
「竜族の不遜の輩が神の天地創造にもの申そうとは!」
ルシフェルはサタンの不遜を責めた。が、サタンは天使ではなく、神を王とは認めていなかった。そもそも神の座すその玉座は、本来ならば竜の王子たるサタンが座るものだった。神は混沌の海に産まれ、そこに住まう竜や魑魅魍魎、悪神、混沌の生物を根こそぎ滅ぼし、その座を得たのだった。
「上奏は聞いた。サタン。だが、その頼み――」
今度は神がそこで沈黙した。ルシフェルは息を飲み、サタンが口を開きかけたタイミングで神はこう言った。
「聞けぬなぁ、サタンよ」
「左様ですか。では、こちらにも考えが」
「お前の望み通り事を運ぶが良い。お前にはその力があるのだから」
神はこう言ってサタンを下がらせた。
「神よ、獅子身中の虫たるサタンを、いつまでのさばらせておくのです?」
神の背後で剣を持つ、ミカエルがそう神に尋ねた。
「ミカエルよ、今日のサタンの振る舞いに罪を見たか?」
「いいえ。神よ」
「ならば好きなようにさせておくが良い。わたしは縛る神ではなく、自由を与える神なのだから。インマヌエル、ルシフェルもまた、そう心得よ」
「はい、父上」
「神がそうおおせになるならば」
ミカエルもまた無言で頷き、静かなコロネットの音が玉座を覆った。