11.二日目:暖かい狐火
本日更新 1/5話目
ちょっと大目に更新していきます
私はそうっと物置を出て、暗く寒い廊下を歩く。
古い日本家屋だけど縁側にはガラス戸が入っている。昔は木の戸だとか障子だったんだろうか? こんなに寒いのに!
ハァ~と息を吐くと真っ白だった。家の中だというのにだ。
「……でも、きれい」
朝から降り始めた雪がうっすら積もり始めている。庭の赤い南天と椿の赤い花、深い緑の葉にかぶる雪の白が美しい。
おばあちゃんが亡くなって、この屋敷からは人がいなくなった。家も庭も裏山も、そこに住み手入れをする人間がいなければあっという間に荒れ果ててしまう。だけど今もこうして「きれい」と思える程度に庭が保たれているもの、私が屋敷で寝泊まりできてるのも、今は亡き祖母のおかげだ。
亡くなった後も月に一度、手入れをしてもらう契約を結んでいたらしい。お金はかかるけど、この『十年に一度のおもてなし』までは絶対に家を維持しろという遺言だったのだ。
まあ、それを私が知ったのは一昨日なんだけどね。それにおばあちゃん、電気も水道もガスも全部維持してくれていたのも有難かった。あと親戚のおじさんに『十年に一度』に合わせ、基本食材を運び入れてもらっていたのも本当に有難かった……!
「美詞」
呼びかけられたと同時に、私の足下に灯りがぽっと現れる。
ああ、初めの夜に見たあのオレンジ色の灯りだ。
「銀」
「ああ、ああ、迎えに来て良かった。ここは冷えてるなあ」
こっちへ来い、と言うように銀は私に手を差し出した。
その白い指と揺れる灯り――きっと所謂『狐火』だろう。不意に照らし出された異なる存在感に、私の心臓がドキリと慄く。
「どうしたの、銀。今日は夕方までかかるって……」
「急に美詞のことが気になって……、美詞、何をしていたのだ?」
私が調べものをしていたことを彼は知っているのだろうか。――いや、きっと知っているだろう。だってこの人は家護りのお狐様だ。この家で起こっていることなんて、きっと全てを把握している。
「……読んでしまったのか?」
どうしてだろう。銀は寂し気な微笑みをたたえている。
「ほとんど読めなかったけど……あの、銀。世話人って……本当は何? お嫁入りって」
「世話人は、我と共に食し暮らす者。世話人からもらう気で、俺や屋敷は力を取り戻すのだよ。それが――屋敷への嫁入りだ」
「屋敷への……? じゃあ、銀のお嫁さんにになるってことではないの?」
「そうだ。何を読んだかは知らぬが……大丈夫だ。無理やり嫁になどしない。連れて行きはしない」
銀はそろりと一歩、私へと近付くと、新たな狐火で廊下と私を暖かに照らし出す。
そしてそうっと私の頬に掌を添え、じっと瞳を見つめて言った。
「俺は今まで、どの世話人の娘も嫁にはしていない。信用しろ。それどころか縁を結ぶ手伝いをしたり、お前の母の様にここを離れたい者には縁を引っ張ってきてやって解放してやったりしたのだぞ? だからそんな不安そうな顔をするな、美詞」
「……うん。信用する」
私は添えられた掌に自分の掌を重ね、ぐりぐりと頬を押し付け笑って見せた。
だって、銀の方がよっぽど不安そうな顔をしているのだ。
「銀、どうしてそんな顔してるの? 私……やっぱり見てはいけなかった?」
「いや……。井戸神であろう? ここを教えたのは」
「うん」
「ならば屋敷も望んだことだ」
お屋敷も……? それはどういう事だろう? 付喪神のみんなという意味だろうか。
「きっと井戸神も皆も、美詞を引き留めたいのであろう。これまでの世話人は、美詞の様に楽しくは暮らしてくれんかったからな」
「……え? どうして?」
銀は優しいし、台所の付喪神たちは明るく賑やかだし子狐たちは可愛い。冬毛だからかフワフワのふもふだし。
「それを問うのか。面白いな、美詞は」
銀の金の瞳がゆらゆらと揺れる。
「多くの世話人たちは――我らを恐れたのだよ」
その哀しそうな顔。私の胸にツキンと痛みが刺さった。
だって銀は優しいあやかしで、屋敷に住む一族を見守ってくれている屋敷神なのに。それなのに世話人は銀を恐れたというの?
「……そうなんだ」
――でも、分からなくはない。昔は今よりもあやかしの存在が濃かったのだろう。それにあの家系図と文書。世話人たちは「いつか自分も狐ノ介の嫁の様に連れ去られてしまうかもしれない」と思ったのかもしれない。
まぁ、私の場合は能天気な性格もあって、銀が怖くないのかもしれないけど。
「いつもはな? こうして姿を現すのは初日だけ。それも食事の時だけだったが……美詞は最後の世話人だ。共に過ごせれば嬉しい」
「銀。最初ここへ来た時、怖がってごめんなさい。私、何も全然知らなくて……」
「良いさ。良い子だな、美詞は」
ぽぽぽ、ぽっと、狐火が長い廊下を照らした。
「さて。もう少し暖かい場所へ戻ろうか」
「うん」
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