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迷妄とアンブラッセ  作者: 犀島慧一
はじまり
18/25

18 お茶会1 ハーヴェイ・レンネス

あけましておめでとうございます、本年もお付き合いいただけたら幸いです!

※新年一発目からいっぱい人が出てきます、なんてこった


1/4追記:今作何回目かの予定日ずれる報告、なんてこった

空は晴れやかに澄み渡り、その下で催されるお茶会の席は色とりどりの茶器とお菓子で華やかに彩られている。

用意されたテーブルは思っていたよりも大きく、同席しているのは私達を含めて9人。

目の前に並ぶ仮面達は顔面全体を覆うものから、目の周辺だけを飾るものまで、大きさも様々であった。全体を覆われてはその人の様子を窺うだけでも困難なものだが、その素顔は並べられたクッキーと同じく、私の目にきちんと見えているはずだと言うのだから奇妙な話である。

少し遅れて来た私達を糾弾する声も上がりはしたものの、マリアンナ様がやんわりと宥めてくれたおかげでそこまで角が立たずに済んだ。

着席して挨拶も程よく交わし、状況も一段落したとみて、

まず話しかけてきたのはハーヴェイ・レンネスだった。


落ち着いたトーンの赤毛は白いリボンで結んで垂らし、黒地に金で縁取られた仮面から覗くのは闇夜に潜む猫を思わせる金の瞳。仮面は顔全体を覆い輪郭は正確に測れない。

まっ白な燕尾服に黒の手袋を嵌め、腕を組み、足も組んで座る姿は中々様になっている。位置は私達から少し離れた斜め前。

忘れもしない、彼の第一声はこうだった。


「エメラルドにガーネット、ここまで深みのある輝きは珍しい」

「――はい?」


つい素のまま言葉を発してしまったけれど、ハーヴェイは姿勢を崩さない。むしろ疑問を抱かれた事に疑問を抱いたかのよう。

すぐ隣に座るヴィルフリート様はしばし無言で彼を見つめ、私に目配せをしてから小さく告げた。

「目の色の事ではないでしょうか」

「なるほど……でも何故?」

「この方はいつも瞳と宝石の話ばかりなのですわ」

厳しめの口調で私達のやり取りに加わったのは、ヴィルフリート様の隣――私と逆の隣の位置――に座っていたイザベル・ルメール嬢。先程糾弾してきた声の主でもある。

彼女は透明感の強い青の瞳を持ち、夜空に瞬く星のように煌めく銀の髪はぐるんぐるんの縦ロール。蝶を模した仮面は紙で出来ているかのように薄い。

ぎろりとこちらを睨む瞳に篭められたのは、隠しもしない敵意。しかもそれは私だけに向けられており、あまりにも強烈な気配に耐えきれず、失礼承知で私は視線を逸らした。

ふん、と鼻で嗤われたようだが、何も言わず口をぎゅっと結ぶ。余計な口は失言の元……と言うより純粋に理由が分からず怖い。

「宝石ですか?」

「ええ」

ヴィルフリート様に問われ、彼女の敵意は一応の軟化を見せる。

その隙にゆっくりと身を引き、文字通り彼を盾にしてイザベル嬢の視線から逃れ、彼らの話に耳を澄ませた。私は見る担当ですが、彼女はずっと見るには辛いものがあるので許してください。

二人はハーヴェイ本人が聞いている事もあり、彼の方にも意識を傾けて会話しているようだけれど、件のハーヴェイは気にも留めず「グリーンアメジストか? いややっぱりエメラルドだな。それにしてもここまで綺麗なガーネットは珍しい、レッドスピネルにしては本人の印象が……」などと一人ごちている。

――いや、あんたの話だぞ。


「レンネス伯爵領は鉱山を持たない為、宝石の類は大方他領や他国から仕入れていますよね」

「自領にないものだからこそ、憧れるものなのでしょう?」

「……なるほど。それは少し分かります」

ヴィルフリート様はハーヴェイの姿を確認してから、手元に運ばれた紅茶で喉を潤す。私の方をちらと見、カップを下ろした手で私の手をこつこつと叩くと、視線をまたハーヴェイへと戻した。

……もしかして、見ていろという事だろうか。

ハーヴェイを見やると、丁度こちらを向いていた彼をばっちり目が合ってしまう。

「「……」」

この人との婚約話がつい最近上がっていたそうだけど、席に着いてからずっと彼から好意的なものは一切感じられなかった。むしろ、がっちがちに自分の身を守るような姿勢を崩さない分、こちらを倦厭する気配すら感じられる。

私がハーヴェイの方を向いたとみたヴィルフリート様は、彼によく聞こえるよう心持ち大きめの声で話しかけた。

「レンネス領は精巧な装飾品を作る町工場が多くを占める土地。領主殿にも心得があるそうで、今年の陛下への献上品もそれは見事な銀の装飾だったとお聞きしましたが」

「興味があるのかい?」

「そうですね、その製造過程に大変興味が――」

聞いたハーヴェイはさっきまでとは打って変わり、ヴィルフリート様の方へ勢いよく振り向くと、テーブルに手を付き身を乗り出す勢いで彼を見た。爛々ときらめく金の瞳。これは誰から見ても喜びの色に満ちているように映るだろう。

ヴィルフリート様が少しだけ上半身をのけぞらせたような気がする。

「誰が何と言おうと父の技術は本物さ! ヴィルフリート殿だったかい? もし領に立ち寄る事があったら声をかけてほしい。見れるように交渉しよう。私も最近加工に携わる事ができるようになって、おかげでこの手は見せられるようなものではなくなってしまったが……」

堰を切ったように彼の口から流れ出し、尻すぼみに消えていく言葉たち。その話し方をなぞるように、勢いで前のめりになってい身体もすごすごと所定の位置に戻っていく。

彼も私と同じ事情あっての手袋ユーザーなのかもしれない。親近感は沸かないけれど。

「すまないね、私とした事が、はしたない真似をしてしまった」

「ハーヴェイ殿も作るのですね。お伺いする機会があれば是非」

「……! あ、ああ是非に」

言ってから私を一瞥し、また足組み腕組みスタイルへと戻る。中々落ち着けない彼は、紅茶を口に含み、砂糖を二個・三個と放り込んで溶かしてからまた口にした。

彼も甘党か、それも私以上の。

砂糖入れない派のヴィルフリート様も、紅茶のカップを手に取る。私にちらと視線を寄越すので、ハーヴェイに関しては異常が見当たらないと首を横に振ると「そう」とだけ言って一口飲み下した。


それから僅かな沈黙が流れた後「おかしいですわね」と異を唱えたのは、マリアンナ様だった。

「私、ハーヴェイ殿は陶磁器にご興味がおありだと聞き及んでいたのですが」

瞬間、ハーヴェイの仮面にひびが入ったように見えた。

……あれ、陶器だったのか。黒の塗装が剥げた箇所をまじまじと見そうになるけれど、他の人にはこの変化は見えない。急いで視線を落とし、花の形を模したクッキーに興味を持った体を装う。

「新しい事業を始めるのなら、是非伺いたかったのですけど」

「……何故、そんな誤解が生まれているんだろうね」

マリアンナ様とハーヴェイ殿が会話している最中、ヴィルフリート様が小皿にクッキーを何枚か取り、私の前に置いた。

「うふふ、根も葉もない噂が流れるのはこの世の常ですわ――近頃発表された陶器人形、あれが誤解の元かしら」

ハーヴェイの仮面にまたもやひびが入り、今度は塗装だけじゃなく鼻から下にかけての一部が割れて落ちた。それはテーブルから滑り落ち、更に地面に打ち付けられても音を発しない。だから私が声を出す訳にもいかない。

仮面の下に隠されていたのは、牙をむき出しにした毛むくじゃらの顔。明らかに捕食者側の口元だ。

口から零れそうになった声を掴んでいたクッキーで蓋をして、思い切り飲み込む。

隣から「アリィ?」と呼ばれても、中々身動きが取れなかった。


「そうかい? 噂も誤解も産むような一品ではなかった気がするが。特にあの瞳は頂けない、芸術的ではなかった」

何故だろう、頭まで痛い気がしてきた。いつものような激しさもなく、ほんの違和感としてしか感じられないけれど確かな“違和感”がある。

そもそもこの男とマリアンナ様とを会話させたままで大丈夫なのだろうか。殿下ほど明確に見えた訳ではないが、この様相からすでに危険な臭いがしている。

そんな私の心が読めたのか、ただ単に場の空気を察したからなのか、二人の間に割り込んだのはヴィルフリート様であった。

「マリー、少し、話が読めないんだけど……」

「……あら! 失礼致しましたわ」

彼に指摘されてテーブルをぐるりと見回したマリアンナ様は、軽やかに謝罪を口にする。

実際この二人以外、話について行けていないのだ。置いてけぼりだった面々が、一拍遅れて「大丈夫」「気にしないで」と口にする。

ちなみに話し手と聞き手、比率にして2:7である。


「私もゼクレス男爵から伝え聞いただけですの。あまり一般的な噂ではありませんでしたのね」

「――!!」

マリーの発言でハーヴェイの仮面は更に暴かれ、更には隅で聞いていた令嬢もカップを取り落としそうになり激しい音を立ててしまう。彼女の名前は確か、ヴィオレット・レミュザ嬢。御髪も瞳も藤色一色の大人しい雰囲気の少女だ。

再び口を開こうとしたマリアンナ様をヴィルフリート様が「マリー」の一言で諫める。焦りが見えるヴィオレット嬢はまだいいが、ハーヴェイの睨みの利かせ方が尋常じゃない。

ここは止めて正解なのではないかな。

流石だなと関心して彼の横顔をのぞき込むと、ヴィルフリート様は途端に咳き込み始めた。

びっくりして反射的にその背をさする。「すみません、ありがとうございます、アリィ」と返ってきたが、少し喉が枯れているのか、声がかすれ気味だ。

彼は紅茶を飲み、溜息と共に一息吐いた。


奇妙な間が空いた後、次に声を上げたのはセドリック・ブルクハウゼンと名乗った男だった。

「話を続ける前に一つ、聞いていいか?」

「構いませんが、なんですの?」

マリアンナ様の微笑にぐっと喉を詰まらせた彼は、一度咳払いを挟んでからヴィルフリート様を見やる。

「いきなり話が変わって済まないが、ヴィルフリート殿、あなたの兄はあのに……エルフリート殿で間違いないな?」

「……に?」

「エルフリート・ベルマーは確かに私の兄です。“憎い”と、素直に言って頂いても構いませんよ、セドリック殿」

「憎いだなんて、そこまでは――ええい、この話をしたかった訳じゃなくてだな!」

この方中々短気だな!

感情的になったセドリック殿とは対照的に何かを押さえ込むように静かに咳き込むヴィルフリート様。もう一回背中をさすると「ごめん、大丈夫だから」と返された。

「とにかくだ。兄弟と言えど別人。正直比較はしたくない……が!」

両手を振り上げ、勢いよくテーブルに叩き付け――そうだったが、その寸前でぴたりと動きを止め、大人しく手を着ける。

何故突然お行儀良くなった。

9人の中で屈強さでは恐らく一位・二位を争うセドリック殿は、直情的なのに不可思議な動きをする。紺に近い青髪に紫の瞳と、身に纏う色彩はどちらかと言うと冷静なイメージばかりなのに……。

「そのように懇意にしている相手がいながら、その、マリ……他の女性を気安く呼ぶのはどうかと思うが!」

「確かに。幼い頃からの癖とは言え、あまり宜しくない行いですね。ご忠告痛み入ります。……アリィもごめんね」

「私は気にしておりませんわ」

まあ、そもそも私は婚約者じゃないからね。

にっこり微笑んで見せると、ヴィルフリート様は一瞬目を丸くしたかと思えば、ふわっと微笑み返してくれた。

「……わ」

笑った。

完全なる不意打ちで言葉がでない。

いや、でもこれ、嘘じゃない、

その証拠にマリアンナ様が「あら珍しい」と漏らしているもの。

彼の笑みは、甘さこそないが優しさに満たされるようなそれでもどこか切なさが滲んでいて、中々目を離す事ができないものだった。

でも、それを見返そうとすると脳裏に響くノイズが邪魔をする。

見るな、見るなと、散々人に見せてきた力自体が、見る事を拒否しているかのよう。――でもいやです、見たいです、今は獣より整っている人間の顔が見たい。

そんな願いもむなしく、私の内側を知らない男は、いきなり乱入して来ては一言でヴィルフリート様を普段の無表情へと戻した。

遅れて参入した彼こそアイザック・カイゼルその人である。

「つまり、ヴィルフリート殿は二人のご令嬢を天秤にかけていた事実は否定しないんだな」

だから私達はその天秤に乗ってすらいないんだってば! そう言いたいが、言えない。


話を振ったセドリック殿より質が悪いのが、彼の発言のせいで、ヴィルフリート様がこのテーブルに着く事情を知らない方々の視線を集めてしまった事である。呆れ、軽蔑、怒り、付近に座る私でも心臓に負担がかかるそれらを一心に集める彼はどれほど辛いだろう。ただでさえ他人の機微に敏感な人なのに。


けれど平常時の表情に戻ったヴィルフリート様は小さく息を吐き「丁度いいです」と呟いただけでそれ以上でもそれ以下でもなかった。


「私もあなたには聞きたい事があるんですよアイザック殿」

と、

むしろ平然と言葉を返すくらいの余裕がある。


『無表情鉄面皮』

その姿を見ていた私は、何となく、セレスティナ様の言葉を思い返していた。

厚かましいとか、恥知らずとか、そういう意味でなく、

見えない彼の仮面は、多分、鋼鉄でできている。


いつもお読みくださりありがとうございます!bkmして下さった方もありがとうございます!


次回は1/3~1/4予定です。

→遅刻常習犯まる一日眠ってしまう事案発生。今晩中を考えていたのですが、念の為次話1/5予定でお願いします……

こういうのは活動報告に書いた方が良いのでしょうか、分からないです

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