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迷妄とアンブラッセ  作者: 犀島慧一
はじまり
15/25

15※

(※ストーカー出没注意報発令中です、お気をつけを)


次話に関しまして後書き追加(12/21)


起き抜けの街が次第に活気づき、太陽が12時を示す頃には円系の公園に並び立つ飲食店が混み始める。真ん中では大きな丸い花壇がたくさんの可憐な花を咲かせ、景観を華やかに彩っていた。

その前では白い装束を身に纏った人が、青空に向かい詩を歌っている。この場所で歌うのはさぞ気持ちよいだろう。見れば背中まである長い銀髪に空の青と相まった緑の瞳。縁取る睫は羨ましい程に長く天に伸び、ゆったりと全身を覆う装束から覗く四肢は細く長い。20は越えていると思うが、女性か男性かの判別は難しい顔立ちをしている。

あまり聞き慣れない言語を滔々と歌い上げるその様を、街行く人は時折足を止めては眺め、あるいは聞き耳を立てているようだった。

「他国の言語かしら」

「そうですね。陸続きの諸国のものでしょう」

私の呟きをマーサが拾う。

アドルフソン領は海に近い、逆に言えば、私達は中央都市を挟んで真逆に位置する諸国のものに馴染みがなかった。私もマーサも耳慣れないとするのなら、陸続きの方の言葉なのだろう。

領内では会えないような方が当然のようにいる、流石中央、そんな風に思ってリズムをそっと口ずさんでみた。


瞬間、ぞわりと全身を撫でるような寒気に襲われる。

今後ろにいるのはヴィルフリート様のみ。振り返ると彼は小さく首を傾げた。

「如何しましたか」

「いえ、何でもありません……」

「?」

気のせいならそれでいいの。それにこれは私に向けてと言うよりは……。

ちらと視線の先にいる少年を窺い見る。彼には特に変わったところは見られない。と行ってもどこか変化が現われても気づけるかは微妙なラインだけどね。

ただ彼の家に届く手紙、その存在を思い出して、嫌な想像が加速し続ける。

風がふわりと花壇の花の香りを運び、彼の濡れ羽の髪を揺らす。暗闇と同調するその色は、日の下では隠れる術がない。


「近くに美味しいお茶が飲める場所があるのよ、お昼は軽いものになってしまうけど良いかしら」

私がもやもやと考える間にも、前を進んでいくセレスティナ様は、一旦振り返ってにこりと笑いながら私に問いかけた。

数分前、絶対にお茶会だけでは済まない量の服を買いつけたセレスティナ様は、どこか満足気で上機嫌、その笑顔は疲弊した私を照り返して輝いている。

セットで見た装飾品の類はマーサが抱えているが、彼女も疲弊の色より楽しげな色を纏って選んでいた。

ちなみに店に入る前と後ではヴィルフリート様だけ変化がない。表情もいつも通りだし、何か話しかけてみても呼び方は「アリシア様」である。

「大丈夫です。むしろ楽しみです」

「じゃあ決まりね」

私の答えを聞いたセレスティナ様は意気揚々と進んでいく。

中央の花壇の真横を通るように、


――詩人らしき人とすれ違うように。


通りかかる人々はこちらを一瞥するも、詩を紡ぐ美人さんへのように露骨な反応を示さない。嫌な気配はあれ以降感じられないし、自分も誰かの影に隠れたりする必要がないのは幾分気が楽ではあった。


楽、だったんだけど。


歌っていたその人はすれ違い様に、この国の言語で私にだけ聞こえるほどの声量でこう言った。

「ごきげんよう。獣の聖女殿」

「!!」

喜色を含んだその声は、歌声とはまた異質な響きで私の耳朶を打つ。完全なる不意打ち。先刻のものと似通った悪寒は瞬く間に全身を駆け巡り、私はその人と距離を置くように後ずさった。

異変を感じたマーサとヴィルフリート様が私とその人との間に立って、笑顔を保ったままのその人を睨みつける。


「いきなり話しかけてごめんね。さっき私が歌っていた歌に興味があるのかなと思ってね」

「……」

私がマーサと話していたとき、私は他の通行人と一緒の距離にいた。そして思わず口ずさんだ。それを知っていたのなら、撫でるような気配もきっとこの人。

ユリウス殿下並の危険な色を放ってはいない分、こちらの方が危険かもしれない。

「あれはずっとずっと昔、この国が成立した頃の言語さ。一度“彼女”に聞いてみるといい。なんにせよ、今の君には関係ないだろうけど」

挑発と受け取ったマーサが静かに利き手を滑らせ、いつでも獲物を引き抜けるように体勢を整える。一応静止の声はかけるけれど、私も気が抜けない。

「古代語の詩……? それって」

その一方で、ヴィルフリート様は至近距離でも聞こえるか聞こえないか瀬戸際の音量で呟く。目の前の危険人物の発言も、彼の発言も、どちらにも気にかかるものがあったけれど、ヴィルフリート様を見たそいつの目が、色が、表情が、何もかもに恐ろしさを感じて息を呑んだ。

無意識にヴィルフリート様の黒い背を引き、危険な香りを放つその人と距離を置かせる。

「歌も私に関しても、君が未知に挑むのは構わないけれど、物事には時期というものがある。証拠も証言も、意味を持つのは事後であるように――」

発言は私に対してのものに聞こえるけれど、その人物の目は、ヴィルフリート様から離れない。流石の彼も自ら引き下がり、警戒を示した。

もしこの場にお母様がいたのなら、何を聞き出せたのでしょう。

彼が何らかの動きを見せる度に、向こうの喜色は何重にも塗り重なっていく。冷たさも刃物のようなぎらついた感情も一切見えないのに、私はそれをただただ恐ろしいと感じた。


「そろそろ時間かな。まあ無事招待状が届いていたようで安心したよ、それじゃあ、またどこかで会えるといいね」

向こうがそう切り出すまでどの位にらみ合っていたかは分からない。感情の色はふっと消え失せ、その場を去ろうと一歩二歩下がっていく度、私の中に安堵が訪れた。

招待状。とまた意味深な単語を吐くそいつの姿を、忘れてはならない要注意人物として脳に刻み込む。

「ああ、そう言えば」

と言って振り返ったそいつにマーサやヴィルフリート様は即座に反応し、睨みを利かせたものの、向こうはそれ自体が嬉しいとばかりににっこりと笑った。


「私の名前はリーンハルト・アッペルマン。もちろん忘れてくれても一向に構わないさ」



***


「……いっその事、この出会いそのものを忘れてくれないか」


公園の真ん中で、咲き誇る花が彩る世界で、自ら犯した一連の発言を思い返して、何度も何度も後悔をする。白くて重い装束を引きずって路地裏の暗がりへ逃げ込んだ私は、蹲り小さく呻いた。


どうか、私の存在を知らないまま生きてくれないか。

どうか、私を拒絶しこの息の根を止めてはくれないか。

そう懇願するのはとうの昔に諦めてしまった。

そんなものは自分の勝手な都合ではないかと。


私があなたを見つける事で、あなた自身を傷つける事は分かっているんだ。

幾度の輪廻を越えて、幾重にも積み重ねた想いを、私はあなたに与え、求めてしまう。

どうにもならない感情は、今日あなたに私の存在を知られたそれだけではち切れんばかりに膨らんだ。

今日は抑えられた。でも次は? 万が一あなたに触れてしまえば、私の理性など一気に瓦解してしまうだろう。


だから私はずっと暗闇に身を潜めて、

あなたも隠され安全な場所に身を潜めていてほしかった。


でも、このどうしようもない頭は、あなたに会えて嬉しかったと思ってしまうのだ。


「で、」

私が蹲る路地裏の更に奥深いところから、声がする。

あなたと同じ石榴色の光を点した瞳が私を咎めるように睨んだ。

「あんたはまたあの気味悪い手紙を書くのか」

「……気味が悪いなど言わないでほしいな。恋文と言ってくれ」

「全部届いていないがな」

「それでいいんだ。全部破り捨ててくれ」

「……本当に意味が分からないよな、あんた」

暗闇を同化する濡れ羽色の髪、肌の色も、背丈も同じくらい、今のあなたにどこまでも似ているが全くの別人であるエルフリート。彼を通して、うっかりあなたを見てしまいそうになる。

「ごめん」とあなた宛てに呟いた言葉を、彼がどう思ったのかは分からないが、一つ大きな溜息が返ってきたことだけは理解した。


「今日は何をしに来たの? 手紙に関してはもう話したでしょう?」

「別に、あんたがヴィルに変な事を画策しないか確認したかっただけだ」

「本来の仕事をほっぽってまで?」

「ふん」

「私はその方が有り難いけどね」


そっぽ向いてしまったエルくんは、しかし会話が途切れてもその場から動こうとしない。

私がまだ何かする可能性を疑っているのだろう。


でもそれだと少々都合が悪いんだ。ここにもうすぐ彼が来てしまう。

足下に力を篭めてゆっくりと立ち上がると、赤い瞳が鋭さを増した。


「エルくん。私はね、この想いが成就しない事を識っているんだ」


私があなたしか見えないように、あなたが見ているのはいつだって彼女だった。

彼女が運命に左右されるように、あなたはあなたの運命に従い、いつだって早すぎる終わりを迎える。そこに私が介入する術はいつだってなかった。

あなたを守る為にかき集めた何もかもが、あなたの死後に意味を成すのでは意味が無い。


だから、何度でも、何枚でも、招待状を書き、脅迫状を送りつけ、全ての運命の順序をめちゃくちゃにしてあげる。


重い枷のような白の外套を脱いで、空っぽの両手を目の前に広げると、エルくんの顔に怒りが見えた。

彼の手には既に獲物が握られているのだろう。納得できなければすぐに刃を向ける。君はいつだってそうだった。

それに対して私は素手。別に侮っている訳じゃないんだ。言っても理解してもらえないだろうけどさ。


「だから、少しの間、安心して眠っていてほしい」


ああ、私はやはりいつまでもどこまでも、

あなたにそっくりなその顔に、

あなたと別人と理解しているのに、

あなたを重ねて見てしまうんだ。

その面影を求めてしまうんだ。


アリィ「さっきの変な人、名前なんだっけ……アップルさん?」

マ・ヴィ(アップルさん???)


―――――――――――――――――――


ここまでお読みいただきありがとうございます!


(12/21)

×次回は金曜でしょうか、予定がちょっと読めませんが今週中に一本は出したいです…

〇駄目です日曜投稿になります、いつもスケ管ガバガバですみません


タグ:輪廻、ループ、ストーカー 追加いたします

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― 新着の感想 ―
[一言] わーっ、世界の根幹を形作る真実の1つが明かされたこのぞくぞく感、たまりません。 なるほど、そういう物語でしたか。 またもやワクワク度が上がっていきます。 それにしてもストーカーは恐ろしい…
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