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精霊使いノノ

「精霊使いだと!? 本当か! 是非俺たちの仲間になってくれ!」


 時は数日前に遡る。

 とある街のギルド。

 青いベレー帽を被った子供の目の前で、3人の冒険者が騒いでいた。

 3人の内リーダー格であろう真ん中の剣士風の男は飛び上がるように歓喜した。

 続いて彼の後ろに控えている彼の仲間からもどよめきが上がり、歓迎の声が上がる。


「精霊使いってあれだろ? こう、武器も杖も無しに精霊を呼び出してドーンってやつ!? 精霊魔法だっけか? なんだかよくわらないけどすげぇーんだろ!?」

「はっはっは! こいつはついてるぜ! 今日はいつもより高難度の依頼を取ろう!」

「これでかなり楽になるな! よろしくな! あ! えーっとそう言えば名前を聞いてなかったな」


 最初に話しかけてきた剣士風の男が思い出したかのように名前を尋ねた。

 ベレー帽の子供は予想していたよりも過剰な反応を見せた彼らを見ながらちょっとだけ驚いていたものの、ニッコリと微笑みを返す。

 そしてトレードマークであるベレー帽を指先でちょんと上げながら、まじまじと3人の顔を見た。


「ノノです。こちらこそよろしくお願いします」


 ノノと名乗ったベレー帽を被った子供は、お辞儀をしながら答えた。


 3人はノノを心から歓迎するように笑顔を浮かべ、ノノと1人ずつ握手を交わしていく。


「ノノか! いやあ強力な助っ人で助かるぜ! まあ気張らずに気楽にやってこうや! 後ろのバカ2人も口は悪いが気の良い奴らだからそのうち仲良くなれるから心配すんな!」

「おいこらバカはお前だろバカ!」

「ほんっとバカなんだからバカ!」

「あぁ!? バカはてめえだろうがバカが!」


 歓迎のムードはいつのまにやらどこへやら。


 だがこれが彼等なりのペースなのだろうとノノは特に気しない。

 寧ろ子供の自分を見ても特に色眼鏡で見るような事をしなかった彼らに、ノノは無意識に好感を覚えていた。


 ノノをポツンと置いてやいのやいの騒ぎ始めた彼らを見ながら、ノノは少しだけ頬を緩める。

 だが、ノノはすぐに真剣に表情を引き締めた。


 そしてグッと拳を握りしめ、決心したように口を固く結ぶ。


(今度こそ…! 今度こそ認めて仲間に入れてもらうんだ!)


 ノノは騒いでいる彼らをどこか羨ましげな表情で見つめながら、そんな事を考えていた。





 ◇◇◇





「おい助けてくれ! せ、精霊使い! 何してる! はやく! はやく何とかしてくれ!」


 剣士風の男が悲鳴をあげるように叫んだ。

 顔が恐怖に歪み、失禁しているのかズボンには染みが出来ている。


 そこは深い深い森の中。

 ノノを含めた冒険者4人組は、依頼を受けそれらを達成し、帰路に着いたころであった。


 そんな彼らの周囲を巨大な無数の蠢く影が支配している。


 剣士風の男は巨大な蜘蛛のような魔物に襲われていた。

 彼の身体の3倍はあろうかと言う体躯。蜘蛛は身軽な動きと長い脚で執拗に攻撃してくる。

 虚ろで生気の無い瞳がずらりと顔に張り付いており、その下には血濡れの歯が所狭しとギチギチ音を鳴らしている。

 その蜘蛛の口からは仲間だった女剣士の髪の毛がだらし無くぶら下がり、この場で何があったのかを物語っている。


 仲間はすでにノノを含めて3人になっていた。


「や、やめろ来るなあああああ! いや、いやだいやだいやだ、し、死にたく無い死にたく無い! 離れろぉぉおおおお! ぎゃあああ痛い痛い痛い痛い!」


 後方にいた弓を構えていた男。

 いつの間に追い詰められたのか、複数の蜘蛛の魔物に囲まれ、脇腹に噛み付かれて絶叫を上げる。

 途端に鮮血が辺りに飛び散り、その血の臭いに興奮した蜘蛛が男に殺到する。

 まさに一瞬であった。

 なんの抵抗もできぬまま男は押し倒され、途端に大量の蜘蛛が身体に取り付く。

 そして身体中に鋭利な牙を突き立てられれ、生きたままむさぼり喰われていく。


 この世のものとは思えない絶叫が辺りにこだました。


 それを見ていた剣士風の男は更に表情を絶望へと染め上げ、涙を流す。

 いつしか目の前の蜘蛛に抵抗することすら忘れ、呆然と解体されていく仲間を見ている。


 そして思い出したかのように、倒れて意識が朦朧としているノノを睨み付ける。

 それは明確な殺意のこもった、憎悪そのものであった。


「ふざけんなよこの役立たずがぁ! 精霊使いだって言うから連れてきてやれば真っ先にぶっ倒れやがって! テメェのせいで何もかも終わりじゃねえかあああ!」


 ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!


 ノノはそう言ったつもりだった。

 だが最早声すら出ないほど消耗しきっていた。

 ゔゔ…と呻きながら涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている顔を何とか上げる。

 そして最後の力を振り絞って"精霊術"を行使しようと力を込める。


 だが、精霊は答えてくれない。


 ノノが何度も"精霊術"を行使しようとしても、それをあざ笑うかのように蜘蛛の不快なカン高い鳴き声がこだまする。

 なぜ精霊が答えてくれないのか、ノノにはまったくわからない。

 そして力尽きたように、首を地へともたれ掛ける。


 そんなノノを呆然と眺めていた剣士風の男は、一層の憎悪と嫌悪を込めてノノを睨み付ける。


 すでに彼は左腕を蜘蛛に食べられていた。


 彼の上では巨大な体躯の蜘蛛がグヂュグヂュと肉を咀嚼しながら左腕を咥えている。

 時折ポキリと骨を折る音をさせながら。

 蜘蛛は剣士風の男を殺すでもなく、ただ脚を男の右腕に突き刺して動きを封じているだけだった。

 それは獲物を殺して食事をするというよりは、より獲物を痛めつけて楽しんでいるようだった。


 ノノが男を見て悲鳴を漏らす。

 だが、それすら声にならない。


 そして少しずつ、少しずつ剣士風の男は生きたまま身体を分解されていく。

 それから数分が過ぎ、四肢を全部食べられた所で男はやっと絶命した。


 そこは地獄以外の何物でもなかった。

 目を背けることも声を上げることも叶わない。

 ただ目の前の惨劇を呆然としながら見ることしかできない。


 いつしか自らも失禁していた事に気がつく。

 するとそこで堰を切ったようにどす黒い何かが自分の中に渦巻いてくるのを感じ、何故か笑っている自分がいた。


 (ボクのせいだ。ボクが役立たずだから彼らは死んだのだ。あんなに惨たらしく、凄惨に。皆、ボクを恨んで死んだのだ)


 ノノは自らを心底軽蔑した。

 これでもかと言うほど自分を嫌った。


 何が精霊使いだ、と。

 肝心な時に使えないんじゃ自分なんてガラクタも同然だ。


 全ては思い上がった自分のせいであると、ノノは力の入らない歯を少しだけ噛みしめる。



『ふ、ふざけるな! お前というやつは恥を知れ! それだけ精霊に愛されておきながら力も使わずに同胞を死なせるとは何たる臆病者かぁ! 貴様の様なモノは我の子ではない! いや、エルフの風上にも置けぬ"空魔奴"にも等しい痴れ者だ! 村を去り、どこへなり行って野垂れ死ぬが良いわっ!』


 ノノは村を追い出された時に言われた父親の言葉を思い出した。


 エルフであるノノは、父が村長を務める村の中で最も優れた"精霊使い"であった。

 そんなノノを初めは誰もがもてはやし、村開拓以来の天才だと持ち上げては期待をかける。

 だがノノは天才であるが故か常に色眼鏡で見られ、本当の意味で親しい者というのは誰1人としていなかった。

 両親ですらノノの"精霊使い"としての力を特別扱いし、彼らとの溝を感じる事も少なくなかった。


 そして事件はおこる。


 その日はノノが初めて村の外で仲間と共に狩りをした時である。

 突如として強力な魔物が仲間を皆殺しにし、ノノだけが無傷で助かるという事件が起きた。

 魔物に襲われている際、ノノは今のように全く動く事すら出来ず、ただ仲間が魔物に貪り食われているのを泣きながら眺めている事しかできなかった。


 それを知った村の仲間達はノノに対して怒りに震え、処刑せよとの声が上がった。

 だが村長の子ということもあり、村からの追放処分を受ける事になる。



 そんな、今まさにあの時の悪夢が再現されている。



 もう仲間を殺される様を傍観するなど絶対にしてやらない。

 必ず自分が守り抜く。

 そう誓い、村を出て最初に訪れた町で、今度こそ本当の仲間を見つけようと思った。

 だが運命はそれを許さなかった。



 ノノはもう蜘蛛に身体を引きちぎられようが、貪り食われようがどうでも良かった。


 もうこんな現実も自分も見たくない。

 そんな自棄にも等しい投げやりな感情がノノを支配していた。


 こんな寂しくて惨めな思いをするしかないのなら、生きていても仕方がない。

 希望なんて持てるはずもない。


 だからさっさと殺してくれ。

 ノノは心の中でそう呟いた。



 だが予期していたその時は一向に訪れなかった。


 それどころか気がついた時には身体が動くようになっており、辺り一面を埋め尽くしていた蜘蛛も綺麗さっぱり消え去っていた。


 さっきまで嘘のように動かなかった身体もピンピンしている。

 まるで嘲笑うかのよう。

 まるで不調など知らぬといったように。

 身体はすこぶる調子が良かった。


 危機が去った途端これである。

 もはや呆れて何の言葉も出ない。

 臆病者とはまさに自分の為にある言葉ではないか。


 ノノはそんな自分の身体へ苛立ちながらギリっと歯を食いしばる。


 そして傷一つついていない拳を思い切り地面へ殴りつけた。


「なんで……なんでまたボクだけ生きてるんだよ……!」


 乾いたはずの目頭。

 小さな頃からほとんど泣くことの無かったノノの目元が熱くなっていく。


 そしてそこでノノは耐え切れなくなり、大声で叫びながら泣いた。





 ◇◇◇





 ノノは新しい町へと訪れていた。


 前にいた街で仲間になった3人はいわゆる中堅冒険者であった。

 それなりに実力があり、冒険者内では割と有名だった。

 不幸中の幸いか、3人が死んだとギルドに報告しても、ノノは特に糾弾されるような事は無かった。

 冒険者ギルドでは死などありふれている。

 彼らの死を悼む者は多かったが、ノノは誰からも責められる事は無かった。


 だがそんな彼らを見殺しにした自分が大手を振って表を歩けるほど、ノノの精神は強くない。


 気づいた時には逃げるようにその街を去っていた。

 そして新たにこの町へとやってきた。



 ノノは町の中心部へと歩いた。

 途中で町を歩いている人にとある場所を尋ねると、町の中心にあると言われたからだ。


 ノノは冒険者ギルドへやってきた。

 精霊を操る以外の特技がないノノには、お金を稼ぐにはここに来るほかない。


 スイングドアを開け、恐る恐る中へ入った。


 朝の早い時間ということもあり、ギルドは冒険者でごったがえしていた。


 依頼書の掲示板の前で大人たちが血まなこになって依頼書を取り合っている以外は、数日前までいたギルドとほとんど変わらない。


 それを横目に見ながら受付へ向かう。

 そこにはおっとりとした目の金髪の女性が受付に座っていた。


 女性はノノを見てニッコリと微笑んだ。


「あの……」


「はい」


「隣街で冒険者をしていた者ですが」


 受付の女性は冒険者ギルドに場違いな自分のような子供を見ても特に何も言ってこなかった。

 少しばかり怪訝な表情を浮かべてはいたが、基本的には笑顔だ。

 ノノはそれを見て少しだけ安堵する。


「かしこまりました。ではこちらの用紙に必要事項の記入をお願いします」


 ノノは小さく会釈して用紙を受け取ると、スラスラと記入して受付の女性へ手渡した。

 もちろん、職業の欄には"精霊使い"と記入している。


 すると女性は少しだけ驚いた表情を見せ、すぐに笑顔に戻ると、用紙を受け取って「結構です」と言った。

 そして奥から現れたギルド職員に用紙を手渡し、その職員が数分して戻ってくると、コクリと受付の女性へ頷いた。


 すると女性はまたニッコリと笑い、ノノへ向き直る。


「ノノ様。おまたせ致しました。確認が取れましたので当ギルドでも依頼を受けていただいて結構です。そこでこれは当ギルドからの提案なのですが……。ノノ様は"精霊使い"との事ですが、"パーティ"を組んでいらっしゃらないようなので、こちらからいくつか優良なパーティを紹介さしあげたいと考えておりますが、いかがでしょう?」


「パーティ……」


 ノノはそう無意識に呟く。

 そして同時に蜘蛛に殺される3人の姿を思い出す。

 途端に気分が悪くなり、頭を振ってあの光景を消そうとする。

 だが染み付いたように脳裏に残るあの瞬間は消そうと思って消えるものではない。


 縋るように自分へ助けを求める仲間。

 そして血の臭い。


 ノノは下を向いたまま立ちつくす。


 急に変わったノノの雰囲気に、受付の女性が首を傾げる。


「ノノ様……?」


 ノノは受付の女性に声をかけられると、ハッとして顔を上げた。

 心配そうにノノを見る女性から目を逸らしながら、少しだけ間を置き、ノノは言った。


「すみません。せっかくの提案ですが、辞退します……」


 すると受付の女性は残念そうに目を伏せる。


「そうですか……。承知致しました。こちらとしても無理強いすることはありませんので、心配はしなくて大丈夫ですよ。出過ぎた提案でしたね。申し訳ありませんでした」


「……」


 受付の女性が頭を下げると、ノノは申し訳なさそうな表情で無言になる。

 そして無言でぎこちないながらも女性へ頭を下げ、逃げるように受付を後にした。


 ノノはそのまま手頃なギルドの丸テーブルに腰掛けた。


 近くを通り過ぎる冒険者が珍しい者を見るようにノノを見るが、特に何もしないで通り過ぎていく。

 ノノは彼らをチラりと見ながら、はぁとため息をついた。


 ノノは本心ではさきほどの提案に飛び付きたかった。

 ノノにとって信頼しあえる仲間というのは何よりも欲しいものだったから。

 笑いあってる冒険者や、走り回って遊んでいる故郷の村の子供たち。

 そんな彼らをノノはずっと外側から見てきた。


 だが、ノノは提案に乗る事は出来なかった。

 また誰かが傷つけられ、嬲られ、殺されようとも、自分はただ傍観するしか能のない役立たずなのだから。

 そんな自分に仲間など作る資格なんかない。

 そう自分に言い聞かせる。


 チラリと依頼書の貼ってある掲示板を見た。

 その前では未だに屈強な男達が壁を作って騒いでいる。


 あの中をどうやって依頼書まで辿り付こうか。

 精霊術を使って彼らを眠らせてしまおうか。

 そんな考えが頭をよぎり、ダメだとブンブン頭を振った。


 しかしあの喧騒がいつ止むのかも分からない。

 止んだとしてもノノにはマトモな依頼が残っているとは到底思えなかった。


 そう考えるとノノはぐったりと丸テーブルに頭を伏せる。


「「はあ……」」


 ノノが思わずため息をつくと、同じような声が後ろから聞こえてきた。


 思わず振り向く。

 すると相手もこちらに振り返っており、思わず目があってしまう。


(子供……? だいぶ汚れてるけど……、もしかしてボクと同じ冒険者なのかな?)


 ぶっちゃけていうと第一印象はばっちい子供、だった。


 だけどどこか自分と似ているような……、そんな気にすらさせる目をしている。


 だがノノはすぐにそんな思考を払った。


 細身で真っ白なノノに対して、目の前の少年は割とがっちりしていてなんだか鋭い感じがした。

 服はボロボロだし、髪もボサボサ。

 傍に置いている……、あれは剣だろうか?

 何の変哲もない剣だが、使い込まれているのが分かる。


 そんな自分と相手の容姿を見比べ、ノノはなんだかおかしくなった。


(ふふっ。なんで似てるなんて思っちゃったんだろう。彼とボクじゃ雰囲気も見た目も全然違うじゃないか)


 ノノが目をパチクリさせていると、少年が少しだけ引き攣ったような顔をした。

 ノノはそれが何故だか分からず、自分の何かが変なのだろうかと慌てて服を確認する。

 特におかしなところはない。

 だが未だに引き攣った顔をしている少年に、ノノはたまらず聞いてみた。


「ぼ、ボクの顔に何かついてるかな?」


「あ、いやごめん。そういうつもりじゃなかったんだけど、あんまり君が真っ白だったから」


「真っ白? これはどっちかというと青じゃないかな?」


「そういうことじゃないよ……」


 少年はノノが頭にはてなマークを浮かべ、首をかしげるのを見ると、もういいや、と呟く。

 よく分からなかったため、ノノはそれ以上追求しない事にした。

 少年も特に気にしていないようで、持っている剣をカチカチと弄りながらげんなりした顔で依頼書の掲示板を見ている。

 そこでノノは少年も掲示板の依頼書を欲しがっているのだと分かった。


「もしかして君も掲示板が空くのを待ってるの?」


「うん。あの様子じゃ当分空きそうにないけどね」


「そうだね……」


 ノノはその時、今まで感じたことのない奇妙な気持ちになっていた。

 それが何なのか、ノノ自身まったくわからない。

 そんな未知の心地であった。


 それを感じさせたのは目の前の少年だ。

 ノノは自分でも知らない間に少年と何の違和感もなく話している自分に気がついた。


 なぜだろう。

 この少年と話す時はなんだかまったく緊張しない。

 あったこともない、どこの誰ともわからないさっきあったばかりの少年だ。

 なのに気付けば何の溝も意識せずにさも当たり前のように会話している自分がいた。


 今までであればまた傷つけてしまうのでは無いかと無意識に距離を置いていた自分が、だ。

 何故だろう。

 ノノにはそれがいくら考えても分からない。


 ふと少年を見ると彼は何故か悲しげな表情をしていた。

 諦めたような、何かに落ち込むような、寂しげな目。


 ノノはそれをみて戸惑った。

 自分が何か気に触ることをしたのではないかと。

 そう考えるとノノはいてもたってもいられなくなった。


 慌てて少年へ問いかける。


「どうしたの? 顔色悪いけど大丈夫?」


「……大丈夫だ。ちょっと考え事してただけだから」


「そっか、それならいいけど……」


 返ってきたのはそんな当たり障りのない返事。

 自分が何かしたのかと思ったが、どうやらそれは杞憂だったようでノノはホッと胸をなでおろす。


 でもあの表情が頭から離れない。

 離れてくれない。


 そこでノノはハッと気がついた。


 そうだ。

 あれはまるで、森の中で打ちひしがれていた自分のようではないか。

 何もかも嫌になって投げ出したいと口では言っている癖に、心の中ではどこか救いを求めている、そんな心境の表情。

 何が彼にあんな表情をさせるのだろうか。

 何が彼をあそこまで追い込んだのだろうか。

 ノノは自分以外にあんな表情をする者がいる事に素直に驚き、憐れみ、そして何故だか少しだけ嬉しかった。


 そう思ってしまったノノは落ち着きを欠いていた。

 特に何を目的とするわけでもなくキョロキョロと辺りを見渡しては、そんなノノを見ながら首を傾げる少年と目が合うと慌てて目をそらす。


 そんなやり取りが数回続き、ノノは遂に意を決したかのように少年を見た。


 少年が少し引いていた。

 ちょっぴり凹んだ。


 いけないと心のどこかで分かっていた。

 あの3人の冒険者が頭をちらつく。

 でもノノは止まらなかった。


「えっと……」


「……俺の名前はリノアだ」


「リノアさん! リノアさんだね! その、会ったばっかりの人にこう言っては何だけど、お願いがあるんだ!」


「ああ……。金なら貸せないが他の事であれば……」


「ボクと一緒に依頼を受けてくれないかな!」


 ギルドにいた冒険者たちがギョっとして2人を見た。

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