手負いのC級冒険者
「結局ロクな依頼が残ってなかったね」
「ギルドのシステム的にどうしようもないな。新しい依頼は朝一斉にはり出されるらしいから、出待ちも考えたが他の冒険者も同じことしてるだろうし」
「つまりお子ちゃまのボクらには基本的にまともな依頼は回ってこないということだね」
「身も蓋もなく言えばそういう事になるな」
「「はぁ……」」
2人してげんなりとため息をつく。
渋々と残っていた中でもマシであろうと判断した依頼書を手に、リノアとベレー帽こと"ノノ"は町から1時間ほど離れた森の中にいた。
リノアが手に持っている依頼書には、
『マリウノキノコ×15 銅貨20枚 余剰分は一つにつき銅貨1枚出します』
と書かれてある。
リノアは基本的に教養は無いが、簡単な単語や数字くらいなら読むことができた。
マリウノキノコとはもっぱら料理の薬味として使われるいわば毒キノコであり、ピリッとした辛味とツンと鼻に付く臭みがうんたらかんたらの、いわば食材である。
ちなみに簡単な麻酔の効果もあるらしい。
毒々しい見た目の割にそこまで毒性はなく、寧ろ人体に良いものなのだという。
リノアもまさか初仕事が魔物狩りではなくキノコ狩りになるとは思ってもみなかった。
「銅貨20枚か……。しょっぱいなぁ」
ベレー帽のノノがしゅんとした表情でそう呟く。
目の前にあった小石を小突きながら気が乗らないと口をへの字に曲げている。
「仕方ないだろ。これより実入りの良い依頼となると馬鹿みたいに高難易度の依頼しか無かったんだから」
依頼書の掲示板に残っていた依頼は極端だった。
ドブさらいやゴミ掃除。他にはネズミ退治や害虫駆除といった誰もやりたがらない汚くて実入りの少ない雑事がほとんどだった。
掲示板の上の方を見ると、難易度の判子が依頼書に押されまくっているB級やA級の受ける仕事がいくつも鎮座していた。
無論、昨日冒険者になったばかりのE級リノアに、そんな依頼を受けることはできない。
ちなみにノノは駆け出しではあるもののD級である。
ならばと簡単な依頼書の中から2人で厳選した結果、このキノコ狩りになってしまったのだ。
そんな事を思い出しながらリノアはノノへ語りかけた。
「そういえば聞いてなかったけど、ノノはどんな武器を使うんだ? パッと見たところそれらしいモノが見当たらないが」
「ボクは武器は使わないんだ。精霊使いだからね。うーん、あえて武器って事で言うなら、この空気の中に存在してるって感じかな?」
精霊使いか……。リノアは小さく呟いた。
リノアは実際に精霊使いを見たのは初めてだった。
存在は知っていたし、それを生業として冒険者をしている人がいる事も耳にしたことはある。
だが改めて実物を見ると案外普通の人なんだな、とも思っていた。
リノアのイメージでは、もっとこう角とか尻尾を生やしている人間離れしたイメージだった。
リノアはうーんと唸りながらノノの身体を凝視する。
するとそれに気がついたのか、ノノがビクっと驚きながら警戒してくる。
「な、何かな」
「……ちょっと興味があったから」
「興味!?」
「……?」
ノノが顔を真っ赤にしながら身体をのけぞらせた。
何か勘違いしているようだが、リノアは無言で面倒くさそうに側を通り過ぎてさっさと先へ向かう。
そんなリノアを見たノノが安堵の表情を浮かべ、いそいそとリノアを追った。
◇◇◇
「これかな?」
「多分」
リノアとノノは顔を付き合わせるように2人してやっとこさ見つけたキノコをまじまじと凝視していた。
「この赤い斑点と逆立った身。間違いないんじゃないかな」
「うーん。でも良く見てみろよ。この付け根の辺りとか依頼書に載ってるキノコと微妙に違くないか? それにほら、この先端部分とか――」
そんなこんなでそれからも辺りを歩き回り、それっぽい物を含めて20本ほどのキノコを収穫した。
だいぶ怪しいのも混ざっているため、少しだけ多めに収穫しておいたのだが、まあこんなものであろう。
「こんなもんかな。じゃあ帰るか」
「……もうやだ。ボク一生分キノコ見た気分だよ……」
ノノは歩き疲れたのか、ぐでんと地面に身体を投げ出して五体投地している。
リノアの中でどんどん精霊使いのイメージが変わっていく。
最後の方はノノはダウンしており、ほとんどリノア1人でキノコを集めて回っていた。
「大丈夫か? 立てないようならおぶってくけど」
「うーん。さすがにそれは悪いかな……。ボクはここで少し休んで行くから、リノアは先に帰っててよ」
と言いつつもノノは割と本気でしんどそうだった。
幸い鍛えているリノアにはまだ全然余裕がある。
キノコ入りの袋を持ちながら体躯の小さなノノを背負って帰るのは特に苦にはならない。
だがリノアはノノの体たらくに、ノノが心配になっていく。
この程度で体力が尽きるのであれば冒険者なんてやらない方がいいのではなかろうか。
そんなセリフを口走りそうになるが、ノノもそれを分かっていないわけではないだろうし、余計なお節介かと思い直し口をつぐむ。
ノノは相変わらずうーんと呻きながら五体投地している。
リノアは渋々ノノを抱えると、異様に軽かった事にびっくりしていた。
「軽っ」
思わず口に出てしまうほどである。
「え!? な、な、何してるんだよ!」
ノノが抱えられた途端に飛び上がるように声を上げる。
顔を真っ赤に染め上げ、小さく悲鳴を上げながらリノアの背中でジタバタと暴れるが、直ぐに力尽きてぐったりとなってしまう。
リノアの背中からため息が聞こえる。
「もういいや……。ごめんねリノア。悪いけどお願いできるかな?」
「いや、こっちこそ急に背負ってしまって悪いな。別に男同士だし問題ないだろうと思ったんだが、気に障ったのなら謝る」
リノアがそう言うとノノは一瞬むっとした表情を浮かべたが、すぐに首を振って思い直すように言った。
「ううん。それよりも謝らないといけないのはボクだよ。依頼に誘っておいてまったく役に立ってないんだから……」
「気にしなくていい。大した苦でもなかったし」
「……」
するとノノは少しだけ無言になると、ギュッとリノアの服を握り締めた。
まるで決心したかのように。
言葉を選びながら伝える内容を懸命に頭の中でつむぎ集める。
そんな、とても強い意思のようなものを感じた。
リノアが動きを止め、ノノの言葉を待つ。
そしてノノは満を辞したようにリノアへ告げた。
「リノア、約束して欲しいことがあるんだ」
「約束?」
「うん。大した事じゃ無いんだけどね。でも必ず守って欲しい。リノアの命に関わる事だから」
(命に関わる事? なんだろう)
リノアは心の中でそう呟き首を傾げる。
ノノは続ける。
「もし危険を感じたらボクを置いて逃げて欲しい。……ボクには精霊が付いてるから危険が及ぶことはないけど、リノアは違うから……。えっと、だからね、危ないと思ったら1人で逃げて欲しいんだ」
「……」
ノノがそう言うと2人の間にシーンと沈黙が訪れる。
リノアはノノの言った事を言葉としては理解しているが、なぜそんな事をこのタイミングで言うのか全く分からない。
つまりは敵が来たら自分を置いてさっさと逃げろと言っているのだ。
いくら冒険者となって日が浅いリノアと言えども、そんな行為が褒められた事では無いのは分かる。
無論、ノノもそんな事は承知の上だろう。
その上で自分を見捨てろと言っているのだ。
必ず何かしらの理由があることは容易に想像がつく。
いくら精霊使いとは言え、"精霊術"を行使しなければ彼等は基本的に無力だ。
爆破的な力と魔技の様な段階を踏む事のない展開速度は、確かに強力だ。
だがこれだけ体力を消耗しきった者に、まともに"精霊術"を行使できるとは思えない。
ノノは精霊が付いているからと言っていたが、精霊は危険が迫ったからと言って自動で守ってくれるような便利なものではない。
きちんと鍛錬を積み、発動手順をしっかり押さなければ、才能があろうと簡単な"精霊術"すら行使する事は出来ないのだ。
自分は死んでいいからリノアは逃げろ。
そう言っているのである。
無論、リノアはそんなもの聞き入れるつもりはない。
聞かなかったことにし、適当に頷いて相槌を打っておく。
ノノは「絶対だからね」と言い、言い切ったようにコテンとリノアの背中に頭を預ける。
リノアはその言葉を聞いてとくに何を言うでもない。
一抹の不安を感じつつも、ノノをしっかりと背負い直し、軽々と道を進んだ。
そんな時である。
ポツポツと雫がリノア達の頭へ落ちてきたかと思うと、すぐに土砂降りに変わった。
リノアは一度ノノを木陰に降ろし、いそいそと荷物から雨具布を取り出し、自分とノノにかぶせる。
それから30分ほど歩いただろうか。
雨の勢いが収まったかわりに、リノアは辺りに異様な気配を感じていた。
「静かすぎる」
リノアは一人そう呟いた。
動物の鳴き声や気配はおろか、虫の鳴き声すらまったくしないのだ。
まるでその空間だけ時が止まったような気味の悪い違和感だった。
リノアの背中からノノが心配そうにリノアへ視線をやる。
リノアは立ち止まり、辺りを見渡す。
やはり木々以外は何も見当たらない。
気のせいだろうか?
いや、そんな筈はない。
この静けさは異常だ。
リノアはそう思い直し、念のため鉄剣に掛けていた雨具布を解き、いつでも抜刀できる準備をする。
そして最大限に辺りに注意を向けながら歩みの速度を上げた。
だが、さらに数分進んだ先でリノアは警戒心を強めながら立ち止まっていた。
リノアの目の前には血だまりがあった。
それも尋常な量ではなく、人間であれば数人分の致死量がべっとりと辺りに散っている。
リノアは血の中に短剣と思しきものや革帯が散乱している事に気づいた。
ノノが絶句し、身体を震わせている。
(冒険者か? 魔物にでもやられたか)
だがこれだけのものものしい血の跡に、争った形跡は見当たらない。
無論、怪我をした冒険者の姿も、死体も見当たらない。
「そんな……、また」
ノノが恐ろしく小さな声でそう呟く。
震えがリノアの背に伝わり、ノノが怯えているのがわかった。
そんな時、ふと妙なモノを感じ左に目をやると、リノアは目を見開いた。
そこには巨大な岩に背を預け、血塗れでこちらを凝視している髭もじゃの男がいた。
手で押さえている脇腹からダクダクとドス黒い血を流しているところを見るに、恐らくは内臓をやられてる事が分かった。
顔を苦痛に歪めながらも、リノアの身長ほどもある斧をいつでも手の届く距離においている。
こちらを警戒しているのか、男はリノアから目を逸らそうとはしない。
リノアは側の木陰にノノを降ろす。
するとノノが懇願するように目端に涙を浮かべ、リノアの服の袖を掴みながらふるふると首を横に振った。
「約束……、忘れないで」
「ああ、わかってる」
既に意識が朦朧としているのか、ノノは消え入りそうな声でリノアへ告げた。
そんなノノを見たリノアは小さく優しげに笑う。
ノノはその言葉を聞いてリノアをジッと見ていたが、やがて恐る恐る手を離してぐったりと木に寄りかかる。
リノアは何も言わない。
リノアは鉄剣の鞘に手を当てながら男へ近づく。
そんなリノアを見た男は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、斧を手に取ろうとする。
それを見たリノアは動きを止め、男へ「待て」と言った。
「落ち着いて。何があった」
リノアの言葉に、男は怪訝な表情を浮かべながらも、苦悶の表情で言葉を返した。
「……襲われた」
「何に?」
「今でも信じられねえ……。俺の目に狂いが無ければ、あれは業魔だ。あれは……あんなものは人が相手をしていい生物じゃねえ……」
「……。いつ襲われた?」
「……数分前だよ。あの糞野郎……俺の仲間をバラバラに引き裂きやがった。死体すら残っちゃいねえ。生き残った奴らも散り散りだ……」
そう言いながら男はギリっと悔しそうに歯を食いしばる。
目には薄っすらと涙のようなものも見える。
リノアは見ていないフリをしながら男へ近づいた。
「傷を見せて。応急処置くらいは――」
「馬鹿かテメェは! 俺の話を聞いてなかったのか! ああ!? 業魔だぞ!? S級の糞共か魔導騎士団総出でも無けりゃ奴らを殺す事は不可能だ! テメェみてえなガキじゃ話になんねえんだよ! とっととあのガキ抱えて失せやがれってんだ!」
男は息を荒げながらそう捲したてるように言うと、腹の傷に響いたのか顔を大きく歪ませた。
「……処置がしにくい」
リノアはそう言いながら男の傷口へノノの荷物の中から見つけた清潔そうな布を取り出し、圧迫するように押し付けた。
「いででででっ……あああクソが! 馬鹿やめろ! 俺はどうせ助からねえ! それにお前に助けてもらう義理なんてねえだろうが!」
「……。冒険者が冒険者を助けるのは当たり前じゃないのか?」
リノアのそのセリフを聞いた男は一瞬痛みを忘れたのか、呆れたような表情でリノアを見た。
「お前って奴は本当に馬鹿だったんだな……。なわけあるかい。冒険者は冒険者の脚を引っ張るもんだ。そうして上へ駆け上がらなきゃ明日の飯にもありつけりゃしねえからな。他人は蹴落とせ、仲間は生かせ。それが冒険者としての常識だ」
「……なるほど」
リノアはそう呟くと男から身を引いた。
それを見て男は少しだけ寂し気な表情を浮かべたが、思い直すように作った不敵な笑みを浮かべた。
「へっ、やっと分かったかクソガキ。役立たずの馬鹿はさっさと消え……、おい何してやがる」
男はリノアが青いベレー帽を被った仲間を連れて去るのかと思っていたが、何やら袋からキノコを取り出し、鉄剣で器用にすり潰し始めた。
リノアはぐちゃぐちゃになったキノコを鉄剣に乗せ、男の傷口へ近付ける。
「……なんの真似だ」
男がリノアを睨み付ける。
「これをその傷口に塗りたくるんだけど……」
「……」
男は何かを言いかけたが、観念したようにそっぽを向いた。
リノアはその様子を見て躊躇なく男の腹に"マリウノキノコ"を塗りたくった。
「ぐっ……!」
男が激痛に顔を歪めるが、それ以上声を出すことはなかった。
肩で息をしながら苦しそうに傷口を押さえる。
「素手で触ったらだめだ。ほら、これでちゃんと塞いで」
「……」
男は無言で布を受け取ると、リノアの言う通りに自分で布を傷口に被せた。
すると少し時間を置いて、男は傷口の痛みが多少楽になっている事に気がついた。
男はチラリとリノアの方を見ると、リノアはベレー帽の仲間に小さく謝り、地面に寝かせるように体を横たえらせた。
何故かベレー帽の仲間は意識が朦朧としているようで、リノアの服を弱々しく握っては何かを伝えようとしている。
だがリノアはそれに取り合う様子はない。
するとリノアはベレー帽が着ていた青い大きなローブを剥ぎ取った。
男はそれを見てギョっとしていた。
そしてそのローブを手に、リノアが男へ歩み寄る。
その様子を見て男はリノアが自分に近づく前に、手で制した。
「……もう十分だ。さっきよりかなり楽になったよ。もういい。これ以上ここに留まってたら本当に危険だ。業魔は必ず俺を迎えに戻ってくる。そうしたらテメェも巻き添えだ」
男は腹を押さえながら真剣な表情でリノアへ言った。
そこに蔑んだ表情や、卑下を意味するものはない。
男はただ純粋に、リノアとノノの身を案じているのだとリノアは分かった。
「おっさん体重は?」
「おい! 聞こえなかったのかよ!」
「……死にたくないなら従ってよ。別にあんたの為じゃない。俺がやりたいからやってる」
「はぁ……? 何言ってやがる。大体テメェの体格じゃ俺を……」
「乗って」
リノアは先程ノノから剥ぎ取ったローブを何の惜しげも無く雨でべちゃべちゃの地面に敷き、その上へ横になれと指を指していた。
男は呆れたようにその様子を見ていた。
男は自らを危険に晒してまで自分を救おうとするリノアが理解出来なかった。
自分がリノアの立場であれば、血塗れで倒れている冒険者を見つけたら会話すらせずに見捨てるだろう。
仲間であれば話は別だが、赤の他人など知ったことではない。
そいつが自分より高いクラスを持つ冒険者なら尚更だ。
そこに留まることは死を意味する。
だが男が理解できないのはそれだけではない。
何せ目の前の少年はつい先日ギルドで自分が――
そして男は小さく呟く。
「……お前まさか。俺がお前に何をしたのか覚えてないのか?」、と。
リノアに聞こえるか聞こえないかといったあまりにも小さな声だった。
男はそんな卑怯な自分が心底憎たらしくなる。
幸か不幸かリノアはその声を聞き取れなかったようで、特に何を言うでもない。
そんなリノアを見て安堵した自分がいることに、男は今度こそ恥を知った。
そして男は言う。
「……ああそうかい。好きにしろ。どうなっても知らねえからな」
謝ろう。
都合の良い話だが、せめてそれくらいしなければ。
男はそう思ったが、呆れた事に口から出てきたのは強がりと虚勢であった。
そんな自分に怒りを抑えきれず、痛みも忘れギリっと歯を食いしばる。
たがリノアは淡々と答えた。
「そうする」
男は何も言わずにリノアに従い、ローブの上に仰向けになった。
多少脚がはみ出してはいるが、こればかりは仕方がない。
男は移動するのにも苦痛を伴うようで、小さく「ぐっ」と言いながらも何とか落ち着いた。
リノアは男がローブに乗ったのを確認すると、鉄剣をおもむろにローブの端に突き刺し、グルグルにしていく。
それからリノアは細長い蔦のようなモノを持ってくると、それで男とローブを固定していく。
テキパキとした手際と器用さに、男は舌を巻いていた。
そしてベレー帽の仲間を鉄剣の上に座らせるように背負うと、男とローブを引きずりながら前に進み出した。
決して速くはないが、ズルズルと音を立てながらも男はローブに乗せられて引きずられていく。
そんな様子を見ながら無理だろうと半ば諦めていた男は唖然とした表情を浮かべる。
「おい……嘘だろ……」
男が小さく呟いた。