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真っ白な仲間

「逃げよう」


 リノアが真顔でアリスへ言った。

 途端にアリスの顔がカァと赤くなっていく。


「お、お兄様、その、気持ちは嬉しくはあるのですが、まだ早いというか、危険というか、ほ、ほらまだお兄様は剣の修練がありますし、やっと冒険者にもなれたことですし、もう少し落ちついてから――」


「あー、いや、そうじゃなくてだな。本格的にジェードが何をしてくるか分からなくなったんだ」


「……」


「アリス?」


「そうですよね。分かってましたけど」


「……?」


 リノアは何故か落胆したような安堵したような表情を浮かべるアリスを見ながら、首を傾げる。

 まあ危険だと分かってくれたのならいいかと、リノアは特に気に留めない事にした。


 その後冒険者ギルドであった事を事細かにアリスへ説明する。

 もちろん、ジェードがアリスを奪うと言った発言も含めてだ。


 だがそんなリノアの言葉を聞いても、アリスは特に驚いた表情は見せなかった。

 リノアは寧ろ、アリスから悲しげな表情を感じ取った。


「お兄様」


「なんだ?」


「明日のご予定はありますか?」


「なんだ唐突に……。そうだな、今日結局ギルドで仕事を受けて来なかったから、明日は冒険者として初仕事になるだろうな」


「では朝からギルドへ行かれるのですね?」


「まあ、そうなるな」


「そうですか……。分かりました」


「アリス?」


 アリスはそれ以上何も言わなかった。


 リノアが何か言いかけると、アリスは言葉を遮るようにニッコリと笑う。

 そしてこれで話は終わり、と言ったようにリノアから離れ、家の外へ干し芋を取りに出ていった。

 リノアは首を傾げながらそんなアリスを見ていた。




 2人で黙って干し芋を食べながら、時折ニコニコとリノアを見るアリス。

 それに気づいたリノアが目を逸らす。

 そしてアリスがクスリと笑う。

 そんないつもの夜であった。


 奇妙な晩餐が終わり、お互い明日の仕事の準備をする。

 リノアは特にこれといってやることは無いのだが、明日の初仕事に緊張しているのか鉄剣を抜き差しして落ち付かない様子だ。


 そんなリノアを横目に、アリスは治癒の魔技で使用する魔法陣を書いた"護符"を用意している。

 一つ一つに丁寧に魔法陣を書き込み、それらを三角に折っては藁袋へ規則正しくつめていく。


 アリスの仕事は無論、治癒術士である。


 ここで少し治癒術師について解説する。

 通常、治癒術士は聖教会と呼ばれる組織の傘下に入るのが一般的だ。

 聖教会は治癒術士の希少性をちゃんと理解しており、それなりの金を払わなければ治療を提供することはない。

 つまりは治癒術師の独占。

 当然、聖教会はそんな治癒術士を囲い込む為、彼らに多大な褒賞を支払っている。


 だがアリスの仕事先は聖教会ではない。

 アリスにリノアという空魔奴が身内にいると分かった時点で、聖教会はアリスを雇うことは無いからだ。

 この国は魔力至上主義である。

 中でも国教である聖教会は空魔奴の存在をもっとも忌み嫌っていると言っていい。

 ゆえにアリスには聖教会の敷居を跨ぐ事すら許されていない。


 だが国は聖教会に入らずに勝手に治癒術士として商売をすることを法律で禁じている。

 聖教会と王家が癒着しているのだ。

 だからいつまでたっても聖教会の治癒術師独占は揺るがない。


 だが例外は存在する。

 孤児院だ。

 孤児院は基本的に寄付金や出資者の資金で成り立っている。

 ゆえに慢性的に資金不足に陥っているのが実情だ。

 かといってそれらを放置し、国内に孤児があふれかえっても何一つ良い事はない。

 治安は悪くなる上に、対外的にも良い印象は持たれない。

 そこで国は仕方なく例外として孤児院に治癒術士を雇う許可を与えている。


 アリスは村の孤児院に雇われている。

 村を離れずに治癒術士としての仕事ができるのが、孤児院くらいしか無かったからだ。


 だが孤児院で働く治癒術士はあまりいない。

 その理由は単純だ。

 圧倒的に賃金が安いからである。

 その上、治癒の対価である料金は聖教会よりも孤児院の方が圧倒的に安い。

 それもこれも国が孤児院に金が集まりすぎない様にきちんとバランスを取って決まりを作っている。

 孤児院で働きたがる治癒術師がいないのであれば意味が無いとも言われてきたが、物好きはいつでも一定数以上はいるものだ。


 孤児院の治癒術師は正に庶民にとっての病院と言ってよい。

 そのため治療費の安い孤児院には聖教会よりも多くの人が集まる。


 アリスのいる孤児院にも毎日大量の患者が現れている。

 よってアリスはいつもクタクタに疲れて帰るはめになるのだ。

 それだけ働いても賃金は雀の涙ほどしか出ないのだからやっていられない。

 薄給激務とはまさにこの事だ。


 そんなアリスを見て、リノアが何も思わないはずはない。

 自分さえいなければアリスは幸せになれるのではないか。

 リノアはそう思わざるをえないのだ。



 アリスが明日の仕事の準備を終え、2人は横になった。


 疲れが溜まっていたのか、リノアが眠りに入ろうかと目を閉じると、アリスが肩をゆさゆさと揺らしてきた。


 リノアがアリスを恨めしそうに見た。


「お兄様、寝れません。少しお話ししませんか?」


「明日も早いんだろ? 寝たほうがよくないか?」


「寝たら一瞬で明日が来てしまいます。そんなのつまりません」


「つまりませんって……」


 にんまりと笑うアリスに観念したのか、リノアはムスッとした顔でアリスの方へ身体を傾けた。


「なんだ話って」


「いえ。特に話したい事はないのですが、何となく話したいというか」


「はぁ? なんだそりゃ」


「いけませんか?」


「いや、別にダメって訳じゃないけど……」


「ふふっ。お兄様ならきっとそう言ってくれると思ってました」


 リノアはため息をつきながらも、その晩はアリスと色んな事を語り合った。




 ◇◇◇




 朝、リノアが起きるとアリスの姿は無かった。


 アリスは孤児院へ仕事に行ったのだろう。

 リノアもかなり早く起きたつもりだったが、疲れが溜まっていたせいか、結構グッスリとやってしまったようである。


 リノアは今日からは自分も仕事に行かなければとパチリと自分の頬を両手で叩く。

 今のうちに少しでも金を貯め、この町から離れる資金を作らなければならない。

 軽く干し芋を口に入れてから鉄剣を持ってギルドへ向かった。



 ギルドへ付くとスイングドアを開け中へ入る。


 今は朝の時間帯である為か、昼の昨日と比べて人が多い。

 リノアはまた昨日のような洗礼を受ける羽目になるのではないかと覚悟していたが、誰もリノアに構う余裕など無いようである。


 ガヤガヤと仲間内で依頼の貼ってある掲示板の前であーでもないこーでもないと話し合い、どの依頼を受けるのかが決まると依頼書を剥がして受付へ持っていく。


 リノアはそんな光景が繰り返されているのを見ながらなるほどと頷いた。

 つまり自分も良い依頼書が無くなる前にさっさと依頼書をゲットしなければならないのかと思い、掲示板の前へ小走りで移動する。


 だが大勢の大人の冒険者たちがたむろしいていて全く依頼書のある掲示板に辿り着けない。


 終いには「じゃまだ失せろ糞ガキ!」と髭もじゃのオヤジにど突かれて床にすっ転ぶ始末。


 リノアは渋々と掲示板を後にし、丸テーブルに座って依頼書争奪戦が終わるのをげんなりした表情で待った。


「「はあ……」」


 呆れてため息をつくと同じようなため息が重なった。


 ん?と思いながら振り返ると、同じように向こうもこちらへ振り返っており、目があった。

 リノアと同じように丸テーブルにひとりぼっちで座り込んでいる。

 リノアを見ながらパチクリと目をしばしばさせている。

 青いベレー帽のような帽子を耳が隠れるほど深く被り、全身を青いローブで覆い隠している。

 目が大きく、まつ毛はびっくりするほど長い。

 そして目を引く真っ白な肌と鼻筋の通った綺麗な顔立ち。


 薄汚い自分とはあまりにかけ離れた容姿に、リノアは少し引いていた。

 顔が引き攣っているのが自分でもわかるほどに。


 そんなリノアにベレー帽の子供は不思議そうに首をかしげる。


「ぼ、ボクの顔に何かついてるかな?」


「あ、いやごめん。そういうつもりじゃなかったんだけど、あんまり君が真っ白だったから」


「真っ白? これはどっちかというと青じゃないかな?」


「そういうことじゃないよ……」


 リノアはそう言いつつ薄汚れている自分の姿を見せつけるようにクルリと一周回ってみせる。


 だがベレー帽は更に首を傾げる。

 それを見たリノアはもういいやと呟いた。


 そんなリノアを不思議そうに眺めていたベレー帽は気がついたようにリノアへ尋ねた。


「もしかして君も掲示板が空くのを待ってるの?」


「うん。あの様子じゃ当分空きそうにないけどね」


「そうだね……」


 ギルドではそもそも子供だけで依頼を受ける事をほとんど想定していない。

 10歳からという制限も、基本的には保護者同伴の上で冒険者を体験させるといった意味合いが強い。

 リタのような例外を除いて、10歳やそこらでまともに魔物が狩れる者がいるとはギルドは考えていないのだ。


 故に依頼書の掲示板もあのような高い位置にあるし、受付も割と不便だったりする。


 それにしてもまさか自分と同じような年齢の子供がいるとは思いもしなかったリノアは、驚くと同時に少しだけホッとした気持ちになった。


 そこでふとリノアは思い立つ。

 先程まで当たり前のように話していたが、ベレー帽はリノアの事を空魔奴とは知らないのではないか、と。

 知っていたらわざわざ気さくに話しかけてくるような事も無いだろうし、友好的な態度も取らないだろう。


 そう考えるとリノアは寂しげな気持ちになった。


 そんな気持ちが表情に出ていたのか、ベレー帽が心配そうにリノアの顔を覗き込んでくる。


「どうしたの? 顔色悪いけど大丈夫?」


「……大丈夫だ。ちょっと考え事してただけだから」


「そっか、それならいいけど……」


 ベレー帽はそう言うなり落ち付かない様子でソワソワと辺りを見渡し始める。

 リノアは何か探しているのか?と思ったが別段何かを目当てに視線をさまよわせているわけではないようだ。


 そして再び視線を一周させると、意を決したようにリノアと視線を合わせる。


 な、なんだ。とリノアは仰け反りながらベレー帽の様子を見た。


「えっと……」


「……俺の名前はリノアだ」


 そうリノアが名乗るとベレー帽はパァッと表情を明るく染め上げた。

 喜怒哀楽が大変分かりやすい。


「リノアさん! リノアさんだね! その、会ったばっかりの人にこう言っては何だけど、お願いがあるんだ!」


「ああ……。金なら貸せないが他の事であれば……」


「ボクと一緒に依頼を受けてくれないかな!」


 リノアは耳を疑った。

大変多くの評価をいただき非常に驚いております。

本当にありがとうございます。

毎度の拙い文章ではありますが、今後ともよろしくお願いします。


作者

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