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リタの婚約者

「何をしている!」


 再びリノアとリタが剣を交えようかといった時に、修練場の入り口から大声が響き渡った。


 修練場にいた誰もがギョっとして入り口を見た後、顔を青ざめて目をそらす。

 特にギルド職員は死んだ目をしながら小さく「終わった……」と呟き崩れ落ちる。


 その大声の主、それはリノアを執拗に痛めつけてきた張本人であるジェード・リヴァインオルドその人である。

 無論、彼の後方には腰巾着である2人の少年がニヤニヤとした顔でつき従っている。


 ジェードは修練場を見渡し、人だかりが出来ている場所へ目をやる。

 そこにリノアとリタがいるのを見つけると憤怒の形相を浮かべて大股で歩いていく。


 それもおもむろに腰に下げてあった杖を引き抜きながら。


 リノアが真っ青になりながら後ずさる。

 ジェードの表情を見ながら察したのだ。

 殺される、と。


 リタはジェードを見るなりげんなりとした表情を浮かべ、渋々と言ったように長剣を鞘に戻す。


 そこへジェードが鼻息も荒く乗り込んでくる。


「リタ! お前どこへ行ったかと思えばこんなゴミ溜めで何をしている! あろうことか卑しい"空魔奴"と剣を交えるなど言語道断! 分かっているのか貴様! シェールブルクだけでなく我がリヴァインオルドの名まで穢れるのだぞ!」


 リタは唾を飛ばしながら憤怒の表情で喚き散らすジェードをめんどくさそうに眺める。

 心底うんざりした表情だった。


「あなたに呼び捨てされるいわれはありません、ジェード・リヴァインオルド。それに私がどこで何をしていようとあなたには関係のない事です。どうぞお引き取りを」


 リタの言葉をポカンとした表情で聞いていたジェードは今度こそ頭の血管がブチ切れたのか、リタへ更に詰め寄る。


「何をたわけた事を申すか! 貴様は私と婚約しているのであろうが! 勝手な行動は許さんぞ!」


「ですからそれはお断りした筈では? 私はまだ身を固める気はありませんので」


「何を言うか! そんな身勝手が許される筈が無かろう! 婚約は我が父と伯爵が成された正式なモノであろうが! 今更白紙にせよとは身勝手以外の何と申すか!」


「知らないわよそんなの。私が嫌だって言ってるじゃない。人の話聞いてる?」


「な、な、な……」


 ジェードがやかんのように顔を真っ赤に染めてく。

 ブチブチと切れる血管。

 鼻をヒクヒクさせながら「何を言っているんだこの女は」と言った表情で怒りを通り越して困惑している。


 オロオロと腰巾着2人が顔を見合わせながらどうしたものかと汗を流す。


 そして思い付いたようにリノアへ指を指し、喚くようにジェードへ言った。


「ジェード様! この卑しい空魔奴のせいです! こ、コイツがリタ様をたぶらかしたに違いありません」

「そ、そうですよ! コイツがリタ様と剣を交えなければ、リタ様がジェード様へこんな言葉を吐くとは思えません! 得体の知れない空魔奴ですからね、何が悪影響を及ぼしたのか分かったものではありませんよ!」


 リノアの思考が停止する。

 あの2人は何を言っているのだろうと。

 理解が追いつかない。

 いや、理解したくない。

 あまりにも無茶苦茶だ。


 流石のリタも呆れた表情である。

 怒りを通り越して笑いさえでてくる。


 だがジェードは違った。

 ワナワナと身体を震わせながら杖を握りしめ、憤怒の表情でリノアへ杖を向ける。


「あー、もうなんでも良いわ。貴様は目障りだったからな。どっちにしろ遅かれ早かれ貴様を殺してあのアリスとかいう治癒術師は奪う予定だったのだ。予定が早まったところで何も問題あるまい」


 リノアへ杖を向けたジェードを信じられない者でも見るような目でリタが見ていた。

 唖然とした表情で手を長剣に掛けている。


「ねえ冗談でしょう? 何もしてない彼を殺すの?」


「何もしていない……? 馬鹿か貴様は。空魔奴というだけで国の損失であろうが。無能な食い扶持を一人減らせるのだ、感謝こそすれ恨まれる道理はなかろう」


「あなた本気で言ってるの……?」


「……? 貴様の言ってる意味が分からんが」


 そのジェードの答えを聞き、リタが長剣を抜いた。

 ジェードは途端に唖然とした表情を浮かべ、数歩下がりリタへ吠える。


「し、正気か貴様! 馬鹿とは思っておったが、筋金入りの大馬鹿であったか!」


「馬鹿はあなたよ。本当に芯まで腐り切ってるみたいね。やると言うなら構わないけど、腕や脚の一本や二本覚悟することね」


「き、き、き、貴様……! この私をどこまで愚弄すれば!」


 ジェードはそう口では悪態をつきながらも剣姫には敵わない事位は弁えていたのか、ジリジリと後ろへ下がっていく。


 ジェードの血走った目はリタではなくリノアを凝視していた。

 明らかに殺意を持ったものだ。

 リノアが思わず身震いする。


「リタ。今回の貴様の愚行は余す事なく我が父と伯爵へ伝えておくからな。追って沙汰が降るまで震えておるといいわ!」


 ジェードは最後にそう喚き散らすと踵を返して修練場を一目散に出て行った。

 もちろん、腰巾着も一緒である。


 再びシーンと静まり返る修練場。

 冒険者達は残されたリノアとリタを見ている。


 尻餅をついて呆然と天井を見上げるリノアは、生きた心地がしなかった。

 ジェードが言っていた先程のアリスを奪うという発言も聞き捨てならない。

 リノアはアリスと早急にこの村を出る必要があると考えた。

 一刻も早く、ジェードの手の届かない遠い遠い所へ。


 リタは小さくため息をつきながら長剣を鞘へ戻し、申し訳なさそうな表情でリノアを見た。


 二人はもう模擬戦をする気分にはなれなかった。


 リタは思い出したようにギルド職員へと目をやると、ギルド職員は壊れた人形のように首を振る。


「空魔……、リノア様が正式に冒険者となる事を認めます。階級は模擬戦を鑑みてEとさせていただきます」


 それを聞いてリタは表情をしかめた。

 リノアはあれだけの剣技を魔技なしで披露したのだ。

 誰が見ても冒険者最低ランクのE級に収まるような実力ではない。

 だが文句を言ったところでどうにもならないだろう。

 強さ、実力。

 正直なところ冒険者ギルドとしてはリノアが空魔奴である時点でそんなものを評価する気は最初からないのだ。

 空魔奴に高い冒険者ランクを与えたなどと知れれば、他の冒険者が暴動でも起こしかね無い。

 それくらいはリタにも分かった。

 だから腹が立つが何も言わなかった。


 ギルド職員から吐きすてるように視線を外すと、リタはリノアへ歩み寄る。

 リノアはそれを見て一瞬戸惑ったが、リタの表情を見て動きを止めた。

 するとリタが腰の革帯からを杖と小さな札を取り出し、リノアの怪我している肩へ杖を向ける。



【魔技:治癒の祈り初級】



 リタが治癒を始めると、みるみる内にリノアの傷が塞がっていく。

 そして破れた服の中に、傷一つない綺麗な皮膚が出来ていた。


 そのままリタはリノアの目の前でしゃがむと、目線を同じ高さに合わせる。


「リノア。あなた強いわね」


 そのリタの言葉は、心からリノアを賞賛するものだった。

 リノアは気恥ずかしくなり目を逸らしながら礼を言う。


「あ、ありがとうございます」


「ふふ。ねえ、どうしてそんなに強くなったの? もしかして誰かに剣を習ったの?」


「いえ……、全部自分で適当に剣を振り回してただけです」


 リタは目を丸くしていた。

 同時にそんなわけが無いと心の中で呟いていた。

 そして何か彼には言えない事情があるのだろうと結論付け、今はそう納得しておく事にした。

 話してくれなかったことはちょっぴり残念ではあるけれど。


「そう……だったんだ」


「はい……」


 気まずい沈黙が訪れる。

 いつの間にやら野次馬だった冒険者連中も興味を失ったように散っていく。

 そして辺りに誰もいなくなり、2人だけとなっていた。


 そんな気まずい沈黙を破るように、慌ててリタが口火を切った。


「えっとね、私こう見えても結構偉い人の娘なんだ。シェールブルク伯爵って聞いたことない?」


「ごめんなさい。知らないです」


「あっいや、いいのいいの。謝らないで。知らないのも無理ないわ。うーんとね、何が言いたいかって言うと、もし何か困った事があったらリーヴァス領のシェールブルクに頼りなさい。私がお父様に話をつけておくから」


 リタはそう言いながら小さなブローチをリノアへ渡した。

 それはシェールブルク家の三剣が描かれており、一目見て貴族の紋章だと分かる。


 リノアは血の気が引くのを感じ、無言で頭を振りながらリタへブローチを返そうとする。

 リタはクスリと笑いながらリノアへブローチを再び握らせた。


「魔技の使えない"空魔奴"、ね。私も初めて会ったけれど、風当たりは相当なものみたいね……。でもあなたは魔技も使わず私の剣に真っ向から食らいついた。あの剣技と胆力は本物だったわ。ちょっぴり嫉妬するくらいね。私じゃ想像も付かない程の修練を積んだのでしょう」


「いや、そんな大層なものじゃ……」


「分かってる。これは私のわがままだから。もし気に入らなかったらそのブローチも捨てていいし、さっきの話も聞かなかった事にしていいわ」


 リノアは困ったような表情を浮かべ、コクリと頷いた。

 リタはそれを見てニッコリと笑う。


 するとリタはそのまま「じゃあね」と告げて服を翻し、修練場を後にした。

 その表情は清々しいほどの笑顔で満ち、少しばかり悔しそうなものであった。

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