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5秒の剣技

「で、では模擬戦を始めます。両者準備はよろしいでしょうか?」


 ギルド職員がリタの表情を恐る恐る見ながら模擬戦開始の確認を取っている。


 辺りにはどこからか聞きつけたのかいつの間にやら人だかりが出来ており、模擬戦を一目見ようと冒険者達がやいのやいの騒いでいる。


「なんだこりゃ。凄え模擬戦だなおい」

「あの女の子、もしかして剣姫リタか? 本物なのか?」

「本物だよ。修練場で訓練している剣姫を見てる奴がいる。間違いねえ」

「なんで空魔奴が相手なんだ? 場違いにも程があるだろ」

「瞬殺だなこりゃ」

「なんでも剣姫の方から勝負ふっかけたらしいぜ」

「はあ!? んなもん嘘に決まってんだろマヌケ」


 リタはそんな声の聞こえる野次馬にげんなりした様にため息をつく。

 リノアは慣れたもので、特に気に留める様子はなかった。

 そのリノアの様子を見たリタは感心したように笑う。


「……慣れてるみたいね。こういう輩は」


「ええ、まあ。今に始まったことではないので」


 その言葉を皮切りに、リタが審判兼リノアの採点係のギルド職員へ頷いて見せた。


「始め!」


 職員が叫ぶと同時に動いたのはリタの方だった。


 一瞬で長剣を抜刀し、地を蹴ってリノアへ肉薄せんと迫っていく。

 あまりの速さに冒険者連中の一部は目で追うことすらできていない。

 身体を地面スレスレまで屈めてはじき出したリタの身体は、正に一瞬でリノアの眼前へ躍り出た。


 リノアはそれを見ても特に慌てた様子はない。

 自分もスラリと鉄剣を抜いてやや下向きに剣先を向ける。

 だが額からはやくも一筋の汗が浮かぶ。


 リタの初撃。

 下段からの一閃がリノアの脇腹を狙う。

 リタの体勢から下段から攻撃が来るだろうと予測していたリノアは、剣先を少しずらす事でリタの剣を受け止める。


 だがその衝撃はリノアが予想していたものよりも遥かに軽かった。

 嫌な予感がリノアの背筋を過ぎる。


 次の瞬間、眼下にあるはずのリタの長剣は頭上に振り上げられていた。

 瞬間移動したのではないかとも疑う剣速である。

 明らかに常軌を逸した剣の返し。


 誰もが勝負の終わりを予期した。

 だが勝負は終わらない。


 リノアが選択したのは鉄剣を上げながらの斜め後ろへの後退。

 剣速で敵わないのであれば身を引きながら剣を受け流すしかない。

 一瞬で判断した事とは言え、それはリタとリノアの実力を鑑みても最上に近いものだった。


 途端にリノアの肩に激痛が走る。


 リタの長剣が銀閃を残してリノアの肩を裂き、そのまま腕を斬り落とそうと下へ向かう。

 だがすんでのところでリノアの鉄剣が間に合い、リタの長剣が軌道を変えてリノアの腕を薄く斬るに留まった。


 リノアが痛みに顔を歪め、距離を取ろうと下がる。

 遅れて血がリノアの肩から噴き出し、頬を鮮血が濡らす。


 再び飛び込んでくるリタ。

 彼女は今の切り返しで決めきることが出来なかった事に驚愕の表情を浮かべている。


 次は先程のようにはいかないだろう。

 リノアは直感でそう悟る。

 間違いなくさらに連撃を重ねてくる。

 そうなるとリノアは恐らく逃げられないだろう。


 下がっては先程の二の舞だ。

 ならば前にでるしかない。

 リノアはそう判断し、地を蹴ってリタへ突進する。


「な……!?」


 あの一撃でこちらの力量は分かっただろうと考え、リタはリノアが警戒して守勢に回らざるを得ないと予想していたが、まさかの一転攻勢である。

 リタとリノアの剣速には埋めようのない差がある。

 それはお互いがよく理解している。

 基本的に剣士同士の対決においては、守り側の方が負担が少なく動きは最小限でよい。

 反面攻めに転じればそれだけ動きは大きくなる。

 だから自らその利を捨ててまで距離を詰めてくるリノアは、リタからすると無謀にしか思えない。


(おもしろい!)


 リタは心の中で笑った。


 剣速で敵わないなら先手を取る必要がある。

 リノアは当然そう考えリタと交錯する前に鉄剣をリタへ繰り出す。

 リノアの初めての攻撃。

 斜め上段から斬り下ろすようにリタの左肩を狙う。


 リタの剣の本領は切り返しにある。

 ただ剣速が速いだけでは剣筋を予想されていくらでも対応されてしまう。

 リタにもそれは分かっている。

 そのためリタは基本的にヘッドオン勝負になった場合先手を相手に譲る。

 無論、先手を受けて得意の切り返しを相手に叩き込むためだ。


 リノアの振り下ろす鉄剣は、派手さはないが年季を感じさせるものがあった。

 最小限の軌道と力で最大のダメージを与えにくる。

 リタはリノアの剣筋にそんな印象を受けた。


 ギィンッと鉄剣と長剣がぶつかり合い、かん高い金属音を鳴らす。

 待っていましたとばかりに切り返しを繰り出そうとしたリタの手が止まる。


「うそ……」


 リノアの剣撃はリタの予想していたよりも数倍重いものだった。

 この小さな体躯のどこからこんな重い一撃が繰り出されるのかと、リタは目を見開く。


 切り返しが出来ないわけではないが、このままでは自分もダメージを受ける羽目になる。


 そう判断したリタは切り返しをせず、リノアの鉄剣を長剣で受け流し、スレ違い様に膝蹴りを叩き込む。

 リノアはそれを腕で防ぐと、身を翻してリタと反対方向へ着地する。


「……」


「……」


 時間にして5秒ほどだろうか。

 2人にとっては非常に長い5秒であった。

 先程の時間だけでお互いの技量を表面上はなんとなく理解したのだ。


 黙ったままお互いを見つめ合う。


「ごめんなさい。少し見くびり過ぎていたようね」


「いえ……」


 周りの冒険者連中は既に何も話さなくなっていた。

 食い入る様に勝負を見つめ、誰かが忘れていた様に口を開く。


「おいおい何だよあの動き、あのガキ空魔奴じゃなかったのかよ」

「いや、魔力の動きは感じなかったぞ。信じられんがありゃ奴の単純な身体能力だ」

「魔技使わずにあの動きしてやがんのか? 信じらんねえ……」


 その言葉を聞いたリタが驚愕に表情を染める。

 空魔奴は、魔力枯渇障害と言えども全く魔力が使えないわけではない。

 リタは純粋な魔術師ではないため、リノアの魔力の動きを読むことは出来ないが、この場にいる魔術師の誰もがリノアが魔技を使っていないと言うのであれば、信ずるに値するだろう。


 無論、リタも今の攻防で魔技を使用している。

 戦闘開始直前、彼女の目端には彼女にしか見えない【魔技:脚力強化】【魔技:腕力強化】の文字が浮かび上がっている。


 これは2つ以上の魔技を連続して繰り出す"魔技チェイン"と呼ばるものであり、リタが修練の末に習得した技術の1つだ。

 チェインを重ねるほど魔技の威力や効果が跳ね上がる。

 このチェインを利用し、リタは最速の剣閃を容易に放つ事が出来るというわけだ。


 無論、通常であれば魔技を連続して使用することはできない。

 これは努力だけでどうにかなるものではない。

 才能と適性。そして運。

 色々なものが絡み合った結果、リタの執念が生み出したと言っても過言ではない、正真正銘リタの剣の主幹である。


 それを傷を負いつつも初見であっさりと防いで見せたのはおろか、まさか魔技すら使用せずに対抗されたとなるとリタは困惑せざるをえない。


(ただの持ち前の身体能力だけで私の切り返しは絶対に防げない。防げるわけがない)


 血の滲むような努力をしてきた剣の天才であるリタだからこそ、そう思わざるをえないのだ。


 リタは先程までの表情を崩し、険呑な目でリノアを見る。


「リノア、あなた魔技を使っていなかったの……?」


「使ってないんじゃなく、使えないんです」


「う……そ……」


 リタは全身からサッーと血の気が引いて行くのを感じる。

 もし彼が言っていることが本当であれば、彼は自らの身体能力のみで圧倒的な力である魔技に対処できている事になる。

 それもチェインを乗せた剣速に対してだ。


 そんなリタの困惑などつゆほども知らず、野次馬の冒険者連中は口々に好き勝手な事を言いだす。


「まあたかだか身体能力がすごいってだけだろ? 適当に攻撃系か防御系の魔技を打てば瞬殺だろうよ」

「だな。所詮はその程度だ。今のは剣姫が速過ぎて何が起きてるかわからんかったが、手を抜いてたんだろ?」

「結局は攻撃系の魔技が最強か。まあ昔から言われてる通り遠距離からボコボコ打ち込むのが一番ってわけだな」

「魔技使えないんじゃ結局は底が見えてるしな」

「ったくびっくりさせんなよ空魔奴の癖しやがって」


 そんな野次馬の声を聞いてリタは小さく笑った。


(何も分かってないじゃない。じゃあアンタ達の誰でもいいからリノアに攻撃系魔技の1つでも当ててみなさいよ。絶対に無理だから)


 そう言いかけてリタは言葉を飲み込んだ。

 下手に彼らを煽って迷惑を被るのはリノアだ。

 一言くらい言ってやりたい気もするが、それはリノアの為にならない。


 ジッとお互いを見つめ合い、2人は剣を握り直す。

 第二ラウンドだ。

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