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剣姫リタ

 ギルド奥の修練場で細長い長剣を振るう1人の少女がいた。

 歳は12ほどであろうか。

 白いチュニックに鎖帷子の軽鎧を上半身に纏っている。

 髪は藍色で短く切り揃えており、前髪の奥から鋭い目が見え隠れしている。


 修練場に備え付けられた人型の的を長剣であらゆる方向から斬りつける。

 時折確認するように動きを止め、剣の切り返し速度を上げていく。

 あっという間に的が少女の剣閃によってズタズタになり、綺麗に三割される。

 少女がふぅと小さく息を吐く。


 その光景を同じく修練場で訓練していた男達たちが唖然とした表情で見ていた。


 少女が視線に感づき辺りを見渡すと、男達はサッと視線を逸らす。

 少女は彼らをつまらなさそうに一瞥し、長剣を鞘にカチリとしまった。


(動かない的じゃこんなものね。まだまだ速く切り返す余地はありそうだけど)


 少女はここにくれば誰か強い人がいるだろうとの話を聞き、ギルドの修練場に模擬戦を申し込みにやってきたのだった。

 修練場の入り口にある掲示板。

 そこには1時間ほど前から模擬戦の申し込みを記入してある。

 "誰でもいいから強い人。"

 対戦相手の希望欄にはそう書かれてあった。


 少女が恨めしそうに掲示板を確認するも、自分を避けるように他の人間の試合が成立している。

 分かってはいたが、その内容にむっとした少女は"強い人"の文字をぐちゃぐちゃとペンで塗り潰す。

 無駄だろうな。

 そう思いつつも少女は修練場へ戻っていく。


 少女は仕方なくまた動かない的をズタズタにしようと的を探す。

 先程ズタズタにした的はもう使えない。

 チラリと間近な的を見つける。

 しかし男が使っていた為に諦めて別の的を探そうとすると、男がそれに気がつき逃げるように場所と的を明け渡す。


「あっ! ちょっと! 何でそうなるのよもう!」


 それを見ていた他の男達もサッーと身を引いていく。

 ほんの数瞬で少女1人にポツンと場所が空いた。


 もう諦めよう。

 悲しいのか呆れてるのかよくわからない。

 少女はそんな事を考えながらスラリと長剣を引き抜き、八つ当たりするかのように的へと剣撃を放つ。


 銀の剣閃が光るたび、遅れて斬撃が的を切り裂いていく。

 撫でるように。

 だが確実に。

 少女は滑らせるように長剣を的へ叩き込んでいく。


 そしてまた的がパックリと口を開けて分割されていた。


 これで15体目。

 少女もさすがに飽きてきていた。


 そんな時である。

 ザワザワと声が聞こえ、少女はまたかとため息をつくも、どうやら自分に対しての騒ぎでは無いと分かった。


 もしや強者(つわもの)が現れたのでは!?と期待に胸を膨らませ、騒ぎのした方へ視線をやる。

 だが少女はすぐに首を傾げた。


「子ども……?」


 現れたのは自分とほとんど変わらない10歳くらいの少年だった。

 ギルドの職員に連れられて唐突に修練場に現れた。

 キョロキョロと辺りを見渡しては心配そうに職員を見ている。


 不思議だったのは修練場にいた人々の反応である。

 有名であることに違いは無いようだが、それは少女が考えていた強者といった良い意味で有名なのではなく、どうやら悪い意味で有名なのだと少女は分かった。


「なんでここに空魔奴がいるんだ?」

「知るかよ。何にせよ場違いもいいとこだぜ」

「あの見窄らしい格好見ろよ。俺たちまで評判が落ちちまうぜ」

「あいつあれだろ? 噂の治癒術師のヒモだっていう」

「あの若さでヒモかよ。ふざけやがって」

「いやあいつら兄妹だろ確か」

「何しに来たんだ? 模擬戦か?」



 ふむふむと少女は周りの人間の声を聞きながらも胸糞悪いものを感じていた。

 こそこそと他人を貶めて自分が偉くなったつもりにでもなっているのだろうかと、少女は彼らを睨んだ。


 その視線に感づいたのか、先程までヒソヒソと話していた者たちがシーンと静まり返る。

 少女は軽蔑するようにフンと鼻を鳴らす。


 そんな空気の中で、少年は困惑した表情で少女を見ていた。


 少女も少年を改めて観察するようにまじまじと見つめる。


 ボサボサの黒髪。

 何年着ているんだろうかと思わせる薄汚い貫頭衣。

 身体も黒ずんでいて汚い。

 背も小さい。


 だが少女はそんな事を気にもとめていなかった。

 少女の目を引いたのは少年の持っているボロボロの鉄剣。

 そして熟達した者にしか分からないであろう剣を振ってきた者の証である引き締まった筋肉。

 前髪に隠れた眼光。

 極め付けは手のひらに数多とある痛々しい剣豆であった。


 少女は自分の手のひらにも無数にある剣豆を無意識になぞっていた。


 間違いない。

 彼は剣をこれでもかというほど振り抜いて来ている。

 あろうことか幼い日より嫌々ながらに剣を握らされてきた自分とは違う。

 あの格好を見るに、彼は自ら剣を取り、そして我流で腕を磨いたのだろう。

 あんな風体では誰も気付かないだろが、私の目はごまかせない。


 少女は自分も気付かぬうちにニヤリと笑っていた。


 その表情をみた少年がビクリと引き攣った表情をしている。


 一歩、二歩。

 少女は少年へ歩み寄る。


 途端に少女はお互いの息がかかるほどの至近距離にまで少年へ詰め寄り、ジッと少年の目を見つめる。

 少年がビックリして後ずさると、少女はさらに距離を詰める。


「な、何ですか」


「あら、結構いい声してるじゃない」


「……」


 いい声ってなんだろう。

 そんな事が顔に書いてある困惑した少年を気にもとめず、少女は掲示板をうーんと言いながら頭を悩ませているギルド職員へ視線を移す。


「ねえ。この子ギルドに登録しにきたんでしょ?」


「え……? そ、そうです」


 ギルド職員は少女が目の前まで来ていた事に気付いていなかったのか、飛び上がるようにギョっとした表情で硬直している。


「確かギルドの新規登録者は模擬戦で実力を見て階級を決めるんじゃなかったかしら」


「その通りです……」


「で、今あなたの見ている模擬戦申し込みの掲示板に空きのある人はいるの?」


「……。いるにはいるのですが……」


 ギルド職員がチラチラと少年を見る。

 こんなのと戦うのか?と視線が少女に訴えかけている。


 そのギルド職員の対応を見ながら、少女は表情を崩さずに心の中で悪態をついていた。


(身分とか貴族とか、本当に面倒ね)


 少女はめんどくさそうにギルド職員を安心させるようにセリフを選んだ。


「安心していいわよ。ここには私のわがままでお邪魔させてもらっているのだし。別に私がどこの誰と戦おうとお父様には何も言わないわ。例えそれが空魔奴であってもね」


「さ、左様ですか。でしたらこちらとしましても特に言う事は――」


「納得したなら終わりよ。目障りだから消えなさい」


「は、はい……」


 そう言うとギルド職員は逃げるように修練場のすみへ身を引いた。


 少女はそれを一瞥してフンと鼻を鳴らすと、さてと言って少年に向き直る。


 少年は何も言わない。

 ただ恐る恐る少女を見ていた。


「私はリタ。リタ・シェールブルクよ。あなた、名前は?」


「り、リノアです」


「そうリノアね。よろしく。さっそくだけど私と模擬戦をやってみない? 安心して。私は治癒系魔技もそれなりに使えるから大した怪我はさせないわ」


「でも俺なんかと戦ったらリタさんの名前に傷がつきませんか……?」


「私そういう面倒なの嫌いなの。貴族とか平民とか一々気にするのにも飽き飽きだわ。私はね、そんな下らないものじゃなく、強さこそ自分と他人を区別できる指標だと思うの」


「強さですか?」


「ええ。だってそうでしょう? 生まれで人生が一から十まで決まるなんておかしな話よ。そんなもの自分でもなんでもないわ。ただのお飾りの装飾品でその人の価値なんて測れない」


 シーンと静まり返る修練場にリタと名乗った少女の声が響く。

 それを聞いていた人々は開いた口が塞がらない。

 身分なんて意味がない。

 そんな常識はこの世界にはないのだと誰もが知っているからこそ、リタの言葉を誰もが異常な事だと捉えている。


「よく分かりませんけど、俺でよければ相手をお願いします。ほかにお願いできそうな人もいないので」


 その言葉を聞いたリタの表情がパアッと明るくなる。

 まるで水を得た魚のようだった。

 先程まで修練場で億劫な表情を浮かべていたリタとは別人のように無邪気な笑顔であった。


「うん! まかせて! 後悔はさせないわ!」


 そんなリタを見ながらリノアは表情を和らげた。

 不思議な人もいたものだとクスリと笑っている。


 リタがはしゃぎながらリノアの手を引くと、修練場からどよめきが上がった。

 だがリタとリノアの2人は、そんな事気にもとめていなかった。

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